生体中には、神経伝達物質を初めとする多種類の生理活性アミンが含まれており、またその多くは極く微量で存在している。アミン類は、一般に、他の官能基より反応性が高いため、その蛍光誘導体化試薬は数多く開発されている。 誘導体化試薬の使用に当たっては、次の点を考慮し、選択することが重要である(これは、アミン類に限らず、すべての誘導体化試薬の選択に共通する事項である)。
目的成分の化学的性質[極性、分子量(光、熱、酸素、pHなどに対する)安定性など]を考慮し、試薬を選択することが大事である。例えば、目的成分が水に可溶性であれば、試薬も同じく水溶性であり、かつ水溶液中で反応が進行することが望まれる。また目的成分が熱に不安定であれば、低温で反応が進行する試薬を選ぶべきである。
生体試料内に共存し、目的成分の測定に妨害となる化合物についても考慮すべきである。また、目的成分の測定すべき濃度範囲や検出限界についても留意すべきである。
計測の目的に対応し、試薬を選択することも考えたほうがよい。多検体処理や自動化が念頭にあるならば、ポストカラム誘導体化試薬の選択が望ましい(プレカラム誘導体化についても、装置が複雑になるが可能である)。これら以外にも選択の要素が種々考えられるが、個々についての要素は、各項目で記す。
要は、誘導体化試薬の特質を充分に知ったうえで、試料の状態、目的成分の化学的性質や測定の目的などを考慮し、試薬を選択することが肝要である。
・・・考えすぎて決定できないなら、「論より証拠」、実行することを勧める・・・
(1) 第1アミノ基(Fig.1) オルトフタルアルデヒド(OPA:A)やフルオレッサミン(FLA:B)が第1アミノ基のプレ及びポストラベル化試薬として広く使われている。OPAは2-メルカプトエタノールの存在下、ホウ酸塩緩衝液(アミン、pH6〜8;アミノ酸、pH 9.5〜10)中で反応(室温、2分以内)する。ナフタレン-2, 3-ジカルボキシアルデヒド(NDA:C)が、OPAより高感度な試薬として開発されている。本試薬はシアン化物イオンの存在で第1アミン類と反応(pH9.1、室温、15分)し、安定な蛍光を与える(検出限界、数十fmol)。NDA反応は、アルゴンレーザーを用いるレーザー励起蛍光検出により約100倍の高感度化が達成できる。これと同種の試薬であるDが報告され、これによりfmolレベルの第1アミンを検出している。FLAはホウ酸塩緩衝液(pH9.5〜10)中で第1アミンと反応(室温、数分以内)するが、蛍光生成物が不安定である。類似試薬にEがあり、工夫することにより第1及び第2アミンの段階的定量も可能である。
(2) 第1及び第2アミノ基(Fig.2) 発蛍光団に、反応活性基としてスルホニルクロリドやカルボニルクロリド基を導入した試薬がプレラベル化用として使用されている。前者の試薬の中では、ダンシルクロリド(DNS-Cl:A)が古くから利用されている。DNS-Clは弱アルカリ性で第1及び第2アミン類と反応(反応時間はアミン類により異なる)し、安定な誘導体を与える。Bはアミン類と反応(50℃、15分)し、0.2pmolの検出限界を与える。後者の試薬として、9-フルオレニルメチルクロロホルメート(FMOC-Cl:C)がある。FMOC-Clはホウ酸塩緩衝液(pH8)中でアミン類と反応(室温、2分以内)する。Dは、FMOC-Clより高感度で反応時間も短い。キノキサリン骨格の強蛍光性を利用し、この骨格にカルボニルクロリドを配した3, 4-ジヒドロ-6, 7-ジメトキシ-4-メチル-3-オキソキノキサリン-2-カルボニルクロリド(DMEQ-COCl:E)が開発されている。その他、F、G、Hなどの試薬がある。カルボニルフルオリドを活性基として持つ試薬(7-メチルクマリン-3-カルボニルフルオリド:I)は、トリエチルアミン、キヌクリジンなどの塩基の共存下、アセトニトリル中、30秒でアミン類と反応(検出限界、100fmol)する。
ベンゾフラザン構造を有する種々の試薬類が用いられている。NBD-F(J)はNBD-Cl(K)より反応性に優れ、アミン類とホウ酸塩緩衝液(pH8)中で反応(50〜60℃、1分以内)する。類似のDBD試薬(NBD試薬のニトロ基がジメチルアミノスルホニル基に置換した試薬)も開発されている。これらベンゾフラザン試薬は、試薬自身が無蛍光性なのでプレ及びポストラベル化のいずれにも使用できる。
発蛍光団に、イソチオシアネートを配した試薬を蛍光性エドマン試薬と呼び、アミン類のラベル蛍光試薬に用いられている。フルオレッセインイソチオシアネート(L)、DBD-NCS(M)などの多数の試薬(N〜Q)が開発され、一部はペプチドのアミノ酸配列の決定に適用されている。その他、反応基にスクシンイミドを持つRやSがある。近赤外半導体レーザー蛍光法は、近赤外領域(750〜1500nm)に蛍光を有する化合物が少ないことでバックグラウンドノイズが低く、特に生体物質の高感度測定に有効である。ポリメチン色素にイソチオシアネート基を導入したエドマン試薬(T)が開発されている。
(3) 光学活性アミノ基(Fig.2) 光学異性体をジアステレオマーに誘導して分離・定量する場合、これに用いるラベル化剤は、キラルな構造、反応活性基、及び検出器に対し高感度に応答する化学構造をあわせ備えることが重要である。
光学活性アミノ基の蛍光ラベル化に、種々のベンゾフラザン試薬(DBD-Pro-COCl(Fig.2U)、NBD-Pro-COCl)が合成されている。(+)-1-(1-イソシアネートエチル)ナフタレンや(+)-1-(9-フルオレニル)エチルクロロホルメートも使用されている。
OPA反応においてホモキラルなチオール化合物(N-アセチル-L-システインなど)を用いることにより、アミノ酸のラセミ体を分離・定量した例もある。
DMEQ-COClは、アセトニトリル中、炭酸カリウム存在下で室温で瞬時にアミン類と反応する極めて高感度(検出限界,2〜10 fmol)な試薬である。本試薬は以下の生体関連物質に適用されている。
(1) アマンタジンの血中濃度モニタリング1)
アマンタジンはN-methyl-D-aspartate受容体拮抗作用を有し、パーキンソン症候群治療薬のみならず、脳梗塞後遺症などによる意欲低下の改善薬として幅広く臨床の場で用いられている。また、近年、抗ウイルス薬としてインフルエンザ対策にも使用されている。アマンタジンはその適用上、高齢者に対して長期間投与されることが多く、本剤を有効かつ安全に用いるためには患者ごとの血中濃度測定と病態時の体内動態学的解析データの蓄積が必要と思われる。このため、高感度かつ簡便なHPLC蛍光測定法が必要である。
操作法を Chart1 に示す。本法は、血漿をアルカリ性にした後、トルエンを用いてアマンタジン及び内標準物質[1-(1-アダマンチル)エチルアミン]を溶媒抽出した後、DMEQ-COClで誘導体化することに基づく。 健常人血漿及びアマンタジン添加血漿を操作法に従い処理したときに得られるクロマトグラムをFig.3に示す。アマンタジンの定量限界は、54pg/mL血漿である。
(2) ヒト血漿中β-フェネチルアミン(PEA)の定量2)
生体、特に中枢神経系に、極く微量でニューロモデュレーターとして作用するアミン類が存在している。PEAはこれらアミン類の1つであり、構造的にアンフェタミンと類似しているため内在性の覚醒剤物質の可能性が示唆されている。分裂病やうつ病患者尿中排泄量の異常が報告されており、ヒト血液中のPEAの定量法の確立は、同アミンの臨床、生化学的研究に有用である。
Chart2に、前処理及び誘導体化操作の手順を示す。陽イオン交換樹脂を用いる固相抽出法及び酢酸エチル(アルカリ条件性下)を用いる溶媒抽出法により、血漿からPEA及び内標準物質(p-メチルベンジンアミン)を選択的に回収後、蛍光誘導体化を行う。誘導体化において、界面活性剤(Triton X-405)含有アセトニトリルを使用しているが、これは前号にも述べたように、ガラス試験管へのPEAの吸着を防ぐためである。界面活性剤が無い場合は、再現性が得られない。
健常人血漿を操作法に従い処理したときに得られるクロマトグラムをFig.4に示す。PEAの定量限界は、0.3pmol/mL血漿である。
1) T. Iwata, H. Fujino, J. Sonoda and M. Yamaguchi, Anal. Sci., Vol.13, SUPPLEMENT, 467(1997).
2) J. Ishida, M. Yamaguchi and M. Nakamura, Anal. Biochem., 184, 86(1990).