味覚センサ (Taste Sensor)

都甲  潔
(Kiyoshi TOKO)
九州大学大学院システム情報科学研究科


要約
A recently-developed taste sensor is composed of several kinds of lipid/polymer membranes for transforming information of taste substances into electric signals, which are treated with a computer.The sensor output shows different electric potential patterns for chemical substances which have different taste qualities such as saltiness and sourness, while it shows similar patterns for chemicals with similar tastes.The sensor responds to the taste in itself, as can be understood from the fact that the taste interaction such as synergistic and suppression effects can be reproduced well. The taste of foodstuffs such as beer, coffee, sake,mineral water, rice and miso (soybean paste) can be discussed quantitatively using the taste sensory. The sensitivity, stability and durability are superior to those of human taste sense. The human sensor expressions can be quantified using this taste sensor. The taste sensor will open doors to a new era of food science.

キーワード:味覚センサ、脂質膜、化学物質、広域選択性、味の定量化、バイオミメティック


1.はじめに

 「食は文化である」といわれる。食文化は人類の長い歴史の中で培われてきた。センサは五感を再現、そしてそれを超えることを目的としており、人のもつ主観的かつあいまいな感覚を定量化することを目指すものである。近年の科学技術の発展にともない、センサは視覚・聴覚・触覚(光・音・圧力)といった、単一の物理量を捉えるものから、味覚や嗅覚を含めた総合的情報を捉えるものへと要求が高まってきている。五感の中でも味覚や嗅覚は、現時点でも多分に主観的・生物的感覚といえよう。しかし科学の発展の歴史が「主観的量」を「客観的量」で表現する計測技術の発展とともにあったことを思うと、味覚や嗅覚もその例外ではないであろう。事実、時間や長さの定量化については、エジプト時代にもさかのぼる歴史をもっているが、これらも当初は多分に主観的量であったはずである。
 すでに視覚では例えばCCD(電荷結合素子)ビデオカメラが、聴覚はマイクロフォン、触覚は温度計や圧力計が普及している。このようなセンサは物理センサと呼ばれているが、物理センサが比較的容易に実現されているのに比べると、味覚あるいは嗅覚センサはこれまで未発達の段階にあった。それは味覚と嗅覚では、単一の量でなく、非常に多種類の化学物質を複合的に受容しているからである。もちろん厳密には、視覚においても、認識レベルで人にまだまだ及ばず、視覚を代行するところまで実現できていないが、それでもすでに受容レベルでは人並みか、それ以上の機能のセンサが実用化されている。
 ところで、視覚や聴覚では、光や音波を受容するだけでも、センサとしての当初の目的は十分に達せられるといえよう。実際カメラやマイクロフォンは出力結果を解釈する人が介入することで、その目的を達成できる。ところが味覚や嗅覚においては、センサレベルにおいて、人の感じる感覚を表現しなければ、センサとしては失格である。つまり、化学物質を検出したからといって、その結果から一般に味や匂いは再現できず、食品に含まれる化学物質を測定したことの正当性が失われる。この事実は、味覚や嗅覚のセンサは本質的にインテリジェントセンサであることを要求しているともいえる。
 一般に化学物質を拾うセンサは化学センサであろう。ところで、代表的な化学センサはタンパク質(酵素)を高分子の膜に吸着させた酵素センサであることからもわかるように、物理センサが光や圧力といった特定の量を選択的に拾うように作られているのと同様に、化学センサも物質選択性が重要視され、開発が進められていた。実際、これまでのセンサの定義は、高選択性と高感度にあったといっても過言ではない。このような高選択性センサはすでに医療方面でも使われており、今後ますますその需要は増すであろう。
 しかし、この種の選択性の高いセンサで味覚をセンシングするには、全ての味物質に対応したセンサを用意しなければならないため現実的ではない。私たちが毎日飲むコーヒーやお茶には千種類ともいわれる味や匂いの物質が含まれている。しかも、これらの化学物質を仮に全て検出したからといって、味覚や嗅覚が再現できるわけではない。
 さらに、味覚センサでは、味物質間の相互作用といった味覚現象を再現しなければならない。例えば、互いに相手を強めあったり(うま味物質間の相乗効果)、弱めあったりする効果(苦味と塩味間の抑制効果)がそうである。また現時点で、酸味ではpHメーター、塩味では電気伝導度計やイオンメーター、甘味では粘時計や屈折率計、比重計が使われているが、これらは「味」を表現していない。というのも、pHは酸味と1対1に対応しないし、電気伝導度には苦味を生じる塩化カルシウムや塩化マグネシウムなども大きく寄与する。またデンプンも甘くないが、大きな粘度をもつ。さらに相乗効果や抑制効果などの味物質間の相互作用も表現できず、味を総合的に論じることはできない。
 これまでの味覚の世界では、「味は所詮人の舌が頼りさ」といった風潮があったように思える。しかしながら、この状況はここで紹介する味覚センサの登場で大きく見直す時期にきているといえる。味覚センサは、人が感じる味を出力すると同時にその感度・耐久性共に人の舌を超えている。そこでの味覚センサ開発の課題は、「人間が感じる味」をいかに出力させるかであった1-3)


2.広義の味と狭義の味

 味細胞で受容される味は、酸味・塩味・苦味・甘味・うま味の5つから構成される4-6)。酸味は主として水素イオンの生じる味、塩味は塩化ナトリウムなどの金属イオンの呈する味、苦味はキニーネ、カフェインなどの植物系アルカロイドの呈する味、甘味はショ糖などの呈する味である。うま味は日本人によって発見された味であり、英語でもUMAMIと呼ばれる。グルタミン酸ナトリウム(MSG)やイノシン酸ナトリウム(IMP)、グアニル酸ナトリウム(GMP)に特有の味であり、英語のdeliciousnessに由来する言葉である。これらが味細胞で受容されて「味」を生じる。
 私たちはものを味わう際、数多くの要因で味を感じる。「美味しさ」は数多くの要素がからむ複合的な感覚である(Fig1)。基本となる味に加えて、辛味や渋味といった味細胞以外で受容される(と考えられている)味、さらに匂いや舌ざわり、なども効いてくる。一般にこれらを合わせて広義の味という。他方、舌の味細胞で受容される味、つまり上記5つの味、を狭義の味と称する。味覚がこれまで主観的であった一つの理由は、この狭義の味すら定量化できなかったことにある。味覚センサの目的は、この狭義の味を定量化することにある。


3.味覚センサ

 味覚センサは脂質/高分子ブレンド膜を味物質を受容する部分とし、この複数の脂質膜からなる電位出力応答パターンから味を識別する。これは舌の細胞の生体膜が脂質とタンパク質からできていることに着目し、その構成成分の一つである脂質を実際に利用できる形で作り上げたものである。複数の脂質膜を用いることは種々の味応答特性の異なる細胞(そして味神経)を準備することに相当する。つまり、生体系とほぼ同様の材料とシステムを用いて、味を測ろうというわけである。
 Fig2に示すように、脂質膜電極はポリ塩化ビニルの中空棒にKCl溶液と銀・塩化銀線を入れ、その断面に脂質/高分子膜を貼りつけたものである。特性の異なる脂質/高分子膜を7つ(または8つ)準備し、脂質膜電極と参照電極との間の電位差を計測し、これら複数の出力電圧により構成されるパターンから味を識別・認識する。生体系との対応からは、脂質膜電極の内部が細胞内、味溶液である外部が細胞外に相当する。またFig3は開発当初から使用している電極であり、1本のアクリル製電極に内液のの入った空孔を8つ作り、その上に脂質/高分子膜を貼り付けた構造をしている(または内液構造にしないで銀線を膜に直接接触)。これらの膜のことを以下「チャンネル」と呼ぶことにする。
 脂質の選択には任意性があるが、まずは生体膜の脂質の官能基を網羅する形で選ばれた。もちろん測定対象と目的に応じて適宜選択し直すべきであり、最近では表1に示す脂質材料を最もオーソドックスなものとして採用している。なお、以下では用いた脂質について特には明記しない。
 市販されている味認識装置SA401(アンリツ(株)製)では、いくつものサンプルの測定を自動的に行うことが可能であり、ノイズの影響も可能な限り除去しており、ビールのロット間の識別も容易に行うことができる。Fig4に示すように、味溶液が入ったビーカーにロボットアーム駆動のマルチチャンネル脂質膜電極(7本)及び1本の参照電極が入り、この間の電位差を測る。この電位が味物質の脂質膜へ及ぼす影響で変わる。データはコンピュータに蓄えられ、目的に応じて必要な処理が行われる。
 5つの味のうち、塩味とうま味に対する応答パターンをFig5に示す7)。誤差は1%を切っているので、各味の識別が明瞭にできる。注目すべきは、5つの味に対しては異なる応答パターンを示すのに対し、似た味では似たパターンを示すことである。例えば塩味を呈するNaCl、KCl、KBrでは似たパターンを示し、うま味を呈するMSG、IMP、GMPでも同様に似たパターンを出す。この事実は、味覚センサに必須の条件を満たしていること、すなわち「個々の味物質ではなく味そのものに応答」していることを意味する。なお似た味物質間でもややパターンが異なっているが、これは私たちが例えば酢酸とクエン酸を味わって「少し味が違う」と感じる、その少しの味の差を反映しているのである。
 Fig6に負に帯電した膜の膜電位発生のメカニズムを示す8,9)。酸味物質では水素イオンが膜の親水基に吸着した結果、膜の表面荷電密度が変わる。その結果、膜と水溶液の界面の電位が変化し、それが応答電位として計測される。塩味物質NaClでは、電気2重層電位が変わる効果(遮蔽効果)が主である。苦味物質キニーネは膜の疎水鎖の部分に入り込み、その表面電荷密度を変える。うま味物質ではグルタミン酸本体の吸着効果とNa+イオンによる遮蔽効果が同時に現れる。甘味物質はそれ自体電荷はもたないものの、膜の表面荷電密度を変えたり、他の共存イオンに影響を与えることで膜電位が変わる。なお、一般に膜電位は表面電位と膜内部の拡散電位とから形成されるが、今の脂質膜を用いた味応答は主として表面電位の変化からなることが理論的に示されている8,9)
 従来の化学分析機器は主として、化学構造の違いの高感度検出を追い求めてきた。もちろんこれは重要なことであり、数多くの成果を生み出している。しかしながら、味覚センサはこれとは異なる立場に立っている。つまり、化学物質と生体膜の相互作用を測定するというものである。事実、私たちはMSG(アミノ酸系列)とIMP(ヌクレオチド系列)のその大きな構造の違いにも拘わらず、同じ「うま味」を感じる。ショ糖もサッカリンもまったく構造が違うが、やはり甘く感じる。5つの味とは、化学物質と生体膜の相互作用の違いを反映しており、脂質/高分子膜を用いる味覚センサはその相互作用をかなり再現しているものと考えられる。


4.アミノ酸

 味覚センサはアミノ酸に特によく応答し、食品中のアミノ酸を検出できるのみならず、各アミノ酸を酸味や苦味といった味質に応じて分類することが可能である。Fig7にアミノ酸の測定データに主成分分析を施した結果を示す10)。主成分分析とは、多次元の情報をできるだけ低い次元で表現する多変量解析の1手法である。今はマルチチャンネル電極からの8次元情報を2次元程度で表現したいわけである。図からわかるように、甘味を呈するアミノ酸、苦味のアミノ酸そして双方の味を呈するアミノ酸が第1主成分(PCl)方向に順に区別されている。また第2主成分(PC2)方向では、酸味のアミノ酸とうま味のアミノ酸がはっきりと分離している。第1、2、3主成分に対する寄与率は、順に47.0%、34.0%、13.8%であり、第2主成分以下もかなり大きな寄与となっている。これはアミノ酸の味が確かに5基本味から構成されることの証しでもある。後述のように日本酒の滴定酸度や味噌の熟成度を味覚センサで検出できるが、これはアミノ酸を拾えるからに他ならない。
 味細胞の味物質受容メカニズムはまだ明らかにされていないが、ここでの味覚センサの結果はアミノ酸の受容メカニズムを探る意味でもたいへん示唆的である。


 5.渋味と辛味

 一般に狭義の味は5つの基本味で表現できるといわれているが、この考えは必ずしも確定しているわけではなく、今後も検討の余地があると思える。例えば「辛味」と「渋味」は舌の痛覚を刺激すると考えられており、広義の味覚ととらえられている。味覚センサでこれらの味を測定した結果11)、やはりセンサは、カプサイシンやアリルカラシ油などの辛味物質にはまったく応答しなかった。つまり、辛味は確かに味細胞で受容されない味と思える。
 しかし、味覚センサは渋味を呈するタンニン酸、カテキン、ガーリック酸やクロロゲン酸などには応答したのである。この結果は、渋味は必ずしも痛覚のみを刺激する味ではなくて、味細胞でも受容される可能性のある味であることを意味している。他の味質とその応答パターンを比較した結果、渋味は酸味と苦味の中間の味質であると結論された11)。実際味覚生理学において、渋味は苦味と関連しているという報告がなされており12)、味覚センサの結果を支持する。このように、渋味は痛覚と味覚の両方が刺激された結果生じた感覚と考えられる。さらに今後の生理学的、生化学的研究を待ちたい。


 6.ビールの味

 Fig8は各種ビールを測定した結果である。放射軸のフルスケールは20mVである。各種ビールが異なる電位応答パターンを示すことがよくわかる。あらかじめこのパターンを覚え込ませておくと、未知のビールを測定して銘柄を当てることも容易である13-15)。1ヶ月以上も前に取ったデータを用いてパターンマッチングすることが可能であり、この事実は、後述のようにセンサ出力の長期安定性を裏付けるものである。実際、これは研究室紹介などの機会では大変有用であり、参加者は皆一様に驚きの声を上げる。もっとも、中学生や高校生相手のときには、さすがにビール測定はやめて、ミネラルウォーターやスポーツ飲料にしている。
 ビールの電位応答パターンに主成分分析を施した結果をFig9に示すが、横軸が「濃厚な味」、縦軸が「シャープな味」を表している。またセンサ出力はアルコール濃度やpH、Bitter(BUs)などの分析量とも高い相関を示した。味覚センサはビールのロットの違いを容易に識別できるほどの高い識別能を持つが、このように種々の分析値の測定や官能表現の定量化が行えるわけである。


7.ミネラルウォーター

 Fig10は41種類のミネラルウォーターを味覚センサで測り、主成分分析して得られたテイストマップである16)。数値は硬度を表している。第1主成分(横軸)がほぼ硬度を反映していることがわかる。また図を上にいくほど1価イオン濃度が高く、下にいくと2価イオン濃度が高くなる。従って図の上方がソルティー、下方がビターといえる。なお第2主成分を描いていないのは、化学的に1価イオンや2価イオンと直接に相関がなかったからである。同時に官能検査も試みられたが、硬度が低い左半平面では再現性のある味の表現ができず、たかだかFig10の右と左の離れた位置にあるミネラルウォーター同士の識別がついた程度であった。これは実際、水の味の多くは含まれるカルキなどに起因する異臭によって決まるという報告17)とも一致する。その意味において味覚センサは、人が再現性よく表現できない味を定量化でき、すでに人の舌の感度を超えている。
 この結果は、味覚センサが水質モニタ用センサとして使えることを示唆している。これまでの水質検査は特定の汚染源に的を絞って、原因を探るという本質的に後追い検査であった。しかしながら、人が水を口にする前に水質の安全性を迅速に判断するセンサは事故の未然防止のために必須のものである。味覚センサは不特定多数の化学物質を検出できるため、本質的に簡易・迅速リアルタイム計測が可能である。
 またスポーツ飲料などの電位応答パターンを測り、そのパターンに近くなるように、任意の味物質の組み合わせを作り上げることで、その飲料と似た味を再現することができる13)。つまり、味覚センサを用いて味を人工的に合成できる。従ってコンピュータへ蓄積したデータをもとに希望の味を調合することが可能であり、味のコントロールが自由に行える時代に入ったといえる。


8.コーヒーの味

 Fig11はレギュラーコーヒーに対する応答パターンである。18) コーヒーに対する応答パターンの誤差は±0.1mVであり、容易に各コーヒー種が識別できているのがわかる。測定は60℃でなされたものであり、味覚センサが高温状況にも十分に対応できることを示している。この事実は、先のビールの測定同様に、味覚センサが人が飲料を味わうその同一条件下で測定を行えることを意味しており、これが味覚センサが従来の測定機器と大きく異なる点である。チャンネル1は基準電位用でゼロ値であるが、チャンネル2から7まで各コーヒーに対して応答が系統的に変化しているのが見て取れる。
 酸味と苦味に対する相関をみた結果、受容部に用いている特定の膜(チャンネル)のみで、人の味覚表現である酸味(酸っぱい)や苦味(苦い)を定量化できることがわかった。さらに、同一のコーヒー種について、コーヒーのいれかたによる味の違いも定量化できることも示されている。人はそのときの体調やまわりの雰囲気などで味覚が影響を受けるが、味覚センサはこれらに左右されることなく、客観的に味を測定できるのである。


9.牛乳の味

 牛乳は加熱処理により滅菌処理がなされている。私たちは低温殺菌乳が美味しいだの、高温殺菌乳が美味しいだの、よく口にするが、本当のところはどうなのであろうか。市販の牛乳では、異なる銘柄では一般に原乳が異なるため、原乳に由来する味の違いが顕著に出る可能性がある。従って、上記の疑問に解答を与えるには、原乳を同じにして加熱処理を施し、それに由来する味の違いを論じる必要がある。
 まず100℃における処理時間が異なる5つのサンプル(0,1,5,15,30min)を準備した。19)なお、処理温度まで持っていくのに、ある一定の時間がかかるので、100℃ 0minになるサンプルは一旦100℃まで加熱したものである。これら5つのサンプルに対し、3点識別法を試みた結果、処理時間の短いサンプル(0,1,5min)は区別が付かなかった。他方、味覚センサを用いて、これらの5つのサンプルを識別することができた。
 次に、表2のように処理温度と処理時間が異なる7つのサンプルを準備した19)。それに対し、「こく」、「加熱臭」、「美味しさ」の3つの量の官能検査を行うと同時に、乳清タンパク質窒素指標(WPNI)なる量を計測した。WPNIが小さいほど加熱によるタンパク質変性が大きい。表2から65℃ 0minは最もタンパク質変性が少なく、100℃ 15minは最も多いことがわかる。また同様にこくと加熱臭が最も強いものも100℃ 15minの牛乳である。この事実からわかるように、WPNIなる量はこくと高い相関(-0.82)を持つ、他方、美味しさはこれらの量と高い相関を持たなかった。
 味覚センサの出力と官能表現「こく」、物理化学量WPNIとの相関を調べた結果、相関は-0.88と0.95であり、味覚センサでこれらの量を測ることができたることが判明した。通常WPNIを測るには、サンプルに飽和NaClを入れて変性乳清タンパク質を沈殿させて濾液の透過度を光度計で測るという分光学的方法をとる。味覚センサは電極をサンプルに浸けるだけで数秒で測定が完了する。この簡易迅速計測が味覚センサの最も得意とするところであり、今後この種の化学分析にも使われる可能性がある。もちろん、味覚センサの最大の長所が、これまで述べてきた通り、味そのものを総合的に測れることにあることは論を持たない。


10.清酒の識別と醸造管理

 味覚センサは、平成5年に長野県で開催された信州博覧会に出展され、参加者と日本酒の銘柄当てを連日行い、3ヶ月間同一の膜で無事完走した。
 Fig12は醸造過程のもろみの滴定酸度とセンサのチャンネル1との関係を示したものである20)。約1ヶ月間の醸造過程において酸度は単調に増加し、センサ出力との相関は0.99であることから、味覚センサの醸造管理用センサとしての可能性が示唆される。清酒の場合、滴定酸度は10mlの酒をpH7.2まで上昇させるのに要した0.1N NaOHの量で表す。酒に含まれる成分(アミノ酸、有機酸等)による緩衝効果があるため、必ずしも初期pHが低いからといって、滴定酸度が高いとは限らない。滴定酸度は、清酒製造にあたり、発酵管理、ブレンド、成分指標ときわめて重要な量である。
 センサが滴定酸度とよい相関を示す理由を知るために、初期pH、有機酸とアミノ酸とセンサ出力の関係が調べられた。その結果、センサ出力がこれら3つの変数により、0.95という極めて高い相関をもって表現されることが判明した。これは、センサがアミノ酸の味質の違いをよく拾えることからもうなずけよう(Fig7)
 また日本酒中のエタノール濃度にも応答し、簡便なエタノールセンサとして使うことも可能である21)。味覚センサの最大の長所はサンプルをそのまま計測することが可能である点であり、事実濾過などの操作なしにエタノール濃度を測れることが示されている。このようなポータブルな投げ込み式の簡易型センサの普及には、今の複数のチャンネルからなるロボットアーム駆動の固定型センサシステムを、2チャンネル程度のコンパクトな形に作り上げることが必要であり、現在このラインを検討中である。
 このような努力により、味覚センサは「味を測る」という本来の機能から、特定の「物理化学量を測る」といった簡易型モニタ用センサへと分化し、清酒醸造のオンライン自動化、省力化に威力を発揮すると考えられる。


11.味噌の熟成管理

 味噌は日本の伝統的な発酵食品である。そのルーツは中国の醤(ひしお)とされ、これが朝鮮半島を経由して日本に伝来し、未醤(みそ)と称するわが国独自の大豆発酵食品が誕生し、やがて現在の”味噌”の字も使われるようになったとされている。醤の伝来以来少なくとも1300年を経ており、この間に各地方の気候風土や食習慣などから各地方独特の多種類の味噌が生み出されてきた。
 現在味噌の熟成管理は、麹菌の酵素による分解作用と微生物の育成、発酵作用が食塩の存在下でバランスよく行われるように味噌の温度を管理し、適当な時期に切り返しを行っている。味噌の熟成度評価は、これまで主に人間の経験(見た目や味)に頼っており、このような評価はその時々の体調や環境に影響を受けやすい。それゆえ、体調や環境に左右されない客観的尺度の導入が待ち望まれていた。
 本実験では市販の味認識装置(Fig4)の電極を手動で使えるように改良して、味噌汁の測定を行った(Fig13)。まず米味噌、合わせ味噌、麦味噌の識別を行った結果、各味噌間のパターンの差は数mVあるのに対し、標準偏差は0.1mV程度であり、容易に識別可能であった22)
 次に合わせ味噌に的を絞り、その熟成中の味覚センサ応答パターンの変移を調べた。その結果をFig14に示す。ほとんど全てのチャンネルで電位の増加が見られるが、特にチャンネル1,6と8が大きな変化をしている。チャンネル1と6は負に帯電した膜であり、チャンネル8は正に帯電した膜であることから、熟成時にはそのどちらの膜へも吸着する成分が共通に効いていると考えられる。またこれらのチャンネル出力は熟成日数に対して単調に増加しており、他の米味噌や麦味噌でも同様の傾向が見られたことから、味覚センサの味噌の熟成管理用センサとしての応用が十分に期待される。
 味噌は熟成中に各種アミノ酸が増加しており、味覚センサ応答との相関を取った結果、高い相関が得られた。これらの結果は、先に紹介した清酒もろみの醸造過程を調べた結果と酷似している。
 加えて、出荷後の味噌について味覚センサを用いて測定を行った結果、ゆっくりとではあるが、単調な電位増加が見られ、出荷後の味の変質をとらえることができた。
 Fig15は熟成中の40日、その後の300日にわたるセンサ応答を3つのチャンネルについて示したものである。この図から熟成中はほぼリニアに大きくチャンネル1と8の応答電位が増加し、出荷後も電位が増加する傾向にあり、ゆっくりと品質変化が進むことがわかる。なお、出荷後200日あたりで電位が正値へ移動しているが、その時期は店頭から工場へ味噌を返品する時期とされており、味覚センサが出荷後の品質モニタにも使えることがわかる。
 このように、味覚センサは味噌の熟成や味の変化をモニタするセンサとして使える。その場合、ここで示したように、センサはマルチチャンネルの構造をとる必要はなく、ちょぅど私たちがpHメーターを使うような感じでメンテナンスフリーのポータブルセンサを使うようになることが望ましい。


12.新しい食文化の創造

 味覚センサは味を定量的に測り、味を認識する世界初の装置であり、今後食品の製造ラインに組み込まれるなど、広範な応用が考えられている。またこのセンサは、測るべきものは個々の化学物質ではなく味そのものでなければならないということを現実に示すことに成功したセンサである。近年のバイオテクノロジーで生まれた新しい食品(化学物質)への味覚センサの応用も可能である。苦味が強い医薬品の味の自動調合も将来的には可能となるであろう。米などの固形状食品も粥などの液状サンプルにすることで測定が行え、その味の定量化に成功している23)
 味覚センサは、その8種類の膜が必ずしも特定の味のみに応答するわけではなく、いくつもの味に同時に応答するといった非選択的・非特異的性格、つまりきわめてファジー的要素をもっている。このファジー的性格は生物の特徴であり、今後この種のファジーが計測の部門にも広く取り込まれていくことだろう。味覚センサの開発は、その意味においても、人に優しい技術開発の1つのマイルストーンとも位置づけられる。
 味覚センサは、従来のセンサのもつ「高選択性(high selectivity)」という概念と異なる「広域選択性(global selectivity)」とでも呼ぶべき概念をもつセンサである。つまり、味覚センサは個々の物質選択性はあまり重視せずに、個々の物質と味細胞との相互作用を質的に分類して、それを出力情報にもつ、これが私たちが感じる味質に他ならない。もちろん個々の物質の識別そのものも可能である。その意味では分子認識を行うセンサである。しかしながら、ここで重要なことは、私たちが感じる味覚は本質的に広域選択性であり、味覚センサはそれを再現しなければならないということである。
 食品の「美味しさ」は、多くの因子を含む複雑な感覚である。しかし、少なくとも舌で受容される化学的な味については客観的に判定できる方法がないと、いつまでたっても味の文化は成長しないであろう。もちろん、味細胞で受容される狭義の味を定量化できたからといっても最後に好き嫌いを決めるのは私たち人間である。さきのビールにしても、こくのあるビールとシャープな味のビールのどちらを選ぶか、これは人により好き好きであろう。しかしそれにしても、味に関する共通の定量的言葉は他の感覚同様必要である。長さはものさしで何cmといった具合に非常に簡便に測ることができる。時間も同様であり、主観的時間と客観的時間が見事に共存している。味覚センサは味のものさしを与えるものである。その意味において、味覚センサの登場は革命的であり、今後味の定量化・標準化そして個性化は私たちの生活をより豊かにしていくであろう。
 生物は外界を認識するセンサ(五感)を有しているがゆえに、この地球上を謳歌した。しかし、人間は自分の五感ではもはや検知、制御できないほどの力や物質を得るに至り、今度はそれらを認識、制御できる人を超えたセンサを必要としている。ここで述べた味覚センサはその新しい技術の萌芽である。
 将来のマルチメディア社会では、コンピュータを前に今日の食事のメニューを考える状況が現れるだろう。そこではまず、モニタ上の料理の味の傾向(味のパターン図)を見て、そこで好みの味が決まれば、さらに進んで具体的料理のリストが表示される。その際に重要なことは、万人共通の味の表示が行き渡っていることだろう。いまは、フランス料理のレストランや中華料理店へ行っても、あらかじめその料理を知ってないと、料理の味を知ることは難しい。メニューを眺めて日本語に翻訳して、それからどんな料理かを想像するばかりである。
 音楽は、本来聴覚の分野に属する文化である。しかし、それを視覚で処理できる楽譜が普及したために、私たちは20世紀にあたってバッハやベートーベンの曲を再現できる。味覚も、たしかにいまは主観だけが一人歩きしている。しかし、この状況は今後どんどん変わっていくことだろう。味を客観化できる機器を用いることで、万人共通の「食譜」を作ることも夢ではない。繰り返すが、味覚センサは単に「味の尺度」を与える装置にすぎない。それを上手に使いこなすのは私たち人間である。今後、マルチメディアの振興とあいまって、味の共通言語を構築することで、万人が共通の尺度をもって味を語り合う時代が来るであろう。私たちはいまや、長さや時間の尺度が発明されたあのエジプト時代に相当する食文化の黎明期に入ろうとしている。


参考文献

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21)Y. Akikawa. K. Toko, et al. ,J. Fermentation Bioeng., 82 371-376(1996).
22)T. Imamura, K. Toko, S. Yanagisawa, T. Kume, Sens. Actuators, B, 37, 179-185 (1996).
23)八尋美希、都甲 潔、飯山 悟,電気学会論文誌 117E,187-194 (1997).


プロフィール
氏名 都甲 潔(Kiyoshi TOKO) 43歳
所属 九州大学大学院システム情報科学研究科・教授
    〒812 福岡市東区箱崎6-10-1
     TEL:(092)642-3941 FAX:(092)642-3967
    E-mail:toko@ed.kyushu-u.ac.jp
出身大学 九州大学大学院工学研究科 電子工学専攻
学位 工学博士
現在の研究テーマ
「インテリジェント味覚センサ」、「生物における自己組織化」