発がんと突然変異の原因となる放射線誘導ラジカル
(Radiation-induced Radical Which Causes Mutation and Transformation)

渡邉 正己
(Masami WATANABE)
長崎大学薬学部放射線生命科学講座
Summary
Many researcher studying in area of radiation biology have been believed that active short life-time radicals such as OH and H radicals, play an important role to express biological effects of radiations in cells, such as cell killing and mutation induction. However, we recently found a new type of radicals with long life-time in cells (T1/2>20hr) using ESR method and it may be more important in mutation induction than the active short-live radicals. When cells were treated with radical scavengers such as DMSO and vitamin C just before irradiation, short life-time radicals were scavenged well. However, if cells were treated with scavengers after irradiation, vitamin C scavenge the long life-time radicals, but DMSO did not. In addition, vitamin C treatment after irradiation drastically reduced mutation frequency at HPRT locus in human cells, but DMSO treatment did not. These results suggested that mutation is probably caused by the presence of radicals with a long lifetime in the cells, rather than short life-time radicals. Vitamin C reacts with long life-time radicals efficiently, resulting in the decrease of the mutation induction.
キーワード:突然変異、染色体異常、有機ラジカル、ビタミンC、ラジカルスキャベンジ、ESR

1.はじめに

 放射線の遺伝的影響は、放射分解で生じたラジカルによるDNA 損傷が直接の原因であると考えられている。加えて、生体の80%以上は水であるため、放射線の生物影響の主因となるラジカルは、水の放射分解によって生ずるOH あるいはHラジカルであると推測されている。しかし、こうした推測は、放射線によって生じたラジカルを直接測定した結果をもとになされたものではなく、ラジカルエネルギーを化学物質で捕捉させ、その結果起こった化学反応の反応定数をもとにされたものであり、生体内における実際の姿を反映しているかは疑問である。そこで、我々は、放射線照射された細胞内で実際に起きているラジカル反応を直接捕え、突然変異や発がんなど生物学的影響の原因となるラジカルを特定する目的で、細胞内ラジカルを電子スピン共鳴法(ESR法)を用いて測定することを試み成功した1)。本稿では、その後の我々の研究結果から、放射線による遺伝的影響の原因となるラジカルが、常温で安定した高分子有機ラジカルである可能性を紹介する。


2.X線照射された細胞内には常温で安定な有機物ラジカルができる

 まず、細胞を通常の活性化エネルギーを介したラジカル反応がほとんど起こらない液体ヘリウム温度(4.2K)に凍結し、X線照射によって生ずるラジカルを測定した。その結果、4.2Kで照射された細胞に、OHやHラジカルとともに有機物ラジカルの特徴である非対称スペクトラム構造を持つラジカルが生ずることがわかった1)。4.2Kにおける照射によりSHE細胞内に直接生成した水素原子、OHラジカルおよび有機物ラジカルの割合は、12%、72%そして16%であった1)。この細胞を、液体窒素温度(77K)、液体メタン温度(111K)へ順次昇温するにつれて、OHやHラジカルのような活性の高い低分子ラジカルは、自己再結合や周辺の物質との作用によって急激に消滅するが、常温(295K)まで昇温しても、安定して存在し続ける高分子有機ラジカルが存在することが判った。細胞を常温で照射しても同様に高分子有機ラジカルが生ずる(図1b)。常温および77Kのいずれの温度においても、この有機物ラジカルの生成に係わるG値は2.005であり、どちらの温度においても同じラジカルが生じていると思われる。常温における生成量は、77Kのおよそ1/100であった1)。有機ラジカルが非対称のスペクトラム構造を持っているので、酸素が関与した酸化ラジカルであることが予想されたが、窒素雰囲気下でも生成するので、このラジカルの生成には、酸素は関与していないと思われる(図2)。この有機物ラジカルは、常温でも極めて安定に存在し、半減期はおよそ20時間である(図3)2)。この半減期は、OHラジカルや水素原子の常温における寿命(70ナノ秒〜200マイクロ秒)と比較してはるかに長い。
 従来、DNAやタンパクなど生体高分子に生ずるラジカルの多くは、OHラジカルや水和ラジカルなど反応性の高い低分子ラジカルを介して間接的に生ずると考えられていた。しかし、我々の結果では、4.2Kという極低温においても総ラジカルの16%にもおよぶ有機ラジカルが生じていることになる。この温度では、如何に反応性の高いOHラジカルといえども通常の化学反応を起こさないので、4.2Kで生ずる有機物ラジカルの生成にOHラジカルは寄与していないだろう。この凍結細胞を、徐々に昇温して111KにするとOHラジカルは、半減期5分程度で消失するが、その減少に見合った有機物ラジカルの増加は見られない3)。この結果も、OHラジカルが高分子有機物ラジカル生成の原因ではないことを支持する。従って、今回注目している有機ラジカルは、放射線照射により直接生じたとするか、あるいは、なにか他の活性ラジカルの関与を考えねばならない。現時点まで、我々は、高分子有機ラジカルが放射線による一次生成ラジカルか二次生成ラジカルであるか特定できていない。しかし、一つの有力な候補は水素原子である。水素原子は、原子量が極めて小さく粒子性とともに波動性を持っている。そのため、トンネル効果によって活性化エネルギーの障壁を越えずにラジカル反応ができることはよく知られている1)。そうであれば、4.2Kという低温でも有機物ラジカルの誘導に関与できる。
 これまで放射線生物学者は、OHラジカルが放射線の生物影響の原因ラジカルであろうと考えていた。これは、生体の構成分の80%以上が水であるという事実と生体高分子は細胞内に均質に分布しているという仮定に基づいて作られた概念である。この概念に添って水溶液 反応系でおこなったラジカルとラジカルスキャベンジャーの反応から求められたOHラジカルの反応速度定数はおよそ109dm3mol-1s-1である3)。一方、今回注目する有機物ラジカルの反応速度定数は、0.014dm3mol-1s-1と桁違いに小さい。こんなに反応性の低いラジカルが生体に重篤な影響を及ぼすのだろうか。これまでの生体ラジカルの常識からいって、今回、注目している有機ラジカルに生体効果を予想することは難しい。
 しかし、違った視点から我々の結果を解釈すると全く新しい可能性が見えてくる。生体内において生体高分子は、細胞内に均質の水溶液として存在しているという仮定は正しいであろうか?答えは、ノーである。最近の研究結果は、ことごとく核や膜などが、かなり疎水性であることを指摘されているし、水も結晶水などの型で存在する可能性が高いと予想されている。こうした事実を考慮すれば、一転して核内遺伝物質や細胞膜に対する放射線の影響を考えるうえで、OHラジカルのような水由来の活性ラジカルが主要な役割を演じているかが大いに疑問になる。事実、我々の結果は、そのG値から考えて高濃度アルブミン溶液内におけるラジカル反応を考える際に、疎水系における反応を考慮せずには説明できない3)。また、DMSO溶液内におけるOHラジカルの消長をESR法で観察すると、111Kで生じたOHラジカルは5分程度の半減期で減衰するにも拘わらず、OHラジカル消失に見合ったDMSOラジカルや高分子有機ラジカルの増加は見られない1)。ところが、γ線照射したSHE細胞の致死感受性は、DMSOの存在によって低下する4)。DMSOは、水溶液系でOHラジカルを効率良くスキャベンジできることはよく知られており、これら一連の結果も、OHラジカルが細胞死の原因でないことを示唆するものであろう1)。放射線分解で生じたOHラジカルは、その拡散距離が常温でおよそ20nmと考えられているので6)、細胞の直径が10-30μm(核3-10μm)であることを考えると、OHラジカルの多くが産生される自由水で構成される部位では、OHラジカルは、致死の原因となる細胞内標的(DNA)と出会うより前に、発生した場所近傍で自己再結合反応により消失すると考えるのが自然である。この再結合反応の反応速度定数は、均質の希薄水溶液中では5.3x109M-1s-1であった5)。このように、我々の研究で得られた結果は、ことごとくOHラジカルが放射線の生物影響の主因であるとする仮説に矛盾する。


3. 高分子ラジカルは、ビタミンCで効率良くスキャベンジされる

 それではどのようなラジカルが放射線の生物効果の原因であろうか? 残念ながら、我々は、今、この疑問に正確に答える事は出来ない。しかし、我々は、これまで得られた結果から、今回、注目している有機物ラジカルを有力な一つの候補として考えている。活性が高く反応しやすいラジカルよりも、活性が低いが細胞内でいつまでも存在し続けるラジカルは、細胞死への寄与は少ないが、遺伝的影響の原因となる可能性が高いのではないだろうか?少なくともこれまで報告されている実験結果は、OHラジカルが遺伝子損傷を誘起していることを直接的に証明していない。あくまで反応速度論的に推測されているにすぎない。
 この有機ラジカルは、ビタミンC 処理で効率良く消失することがわかった7)。X線照射前から照射終了時までの間、アスコルビン酸(5mM)が存在すると細胞内における有機ラジカルの生成は顕著に抑えられる(図1-c)。さらに驚くことに、γ線照射20分後からアスコルビン酸処理を開始しても細胞内に生ずる有機物ラジカルの量は激減する(図1-d)。さらに照射後、20時間経ってからの処理でもスキャベンジ効果が観察される。もちろん、照射アルブミン溶液に生成したアルブミンラジカルについても同様の現象が観察された。こうしたことは、これまで一般に考えられているラジカルスキャベンジャーの作用機序に関する常識では予想されない。一方、DMSO存在下でγ線照射された場合には、アスコルビン酸の場合と同様にアルブミンラジカルの生成が抑えられるが、照射後に処理を開始するとラジカルスキャベンジ効果は全く見られなかった。アルブミンラジカルの生成量は、ラジカルスキャベンジャーの濃度に依存して減少する。アスコルビン酸は、DMSOのおよそ1/100の濃度で有効であった1)


4.有機物ラジカルは、突然変異の原因ラジカルである

 我々は、細胞内に生じた高分子ラジカルとビタミンCの反応速度定数(0.014dm3mol-1s-1)は、この反応が水溶液中で起きていると仮定した場合に予想される反応速度定数(106-1010dm3mol-1s-1)に比べ極端に小さい8)ので、このラジカルは、DNA、タンパクなど高分子成分に富んだ比較的、疎水性細胞成分内に生じていると予想される。この予想が妥当であれば、我々が注目している有機ラジカルは、主としてDNAなど生体重要高分子に存在し、放射線の遺伝的影響に関与している可能性は高いであろう。こうした観点から、我々は有機ラジカルの生物効果を知るために、ヒト初代培養細胞を用いて、放射線照射に伴って誘導された高分子ラジカル量のビタミンC処理による消長と細胞致死、染色体異常、突然変異誘発および細胞がん化誘発など放射線生物効果の発現動態との相関を調べた。
 ESRで観察される高分子有機ラジカルの生成を85%抑える濃度(5mM)7)のビタミンCで照射前から照射終了時まで2時間処理された細胞の生存率と染色体異常誘発頻度は、未処理群のそれと変わらず、致死(図4)および染色体異常(図5)の原因を起こすラジカルに対する防護効果は認められなかったが、ヒポキサンチン・グアニン・フォスフォリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子座における突然変異頻度を著しく減少させた(図6)。さらに、驚くべきことは、ビタミンC処理を照射後20分、あるいは、20時間を経てから開始しても顕著な突然変異頻度抑制効果が観察されたことである(図6)。同様にビタミンC処理は、マウスm5s細胞の放射線誘導細胞がん化を抑制する(表1)。同様の実験をDMSOで行なうと、照射前から照射終了時までの処理では、ビタミンCの場合と同様に、生存率、染色体異常および突然変異のすべての効果を軽減させるものの、後処理では全く効果が見られないことが判った。
 これらの結果は、ビタミンCで特異的にスキャベンジされる高分子有機ラジカルは、細胞の生死に関与しないが、照射後長期間に亘って存在し突然変異や細胞がん化の原因となることを意味している。ビタミンCは、この高分子有機ラジカルを効率良くスキャベンジする能力を持つ。
 これまでのESRのシグナルを解析すると、本研究で注目するラジカルは、非対称の型などの特徴からその生成に酸素が関与する過酸化ラジカルと予想できる。このことは、細胞膜で発生した活性酸素ラジカルが放射線応答現象に関連する遺伝子発現のシグナルとなるという報告とともに、突然変異の原因となる細胞損傷が活性酸素を介して生ずる可能性を示唆する。そこで、有機ラジカルの生成と突然変異頻度が酸素の存在の有無によって影響されるか否かを検討した。その結果、窒素雰囲気下で照射された細胞内にも、酸素雰囲気下で照射された際と同様に有機ラジカルが誘導されることが判った(図2)。このことは、この有機ラジカルの誘導に酸素が直接介在していないことを意味する。しかし、放射線で誘導される突然変異頻度は、窒素置換するだけで半減する。窒素置換したうえでX線照射し、かつビタミンC処理を行なうと放射線で誘導される突然変異頻度はほぼ完全に抑制された。細胞の致死や染色体異常誘導は、窒素置換によって抑制されるが、ラジカルスキャベンジャー処理によってその効果が促進されることはなかった。
 これらの結果を総合すると、放射線による突然変異の主因となるラジカルは、これまで考えられていたように反応性の高い(短半減期の)OHやHラジカルではなく、今回、注目している高分子有機ラジカルであると予想できる3,4)。この高分子有機ラジカルの生成には、酸素は直接関与していないだろう。ビタミンC処理によってマウスm5s細胞の細胞がん化も抑えられる。これらの結果を踏まえて、我々は、“長寿命有機ラジカルは、致死の原因とならないため生体内に安定に存在し続け突然変異や発がんの主因となる”と予想している。


5.考察

 近年、放射線発癌、ウィルス発癌、化学発癌の発癌機構が遺伝子レベルで理解されるようになって、フリーラジカルが遺伝子に突然変異を起こすことが発癌の主因であると考えられるようになった。もし、本稿で指摘する高分子有機物ラジカルが突然変異の主因であるとすれば、それは致死的でないのでかえって発癌を助長する可能性が高い。これらの仮定が正しいとすれば、ビタミンCは、高分子有機ラジカルの発生を抑えるばかりか、細胞内に既に安定して存在するこのラジカルを効率的にスキャベンジできるので、発癌抑制において重要な役割を演ずる可能性は高い。事実、放射線発癌に対するビタミンCの投与は、細胞癌化実験でも動物発癌実験でも発癌のプロモーション過程を抑えることによって発癌抑制効果を現すと予想されている10〜13)。ビタミンCはX線ばかりでなく3-メチルコラントレンなど化学物質による発癌も抑制する14)。また、紫外線によるマウス皮膚腫瘍の発生率を抑制する15,16)。しかし、一方では、ビタミンCが癌や突然変異誘導に対して必ずしも抑制的、または生体防御的に働くわけではないことも指摘されている。例えば、ヒトと違って生体内においてアスコルビン酸を生合成可能なラットに多量のビタミンCを投与するとかえって過酸化脂質の生成が促進される。さらに、90%酸素濃度に曝されたハムスター細胞では、通常の酸素濃度(20%)より染色体異常頻度が増加し、細胞生存率が低下するが、その原因は、高い酸素濃度のために起きる酸化ダメージの増加が考えられている。この仮定が正しければ、抗酸化剤であるビタミンCの処理によって染色体異常頻度の低下と生存率の改善が期待されるが、かえって染色体異常の増加、致死効果の増強が見られたという17,18)。このように、ビタミンCは、生体内において抗酸化作用を持つと同時に酸化促進作用を持つなど、相反する作用をもっている19)。我々も、マウスm5s細胞を用いた細胞癌化実験系を用いた実験で、低濃度(0.05mM程度の長時間処理)のビタミンC処理によって細胞癌化頻度が低下するが、高濃度(5mM程度の短時間処理)処理はかえって細胞癌化を促進するというビタミンCの作用の二面性を観察している。発癌機構の全容が不明であり、またビタミンCの生体内における作用は多岐に亘っていると思われるので、実際にどのようなメカニズムで放射線発癌の抑制が行なわれているかは分からないが早急に解明したい疑問である。
 少なくとも、ビタミンCのラジカルスキャベンジ機構は、DMSOと全く異なる。ビタミンCがスキャベンジできるラジカルが有機ラジカルだけであって、ビタミンCが影響を及ぼす(軽減できる)ことができる生物効果は、どのような処理条件においても突然変異や発がんのような晩発効果だけであること、それも、放射線照射して20時間以上経てからでも効果があるという事実は、興味深い。もちろん、DMSOは、X線照射に先だって処理すれば、染色体異常、致死効果および突然変異のいずれも抑制することが出来るが、照射後処理では全く影響を及ぼさない。ビタミンCは、生死をさまよう細胞をむやみに助けることなく、遺伝的影響だけを抑えることができるという虫のいい物質である。放射線治療後の遺伝的障害を軽減するために、“放射線治療終了時に、一個のレモンを患者に食べさせる”と、二次発がんが抑えられ、治療成績が上がるのではないだろうか。
 ここで注目している高分子有機物ラジカルが細胞死の原因となることはありそうもない。加えて、前述したように、細胞死を引き起こすラジカルがOHラジカルである可能性も低い。従って、細胞死に関与するラジカルは何かという疑問は依然として残ったままであるが、X線照射20分後からDMSO処理しても生存率は上昇しないので、少なくとも常温で照射後20分以内(ラジカルスキャベンジャーの後処理の開始までにかけた時間内)に消失する活性の高い水素原子、ホールあるいは電子などが候補としてあげられる1)。窒素雰囲気下において、スキャベンジャー未処理細胞の生存率が有意に上昇するので20〜23)、細胞死に活性酸素種(ROS)が関与していることはほぼ間違いない。DMSOは、これら反応性の高いラジカルを効果的に捕捉することによって染色体異常やそれに伴う細胞死を抑制しているに違いない。しかし、ビタミンCは、反応性の高いラジカルをスキャベンジできず致死性損傷の生成を抑えられない。反応性の高いラジカルの多くは、致死性の損傷を起こすが、その損傷が生じた細胞は死んでしまうので遺伝影響という意味ではあまり重要ではないだろう。DMSO前処理による突然変異誘発の抑制は、高反応性ラジカルを素早くスキャベンジすることによって突然変異の原因となる高分子有機ラジカルの生成を抑制することができるためであろう。反応性の高いラジカルの一部は、細胞内の高分子有機物と反応して活性が低い有機ラジカルを生成する。この有機ラジカルは、反応性が低く細胞を致死に導くことはない。しかし、その損傷は、細胞の生化学的反応に異常を来たし重篤な遺伝的変化につながってゆくのではないか。
 いずれにせよ、我々の結果では、細胞の致死と染色体異常を起こす損傷と突然変異を起こす損傷は全く異なると結論せざるを得ない。細胞死や染色体異常のように重篤な損傷と、突然変異のような細胞の生死に大きく影響しないような損傷を想定せねばならない。前者の生成には、高反応性のラジカルが関与し、後者の生成には、長寿命の有機物ラジカルが関与する。

 本研究で得られた結果から、我々は、図7に示すような仮説を提案する。細胞に致死的な障害を与えるラジカル(活性が高い短寿命のラジカル)と突然変異を引き起こすラジカル(活性が低い長寿命の有機物ラジカル)が存在する。前者は、DNAに多くの切断を起こす。巧く修復できなかったDNA切断は染色体異常を招き、さらには細胞死を迎える。後者は、DNAに致死的ではない比較的小規模の傷(全くの仮定)を起こす。それらの傷は、巧く修復されなくても染色体異常を起こし細胞死を招くような異常を生じない。恐らく、DNA 複製異常を介して突然変異頻度を増加させる。ビタミンCは、有機物ラジカルを特異的に捕捉するので突然変異の頻度を減少させる。これら一連の仮説が正しければ、ビタミンC処理後に生き残る突然変異細胞のDNAに残る変化は大規模な欠失型が多いことが予想される。現在、ビタミンC投与により抑制される突然変異のDNAレベルに残る変化に特異性があるのか、またどのようなタイプの突然変異が癌などの疾病を引き起こすのかを検討中である。


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プロフィール
氏  名:渡邉正己(Masami WATANABE)49歳
所  属:長崎大学薬学部放射線生命科学講座
    (Laboratory of Radiation and Life Sciences, Faculty of Pharmaceutical
     Sciences, Nagasaki University)
     Tel: 095-847-1111 内線2541, Fax: 095-844-5504
     E-mail nabe@net.nagasaki-u.ac.jp
学  位:金沢大学大学院薬学研究科修了
研究分野:
     1.発がんと制がんの細胞学的研究
       ・ヒト細胞の試験管内細胞がん化研究
       ・温熱治療の細胞学的基礎研究
     2.放射線生物学
       ・放射線の生体影響研究
     3.イン・ビトロ毒性学
       ・細胞毒性学

趣味は、人様に言うほどのことはなし。あえて言えば仕事が趣味。
道楽は、色々。魚釣、チェロ。庭いじりなど本職に頼むよりお金がかかると家内は言うほど道楽。大工。テニス、登山。

長崎県に来て、5年を過ぎ、長崎市が日本ではなく異国に感ずる日々をおくっている。
長崎県で生命関係の専門家を育て全国へそして世界へ旅立たせることを夢見つつ、奮闘しているつもり。自分では“出島の轍を踏まない作戦”と称している。