(株)同仁化学研究所 富永 英之
好気的代謝を行う生物は酸素を利用することにより、大量のATPを産生し、大きな力を手に入れることができた。しかしその代償としてスーパーオキサイドやヒドロキシラジカルなどのROS (Reactive Oxygen Species)の脅威に身をさらすことになった。ROSは生細胞中で代謝物として持続的に形成し、外的因子からももたらされ、DNAと反応し、塩基損傷などのDNA障害が起こる。
酸素ラジカルによる障害の種類は数十種類に及ぶが、グアニンのプリン環の8位が酸化された8-オキソグアニンはこれまで最もよく研究されている障害の一つである。8-オキソグアニンはUV、ionizing irradiationや酸素ラジカルを生成するような変異原化学物質で細胞を処理後に増加することが観察されている。8-オキソグアニンがもたらすDNA障害は癌や老化の一因と考えられている。よって、酸素ラジカルで生成した8-オキソグアニンは効率よくDNAから除去されなくてはならない。ヒトでは8-オキソグアニン-DNAグリコシラーゼ(hOGG1)が精製され、塩基除去修復(Base excision repair)の研究に寄与している。塩基除去修復には二つの経路があり、一つはポリメラーゼβ(polβ)によって行われる経路で1, 2)、もう一つはPCNA(proliferating cell nuclear antigen)に依存する経路である2, 3)。
polβ依存性の塩基修復の概要についてはFig.1に示す。
まずDNAグリコシラーゼが損傷塩基を認識除去し、塩基脱落部位(AP site; apurinic/apyrimidinic site)が出現する。そのAP siteはAPエンドヌクレアーゼにより認識され、塩基の脱落した糖の5'位を切断し、DNAポリメラーゼβ(polβ)が働く。ここで働くpolβはDNA合成を行う酵素であるが、合成する前にAP site に残っているデオキシリボースリン酸基の5'位のβ脱離を触媒すると言われており、脱離によって生じるヌクレオチドギャップをDNA合成で埋めていく。DNAリガーゼにより切れ目(nick)が繋がれて修復は完了する1)。
polβ欠損細胞の抽出物ではこの修復機構は働かなくなり、PCNA依存性の塩基修復が主要な修復経路となる3, 4)。PCNA依存性経路はDNAグリコシラーゼやAPエンドヌクレアーゼの他にフラップエンドヌクレアーゼであるPCNA、DNAポリメラーゼδ(polδ)とDNAリガーゼが構成している。DNAポリメラーゼが修復部位の3'末端側に結合し、その後フラップエンドヌクレアーゼが修復部位の5'末端のデオキシリボースリン酸に作用し、修復が実行されていく。最後にDNAリガーゼによって繋ぎ合わされる。これらの結果、2〜5個のヌクレオチドの長さの修復を行う(Fig.2)。
これらの塩基修復は塩基除去と複製を繰り返しながら行われていく。また、ヌクレオシドの立体配位は、その核酸を構成する塩基と糖残基の間の結合のねじれの角度によりsyn 型とanti 型に分けられるが、8-オキソグアニンは syn 型であるためにanti 型のアデニンと高頻度にペアをなす(Fig.3)。このように本来グアニンはシトシンとペアになるべきであるが、8-オキソグアニンはアデニンともシトシンともペアとなる。このことより、もともとA:TのペアがC:Gペアに変換するトランスバージョン変異を誘導し、いわゆるミスマッチ修復となる5, 6)。8-オキソグアニンの排除修復に対して大腸菌から見い出された三つの蛋白質(MutM, MutY, MutT)が着目され、トランスバージョン変異を伴う修復に関する研究も数多く行われている7-9)。
MutM7)(8-オキシグアニンDNAグリコシラーゼ)はシトシンと8-オキソグアニンとのペアに作用し、8-オキソグアニンを除去する蛋白質であり、MutY8)(アデニンDNAグリコシラーゼ)はアデニンと8-オキソグアニン、またはアデニンとグアニンのミスペアに作用し、アデニンを除去する。MutT7)(8-オキソdGTPase)は8-オキソdGTPを8-オキソdGMPに分解し、8-オキソグアニンがDNAに組み込まれるのを抑制する。A:T→C:GトランスバージョンとMutMTYとの関係についてはFig.4にまとめる。
MutTで分解できなかった8-オキソdGTPがA:Tに作用し、A:*Gのペアが複製される。MutYがアデニンを除去し、複製後、MutMがC:*Gペアの8-オキソグアニンを除去する。複製後、A:TペアはC:Gに変換した修復となる。
これらの三つの蛋白質のうちMutTだけが8-オキソdGTPに作用するために、A:T→C:Gトランスバージョンを起こさずに、修復することができる。しかし、MutTは全ての8-オキソdGTPを8-オキソdGMPにすることはできない。また、DNA鎖上のグアニンが8-オキソグアニンに変異してしまうとMutTでは修復のしようがない。よってA:T→C:Gトランスバージョンは伴うがMutM、MutYは8-オキソグアニンから守るという点では重要な蛋白質である。 MutMTYは大腸菌由来であるが、ヒトの細胞においてもMutTと類似性蛋白質が確認されており10)、ヒトにおいても大腸菌と類似した損傷修復機能が働いている。MutM、MutYに関しても類似物質が存在し11, 12)、種を超えた修復機構であると考えられる。DNA修復に関してはこれ以外にも多種の遺伝子・蛋白質などが関与している。酸素ラジカルがミトコンドリアにも働いているという報告もされている。これからの研究の発展を期待したい。
1) A. Klungland, T. Lindahl, EMBO J., 16, 3341-3348(1997).
2) 松本吉博、実験医学、14, 1548-1552(1996).
3) S. Biade, R. W. Sobol, S. H. Wilson, Y. Matsumoto, J. Biol. Chem., 273, 898-902(1998).
4) 康 東天、竹重公一朗、生化学、68, 289-294(1996).
5) S. Shibutani, M. Takeshita, A. P. Grollman, Nature, 349, 431-434 (1991).
6) H. Maki, M. Sekiguchi, Nature, 355, 273-275(1992).
7) J. Tchou, H. Kasai, S. Shibutani, M. H. Chung, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 4690-4694(1991).
8) K. G. Au, S. Clark, J. H. Miller, P. Modrich, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85, 2709-2713(1991).
9) C. Yanofsky, E. C. Cox, V. Horn, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 7022-7025(1992).
10)K. Sakumi, M. Furuichi, T. Tsuzuki, T. Kakura, S. Kawabata, H. Maki, M. Sekiguchi, Biochemistry, 34, 89-95(1998).
11)J. P. McGoldrick, Y. C. Yeh, M. Solomon, J. M. Essigmann, A. L. Lu, Mol. Cell. Biol., 15, 989-996(1995).
12)T. Bassho, K. Tano, H. Kasai, E. Ohtsuka, S. Nishimura, J. Biol. Chem., 268, 19416-19421(1993).
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