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チキソトロピー性(力学応答ゾル−ゲル相転移能)を有する導電性低分子ゲル

九州大学大学院 白川 三千紘、藤田 典史、新海 征治

 ナノ領域においては、構造や形状の僅かなばらつきが物性に大 きな影響を与えるために、原子、分子レベルで均一な構造を持つ 材料の開発が極めて重要となる。そのためには、大きなものから 削り出す(トップダウン)よりは、小さなものから組み上げる(ボ トムアップ)ほうが有効な手段であることは想像に難くない。

 そのような観点から、近年低分子ゲルの研究が盛んに行われて いる1)。低分子ゲルとはゲル化剤と呼ばれる低分子化合物が、溶液 中において一次元に自己集合して擬似的な高分子(超分子ファイ バー)を形成し、さらにそれらが絡まり合うことで巨視的に溶媒 を固めたものを指す。この過程で形成される超分子ファイバーを、 ナノ材料として利用するアイデアに期待が寄せられている。

 最近筆者らは、低分子ゲルを利用し、ナノサイズで均一な構造 を持つ導電性高分子を得る手法を開発した2) 。大きなπ共役平面を有するポルフィリン型ゲル化剤に、重合部位であるジアセチレン を導入した化合物1Cu(Fig.1)は、いくつかの有機溶媒中で一次元状に自己集合し、透明性の高いゲルを形成する。このゲルに 紫外光を照射すると、徐々にジアセチレンの重合反応が進行しポ リジアセチレンが生成する(Fig.2)。この反応は基板上においても同様に進行し、AFM測定により重合後の構造体を観察すると、 ほぼ全ての繊維が、一分子幅の超分子ファイバー内に生成した均 一な構造のポリジアセチレンであることが明らかとなった(Fig.3)

 また非常に興味深いことに、重合前の1Cuのデカリンゲルは、 高速撹拌などの力学的な刺激によりゲルを崩壊させゾル状態とし ても、静置すれば数秒でゲルが再生する性質を示す(Fig.4)。このような性質は、“チキソトロピー(thixotropy) ”と呼ばれるものであり、身近ではボールペンのインクや油性ペンキなどに応用さ れている。インクやペンキは通常ゲル状態であるが、力学的に加 圧されるペン先やはけ先だけはゾル状態となりスムーズに描け、 さらに、いったん描いた後は再びゲル状態に戻るために、滲みや 液だれを起こすことがない。

 筆者らの開発したゲルはチキソトロピー性を有するだけでなく、 繊維に紫外光を照射することでそのまま導電性高分子として固定 できるというユニークな特徴を持つ。このようなゲルと、最近飛 躍的に進歩している”Dip Pen Nanolithography”やインクジェットなどのナノパターニング手法とを組み合わせれば、まさしく ボールペンで字を書くように、ナノサイズで配線を施し回路を作 製する技術へ利用することが可能である。

参考文献
1) 総説として; (a) P. Terech, R. G. Weiss, Chem. Rev., 97, 3133 (1997); (b) D. J. Abdallah, R. G. Weiss, Adv. Mater., 12, 1237 (2000); (c) S. Shinkai, K. Murata, J. Mater. Chem., 8, 485 (1998).

2) M. Shirakawa, N. Fujita, S. Shinkai, J. Am. Chem. Soc., 127, 4164 (2005).