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近藤 敏啓 (Toshihiro KONDO) 北海道大学大学院理学研究科 |
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魚崎 浩平 (Kohei UOSAKI) 北海道大学大学院理学研究科 |
Summary
To construct a molecular device of specific functionality, it is essential to arrange molecules on a solid surface in ordered manner at a molecular level. Self-assembly (SA) technique, which makes use of a chemical bond between surface atoms of solid substrates and molecules and attractive lateral interaction between adsorbed molecules, has been very widely employed to construct ordered molecular layers. Self-assembled monolayers (SAMs) of alkanethiols on gold have been the most well-studied system because they have wide varieties of potential applications such as sensors, corrosion inhibition, wetting control, and biomolecular and molecular electronic devices and highly stable monolayers can be formed very easily.
To construct well-designed SAMs, it is important to understand their fine structure and growth process. The molecular arrangements of the SAMs of alkanethiols on gold at the saturation coverage have been investigated by scanning tunneling microscopy (STM) and other methods. The formation processes of the SAMs of alkanethiols in solution have been monitored by in situ STM and quartz crystal microbalance (QCM). Many applications of the SAMs such as catalysis, efficient photoinduced electron transfer, ion and molecular recognition, fixation of biomolecules, and nanofabrications have been investigated.
キーワード:自己組織化単分子層、チオール、光誘起電子移動、界面電子移動
種々の機能を持った分子を固体(金属・半導体)表面上に固定・配列させることで構造規制され、かつ所望の機能をもった界面を構築可能である。近年、オングストロームオーダーで分子の環境や幾何学的配置を操作し、それらを反応が起こっているその場で観測することが可能となり、機能性分子を固体表面上に配列させた機能性表面による種々の生体機能の模倣や分子素子構築の研究が急速に進展してきた。固体表面への分子の固定法のうち、自己組織化(Self-Assembly, SA)法1-7)は高配向・高密度な分子層が形成可能であることが知られており、近年非常に広い分野における研究対象となっている。ここでは、SA法によって作製される自己組織化単分子層(Self-Assembled Monolayer, SAM)について述べた後、金上のアルキルチオールSAMにしぼって、SAMによる構造規制界面の構築およびSAM修飾による機能性表面の構築の研究例について紹介する。
固体表面に種々の機能をもった分子層を固定し、表面特性を制御しようとする試みは比較的古くから行われている。中でも両親媒性の分子を水面上に展開・圧縮し、単分子層を形成した後、固体基板上に移しとるラングミュア・ブロジェット(Langmuir-Blogett:LB)法は、高度に配向した分子層を種々の基板上に形成可能であり、しかも積層を繰り返すことで多層膜も簡単に作製できることから、幅広く用いられている。しかし、LB法では特別の装置が必要である。また、形成された分子層は基板表面に物理的に吸着しているのみで基板構造との整合性など高度な機能は期待しにくい、といった制限がある。これに対して Sagiv は1980年にトリメトキシシリル(-Si(OCH3)3)基やトリクロロシリル(-SiCl3)基を持った長鎖アルキル化合物と表面水酸(-OH)基を持った固体を反応させると、共有結合で分子が表面に固定されるとともに、アルキル鎖同士の相互作用によって高度な配向性が実現できることを見出し、LB法との類似性を指摘した8)。自発的に高度な配向性を持った分子膜が形成できることから、この過程は自己組織化(Self-assembly: SA)、形成された分子膜は自己組織化単分子膜(Self-assembled Monolayer: SAM)と呼ばれる。その後、1983年にAllaraがアルカンチオールは金と反応してAu-S結合を形成するとともにアルキル鎖同士の相互作用によって配向性の高い単分子層(自己組織化単分子膜)が形成されることを見出したこと9)によって、導電性基板上の高配向性分子層が実現され、基礎・応用両面の可能性が飛躍的に広がり、活発に研究が展開されるようになった。最近では結合性官能基もチオール(-SH)基に限らずジスルフィド基やスルフィド基、また基板も金の他、白金、銀、銅などの金属に加えてGaAs、CdS、In2O3などの半導体にも拡張されており、さらに-SH基とは反対側のアルキル鎖末端に機能性官能基を導入することで、種々の機能を固体表面に導入可能であることから、その面での発展も著しい。
SAMを形成可能な分子は Fig.1(a)に示すように3つの部分から構成される。第一の部分は表面原子と反応する結合性官能基(-SH基など)であり、この部分が金表面の特定部分に分子を固定する。なお、S原子を含む官能基をもった有機化合物がAuと強い共有結合を形成して安定な有機薄膜を形成することは、「自己組織化」という言葉が使われる前からすでに谷口らの報告で知られていた10)。第二の部分は通常アルキル鎖であり、SAMの二次元的な規則構造は主としてこのアルキル鎖間のvan der Waals力によって決まる。そのため一般にアルキル鎖の炭素数がある程度以上多い場合に、安定・高密度・高配向な膜が形成される。第三の部分は末端基で、アルカンチオールの場合はメチル基であるが、末端基を機能性官能基とすることで、固体表面の機能化が可能となる。
室温で十分洗浄した金基板を適当な濃度のチオールの入った溶液に浸すと、数分〜数十分で分子の吸着が起こる。これは以下の反応が自発的に起こる結果であると考えられている。但し、実際に水素分子が検出された例はない。
-SH + Au → -S-Au + 1/2H2 (1)
このとき吸着分子のアルキル鎖間に引力的相互作用が働く結果、高度に配向した分子膜、すなわち自己組織化単分子層(SAM)が形成される。規則正しく原子配列した表面をもつ基板(Au(111)などの単結晶基板)を用いると、SAMも二次元規則構造を示す。この構造は基板の原子間距離と分子の大きさや形に依存する。
また、SAMを利用した多層膜構築法も考案されており(Fig.1(b)、(c))、オングストロームオーダーで均一な膜厚の多層膜が構築されている11,12)。
真空中の走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope, STM)や電子線回折法などによる検討の結果、Au(111)単結晶表面上に形成したSAMには数nmサイズのピットや単分子太さの線欠陥(missing row)が含まれていること、分子配列には(√3×√3)R30°構造だけでなく、(4√3×2√3)構造も存在することなどがわかっている13, 14)。このような構造はアルキル鎖同士の疎水性相互作用とSと基板の化学結合によるSAM形成という単純な吸着モデルからは予想しにくい。したがって、より高度なSAMの構造規制を行う上で、その形成過程を詳細に理解することは非常に重要である。
一定の振動数で振動している水晶の表面に物質が吸着するとその質量分だけ振動数が下がり、脱離すると振動数が上がる。この原理を応用した水晶振動子マイクロバランス(Quartz Crystal Microbalance, QCM)法を利用すると、吸着/脱着した物質の質量変化をng程度の感度で観測可能である。Fig.2はヘキサン中にフェロセニルウンデカンチオール(FcC11SH)を滴下したときの金基板(水晶振動子の表面に金薄膜を真空蒸着したもの)表面の振動数変化を観測した結果である15)。振動数は滴下した瞬間(2つ目の矢印)から急激に減少し、その後振動数の減少はゆるやかになった。チオール分子の吸着は初期に急速に吸着し、その後ゆっくりと吸着していく2つの吸着過程が存在することを示している。他のチオール誘導体においても同様の結果が得られている。
最近になって我々はデカンチオール(C10SH)の自己組織化過程をSTMによりその場追跡することに成功した16, 17)。Fig.3 はC10SHを0.5μM含むヘプタン溶液中で(a)10分後および(b)20分後に得られたAu(111)表面のSTM像である。Fig.3(a)では金のテラス上にいくつかの三角形のピットと、間隔が2〜3nmの縞模様が観察されている。ピットは飽和吸着後に観察されるものと対応しており、膜形成時の金のエッチングあるいはAu(111)再構成表面のリフティングによって生じたものであると考えられている。縞模様は、熱脱離や真空中で気相から成長させSAMを作った場合など表面被覆率が低い場合に見られており、表面に吸着したC10SH分子が基板上に寝ているような状態と考えられる。時間が経過するにつれ(Fig.3(b))、明るく見える島が発生し、二次元成長する様子が観察された。島の上を拡大すると、明瞭な規則構造が観測された(Fig.4(a))。明るいスポット間の距離は約5ÅでAu原子間の距離(2.885Å)の√3倍に対応しており、Fig.4(b)に示す配列をしているものと考えられる。単位格子がAuのそれの√3倍であり、分子列の方向が下地の原子配列と30°ずれていることから、(√3×√3)R30°構造と呼ばれる。赤外分光法などの結果から、アルカンチオールSAMの分子軸は基板の法線方向に対して約30度傾いていることもわかっており、この構造は吸着分子の最密充填構造である。以上の結果から、初期の速い吸着過程が縞状構造(準安定状態)の形成に、遅い吸着過程が最密充填構造の形成に対応しているものと考えられる。
先に述べたように、SAMを形成させることによって、表面の特性を制御できる。たとえば、長鎖のアルカンチオールSAMで修飾すると、金電極はほとんどの電気化学活性種に対して不活性となる。また、このようなSAMをリソグラフィー用のマスクとすることもできる。さらに、末端基をメチル基から機能性の官能基に置き換えることによって、固体表面により高度な機能を導入可能である。また、末端に結合性の官能基(アミン、カルボン酸、リン酸、チオールなど)をもつSAMで金表面を修飾すると、生体試料(酵素やDNAなど)や金属・半導体微粒子、機能性高分子などの表面への固定化や多層膜への展開につながる1-6)。このようなアプローチは、センサーなどのより実用的なデバイスへの応用を考える上で重要である。これまでSAM中に導入されている主な機能性官能基を表1にまとめた。ここではSAM修飾による機能性表面構築の例として、触媒作用、光誘起電子移動、イオン・分子の認識、生体機能の付与、および固体表面の微細加工について紹介する。
機能 | 主な官能基 |
---|---|
電気化活性 | フェロセン15, 18-21)、キノン22, 23、Ru(NH3)62+ 24,25)など |
光(電気)化学活性 | ポルフィリン26, , 29)など |
触媒活性 | Niサイクラム30)、金属ポルフィリン31-33)など |
SHG活性 | フェロセニルニトロフェニルエチレン34)など |
センサー | シクロデキストリン35, 36)、各種酵素・補酵素37, 38)など |
構造異性化 | アゾベンゼン39)、スピロピラン40, 41など |
メディエーター | フェロセン19)、ピリジン10)など |
親水・疎水性 | カルボン酸1, 42)、水酸基1, 42)、メチル基1, 42)など |
結合性 | カルボン酸43, 44)、アミン12)、リン酸1, 11, 12)、スルホン酸45)、ホスホン酸46, 48)、チオール49, 50)など |
単純な一電子酸化還元反応を行うフェロセン(Fc)基を末端官能基とするフェロセニルアルカンチオール誘導体のSAMで修飾した金電極の電気化学的挙動が広範に調べられている15, 18-21)。このSAMは溶液内鉄イオンの酸化還元(Fe2+/3+)反応に対して整流性を示す19)。未修飾金電極では+450 mV付近に溶液内化学種の酸化還元による可逆な電流ピークが観測されるが(Fig.5(c))、修飾電極上ではこのようなピークは見られず、鉄イオンを含まない溶液中で見られるフェリシニウムカチオン(Fc+)がFcに還元されるピーク(Fig.5(a))がFe3+の添加により大きくなった(Fig.5(b))。このピーク電流値はFe3+の濃度に比例して増加し、Fe3+の還元にともなうものである。これらの結果は、金表面に固定されたフェロセニル基が以下のプロセスにしたがって電極からFe3+への電子移動メディエーター(触媒)として機能していることを示している。
一方、Fe2+からFe3+への酸化反応は単分子層の存在により、完全にブロックされている。このような整流作用の発現は、生体内の電子ベクトル輸送との関連で重要な課題である。
また、pHに依存した酸化還元反応を行うキノン/ヒドロキノン基を持つアルカンチオールとフェロセニル基を持つアルカンチオールの混合SAMをマイクロ電極上に固定し、超微細pHセンサーの可能性が示されている51)。
酸素還元能を持つ金属錯体を電極上に固定することは、特に燃料電池の分野で注目されている。末端にSH基を有するアルキル鎖を持つポルフィリン錯体のSAMにおいて、その酸素還元能が比較されている31-33)。未修飾金電極のCVでは0V付近から酸素還元電流が流れ始めるのに対し、コバルトポルフィリン誘導体SAM修飾金電極のCVでは +0.3V 付近から酸素還元電流が立ち上がった。また、末端にSH基を有するアルキル鎖を1つ持つコバルトポルフィリン誘導体(CoP1)と2つ持つコバルトポルフィリン誘導体(CoP2)のSAM修飾金電極におけるCVの比較から、CoP1よりCoP2のポルフィリン環のほうが電極表面に対してより平行に配向していると考えられ、つまり、ポルフィリン環の中心のコバルトが酸素還元能に深く関与していることがわかっている。中心金属をコバルトから亜鉛に代えると、酸素還元能はまったくなくなる。
光増感色素(S)、電子受容体(A)および電子供与体(D)を電極上に規則正しく配置すれば、光合成反応中心を模したアップヒルの光誘起電子移動系を構築できる(Fig.6(a)、(b))。我々はSとしてポルフィリン、DとしてFc基をもつ分子(Fig.6(c):PC8FcC11SH)のSAM修飾金電極において、Aとしてメチルビオロゲン(MV2+)の入った溶液中で高効率な光誘起電子移動を実証した26)。
5mM MV2+を含む電解質溶液中で電極電位を一定に保持して光を照射すると、光照射と同時にカソード光電流が流れ、照射を止めると同時に元にもどるという電流応答が観測された(Fig.7中)。分光した430 nmの光(40μW/cm2)を照射したときに観測された光電流と保持した電極電位との関係をFig.7に示す。保持する電位が +600mV より負の電位で、光電流が観測された。これはFc基の酸化還元電位が +610 mVであることから、Fc基がDとして機能していることを示している。また、MV2+/MV+゜(メチルビオロゲンカチオンラジカル)の酸化還元電位が -630mV であることから、1.2eV のアップヒルの電子移動を実現したことになる。なお、吸収スペクトルとアクションスペクトルが一致したことから、ポルフィリン基がSとして働いていることも確認されている。
吸収光子数に対する -200mV での量子収率は 11% であった。この値は、有機薄膜修飾金属電極における世界最高の値であり、SAM修飾金電極によって非常に高効率な光誘起電子移動が達成されたことを示している。この理由としては PC8FcC11SH SAM は機能部位間のアルキル鎖によって高度に配向していること、アルキル鎖による機能部位間の距離が大きくなり逆電子移動やエネルギー移動を抑えたこと、およびDであるFc基と電極との間の電子移動速度が比較的速いこと、が考えられる。
この他にも、人工光合成への展開を意識して、光エネルギーと電気エネルギーの相互変換を目指した研究は活発で、たとえば、ホスホン酸とジルコニアをベースにした多分子層内にポルフィリンとMVを交互に導入した分子層間電子移動27)や、金およびITO基板上のルテニウム錯体SAMからの電気化学的発光(Electrogenerated Chemiluminescence, ECL)28, 29)などが報告されている。
適当な末端官能基をSAM中に導入すれば、イオンや分子を認識する表面を構築できる。例えば、Fig.8に示すように金基板上に2,2-チオビスエチル酢酸(TBEA)とオクタデカンチオール(C18SH)の混合SAM修飾電極において、Cu2+/Fe3+混合溶液中で電気化学測定を行うと、完全にFe3+の応答は抑えられ、Cu2+の応答のみが選択的に観測された52)。TBEA内の2つのβ-ケトエステル基がキレート中心となり、2価の銅イオンとのみ1:1で錯形成する結果、銅イオンと電極との距離が近くなり電子移動が可能となるが、溶液中にのみ存在する鉄イオンの還元は単分子層が障壁になって起こらないものと考えられる。
プルシアンブルー修飾電極の電気化学応答が溶液中のカチオン種によって大きく変化することにヒントを得た、Ni[Fe(CN)6] の二次元単分子層によるカリウムイオンの認識が行われている53)。ここでは金表面に3,3'-チオジプロピオン酸を固定した後、NiCl2溶液中でH+をNi2+で置換する。ついで、K3Fe(CN)6 を含む溶液中で、電位を0Vと0.7 Vの間30分間サイクルさせることによって所望のSAMを得る。この修飾電極のCVでは溶液中のカリウムイオン濃度(0.01M〜1.0M)に応じたピーク電位を示し、またナトリウムイオンを含む溶液中でのCVとは大きく形状が異なることから、アルカリ金属イオンの認識が可能である。
分子間のホスト/ゲスト作用を利用して、SAMによって分子を認識することも可能である。Fig.9のようなホスト作用のある官能基(cyclobis(paraquat-p-phenylene))をSAM中に導入すると、緩衝溶液中でホスト基中のビピリジル基の酸化還元反応が容易に観測される54)。この溶液中へゲスト分子としてインドール、カテコール、ベンゾニトリル、ニトロベンゼンを少量添加すると、インドールとカテコールを加えたときにだけ、添加量に応じてビピリジル基の還元電位が負にシフトし、ベンゾニトリル、ニトロベンゼンを加えても還元電位は変化しなかった。インドール、カテコールはゲストとなってホスト基の内部に固定され、ホスト基とゲスト分子のπ結合同士の相互作用によりビピリジル基の還元電位が負にシフトしたものと考えられる。ベンゾニトリルやニトロベンゼンは強い電子吸引性のニトリル基やニトロ基を持つため、ゲストとなれずホスト基内に固定されない。これらの結果はまだ定性的なもので、固定されたゲスト分子の量とビピリジル基の還元電位との間の定量的な解析はなされておらず、今後の発展が期待される。
この他にキノノイド補酵素(ピロロキノリンキノン、PQQ)を末端にもつSAMによるカルシウムイオンセンサーへの応用などの例がある37)。
固体表面上に酵素や補酵素など、生体関連物質を固定し、機能を付与することも可能である。例えば、金表面上の末端カルボン酸をもつSAMを利用して、電子移動をつかさどる蛋白質であるチトクロームcを吸着・固定できる(Fig.10)43, 55)。この修飾電極では、チトクロームcの酸化還元中心のFe2+/3+に由来する酸化還元応答が安定に観察されている。この場合表面カルボン酸とチトクロームcのリジン残基との静電的相互作用により吸着しているものと考えられる。
DNAの一本鎖を電極表面に固定できれば、これと相補的なDNA鎖の塩基配列の決定が可能なDNAバイオセンサーが構築できる。このような観点から、SAMによるDNA固定の試みがすでに行われている46-48)。たとえば、金表面をメルカプトブチルホスホン酸で修飾した後、アルミニウムとビスホスホン酸を交互に累積した(Fig.1(c)参照)上に末端のホスホン酸基を利用してDNAや塩基対が固定された。その後の塩基対中に埋め込まれたルテニウム錯体からのECL47)や角度分解X線光電子分光(Angle Resolved X-ray Photoelectron Spectroscopy, ARXPS)48)測定により、上記のDNAが基板上に固定されたこと、および相補的な塩基対が形成していること、つまりハイブリッドしたことが証明されている。
この他、前述したPQQを末端にもつSAMを構築し、その電気化学特性を調べたり37, 56, 57)、NADHおよびNADPHの酸化に利用したり38)、またPQQを補酵素として含むグルコース脱水素酵素のアポ体を固体表面に固定・再構成しようとする試みも見られる38)。
高機能分子デバイス作製のためには、分子レベルでの二次元的な構造制御が必須であり、SAMを利用したナノファブリケーション技術についても現在活発に研究されている。チオール分子は電気化学的に吸着/脱着させることができる58)ことから、原理的にはSTMの探針を利用して、目的の場所だけSAMを形成させたり、逆に均一に形成しているSAM中の任意の部分だけ分子を脱離させることができる。SAMを形成している分子の大きさはnmの単位であるため、SAMとSTMの組み合わせによりnmオーダーで構造規制された表面(ナノファブリケーション)を創製することが可能となる。しかし、実際にはこのようなサイズでのファブリケーションは将来の課題であり、現在はμmスケールでの研究が中心である。
Whitesidesらは、μmオーダーの適当な形状のパターンを持ったポリジメチルシロキサン(PDMS)製のスタンプをチオール溶液に浸してチオールをインクのようにしてつけた後、基板に押しつけることによって、スタンプの形状通りにSAMのパターンを形成するというマイクロコンタクトプリンティング法を考案し、多様な展開を図っている。例えば、金基板上にアルキルチオールSAMのパターンをスタンプで形成した後、末端が水酸基やカルボン酸基のチオール溶液に浸漬すると、もともとSAMが存在していない部分に別の分子のSAMができる。つまり、疎水部分と親水部分の形状を自由に設計できる。このような表面ではパターンに応じた水の凝縮が起こり、適当な凝縮段階では回折格子として働く42)。
さらに最近、同様な方法で作成した親水性SAMと疎水性SAMのパターンを持つ表面をカルシウムイオンを含む中性水溶液に浸すと親水性SAMの上にのみ結晶(CaCO3)成長することが報告された(Fig.11)44)。しかも、結晶成長の方向が基板と末端親水基の組み合わせで異なるという非常に興味深い結果も得られており、この手法が単分子層レベルの制御にとどまらず、セラミックスなどを用いたデバイスの構築にも応用可能であることが実証された。
金表面上に形成したアルキルチオール自己組織化単分子膜(SAM)の構築については、基礎・応用の両面で近年活発に研究が行われており、本稿では成果のほんの一部を概説したにとどまったが、非常に幅広い展開がなされていることはご理解いただけたと思う。現在、膜の欠陥密度を下げたり、また、単分子膜形成後に水素結合や重合化を利用することによって安定性・耐久性を高めるといった実用化を意識した研究も、新規自己組織化分子の設計・合成と並行して進んでいる。近い将来、任意の機能性部位を持ったチオール系分子を設計・合成し、固体基板表面に構造・配向を制御して配列・固定することで、所望の機能を持ったデバイスを構築できる道が開けるものと期待される。
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58)C. A. Widrig, C. Chung, and M. D. Porter, J. Electroanal. Chem., 310(1991)335.
氏 名 | 近藤 敏啓(Toshihiro KONDO) |
役職名・学位 | 北海道大学大学院理学研究科・助手・博士(工学) |
経 歴 | 平成元年東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程修了、平成3年北海道大学理学部助手、平成7年改組により現職。 |
専 門 | 物理化学(光電気化学・界面電気化学) |
趣 味 | 料理、アウトドア |
連絡先 | 〒060-0810 札幌市北区北10条西8丁目(勤務先) |
氏 名 | 魚崎 浩平(Kohei UOSAKI) |
役職名・学位 | 北海道大学大学院理学研究科・教授・Ph. D. |
経 歴 | 昭和46年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、同年三菱油化鞄社、昭和49-51年フリンダース大学大学院博士課程留学、昭和53年英国オックスフォード大学無機化学研究所研究員、昭和55年北海道大学理学部化学科講師、昭和56年助教授、平成2年教授、平成7年改組により現職。 |
専 門 | 物理化学(表面電気化学・光電気化学) |
趣 味 | スキー、テニス |
連絡先 | 〒060-0810 札幌市北区北10条西8丁目(勤務先) |