蛍光標識プラスミドを用いたプラスミド/キトサン複合体の発現機構の解析
Analysis for the mechanism on the expression of plasmid/chitosan complexes using FITC-labeled plasmid

写真

佐藤 智典
(Toshinori Sato)
慶應義塾大学理工学部

 

[ Summary ]

Aminopolysaccharides such as chitosan and polygalactosamine (pGaIN) were used to transfer luciferase plasmid into tumor cells. Chitosan largely enhanced the transfection efficiency of luciferase plasmid (pGL3), while pGalN did not at all. Transfection efficiencies of the pGL3/chitosan complexes were dependent on pH of culture medium, stoicheometry of pGL3:chitosan, serum, and molecular mass of chitosan. The transfection mechanism of plasmid/chitosan complexes was analyzed by using FITC-labeled plasmid and sulforhodamine-labeled chitosan. After which, plasmid/chitosan complexes are endocytosed, and possibly released from endosome due to swelling of lysosomal in addition to swelling of plasmid/chitosan complex, causing the endosome to rupture. Finally, complexes were also observed to accumulate in the nucleus using a confocal laser scanning microscope.

キーワード:
遺伝子治療、遺伝子導入、蛍光プローブ、フローサイトメーター、共焦点レ−ザ−顕微鏡

 

遺伝子のデリバリーシステム

 遺伝子治療を目指した遺伝子、リボザイムやアンチセンス核酸の 細胞内導入法の開発が活発に研究されている。遺伝子治療ではADA 欠損症のような先天的な遺伝子疾患に加えて癌やエイズなどが対象 疾患として大きな割合を占めている。癌の遺伝子治療の例として、 東京大学医科学研究所ではサイトカインを発現するレトロウイルス ベクターを用いたex vivo法による腎癌の免疫遺伝子治療が行われた。またアデノウイルスベクターでは癌細胞を選択的に殺す遺伝子 を組み込み腫瘍部に直接注入する方法も行われている。このように 現在、遺伝子キャリアーとして多く用いられているのはウイルスベ クターである。ウイルスベクターは本来ウイルス自身が持つ特性を 利用しており高い発現活性を有している。しかしながらウイルスベ クターにおいては、数々の問題点も報告されている。例えばアデノ ウイルスベクターは、免疫原性のために繰り返し投与できない。レ トロウイルスベクターにおいては宿主の細胞の形質転換を誘起し癌 化させることが考えられる。アデノ随伴ウイルスベクターにおいて は運べる遺伝子情報の量が少ない。さらにはウイルスベクターには 病原性という大きな問題も現れる可能性がある。そこで安全でかつ 効率の良い遺伝子キャリアーとして人工的に作製した遺伝子キャリ アーの開発が要求されている。
 人工的な遺伝子導入法としては、機械的に細胞に導入する方法と 化学的なキャリアーによる導入方法の二種類がある。機械的に遺伝 子を導入するものとしては、電位差を利用して細胞内へ DNA を導入するエレクトロポーレーション法と細胞内へマイクロシリンジを 通して DNA を導入するマイクロインジェクション法がある。化学的なキャリアーの研究では、リポソームやカチオン性高分子を用い て遺伝子の細胞内導入を行っている。名古屋大学医学部ではリポ ソーム法を用いた脳腫瘍の遺伝子治療が試みられている。高分子 キャリアーとしては、ポリリジン、ポリエチレンイミン、キトサン、 合成ペプチド、あるいはデンドリマーなどが報告されている。レセ プター介在型のキャリアーを開発するために糖やトランスフェリン による修飾も行われている。またアデノウイルスやインフルエンザ ウイルス、センダイウイルスの膜タンパク質をリポソームに組み込 むことによりウイルスの持つ細胞指向性やエンドソームからの放出 といった機能を利用することも行われている。しかしながら、化学 的キャリアーにおいてはウイルスベクターと比較して安全性は高い が、発現活性が低いのが欠点である。

キトサンによる遺伝子導入

 キトサンは、カニやエビの甲羅のキチンを脱アセチル化したもの である。キチンは、菌界、植物界、動物界に広く存在しており、バ イオマス資源としてはセルロースに匹敵する。キトサンは人工皮膚 や止血剤など医学的材料として注目されており、ドラッグデリバ リーシステムや薬物の徐放剤としての研究も行われている。最近で は遺伝子導入試薬として注目されてきている。筆者らは1996年に プラスミド/アミノ化多糖複合体のガン細胞や血液細胞への導入に ついて検討し1)、翌年にはプラスミド/キトサン複合体は市販の遺 伝子導入試薬リポフェクチンより高い遺伝子発現活性を持つことを 確認していた。同時期に報告された他の論文では、キトサンを用い ても発現活性が非常に低かったが2)、われわれの実験ではキトサン は非常に優れたキャリアーであることが示された。その理由として は、キトサンの分子量、複合体の作製方法、あるいは細胞への感染 実験条件を詳細に検討したことが挙げられる3) 。1998年になって、キトサンを用いた遺伝子導入の実験が複数発表され急激に注目され るようになり4-6)、1999年には経口投与による遺伝子発現を確認し た論文が出された7)
 筆者らの研究では、キトサンによる発現活性を確認した後は発現 機構の解析を中心に行ってきた8)。遺伝子が細胞に導入されて発現 がおきるまでの過程は、1)細胞内への導入、2)エンドソームから のリリース、および3)核への集積、に分けることが出来るであろ う。細胞内に導入された遺伝子の輸送を観察するには大きく分けて 二つの方法がある。一つは透過型顕微鏡 (TEM, Transmission Electron Microscopy) であり、もう一つは共焦点レーザー顕微鏡 (Confocal Laser Scanning Microscopy) である。透過型電子顕微鏡を用いるには、固定、包埋、切片作製、染色、観察、写真撮影などという 一連の作業手順が煩雑である。一方、共焦点レーザー顕微鏡では、 細胞小器官での局在は観察できるが、分解能力はTEMに及ばない。 しかしながら細胞を固定することなく生細胞のままでの観察が可能 である事は大きな利点である。なぜなら、固定化するだけで細胞で の局在は変化してしまう可能性があるからである。

蛍光標識法

 共焦点レーザー顕微鏡はDNAの細胞内局在の観察に頻繁に用 いられている。直鎖状のDNA の蛍光修飾には DNA の5' 末端のリン酸基に蛍光ラベルする方法が報告されている。しかしながら 環状プラスミドの蛍光標識は一般には行われておらず、遺伝子デ リバリーでの発現機構の解析には、モデル的に線状DNAやオリ ゴ核酸を用いている例もある。環状プラスミドの蛍光標識には、 酵素的に標識する方法9)、光架橋10) 、およびプリンを取り除いた部位に蛍光修飾をする方法 11)などが報告されている。また発現活性を保ち、高次構造を保った蛍光修飾プラスミドの作製法とし て、cyclopropapyrroloindole リンカーを用いて DNA と蛍光標識物質を共有結合させる方法12)、および DNA リボースのアルデヒド部位にアジドにより蛍光標識物質を反応させる方法も報告され ている13)。しかしながら、これらの方法においては、リンカーの 構造が複雑であり UV 照射下で反応する必要があった。
 従来法では満足できるものが無かったので、独自の方法を開発す ることにした。筆者らが注目したのはジアゾカップリング法である。 この方法により、1988 年に J. M. Rothenberg はDNA のグアニン塩基の8位にビオチン修飾を行い14) 、また小林らはDNA に糖の導入を行っている15,16)。そこで、このジアゾ化反応を用いることでプ ラスミドに蛍光修飾を行うことにした17)。合成スキームは Fig.1に示した。2-(4-Aminophenyl)ethylamineとFITC (T型)をDMF中室温で一晩撹拌し、これにNaNO2 を加えてジアゾ化した。次に Luciferase plasmidとジアゾ化したFITCをホウ酸バッファー (pH 9.0) 中で反応させた。これによりプラスミド1分子当たりFITC が 約1個導入された。得られたFITC修飾プラスミドは、発現活性の低下 が認められず、フローサイトメーターや共焦点レーザー顕微鏡での 観察に十分な蛍光強度を有していた。一方、キトサンはスルホロー ダミンで蛍光修飾した。

遺伝子発現のメカニズム解析3, 8)

1)細胞への取込

 i) キトサン分子量依存性と他の高分子キャリアーとの比較

  Fig. 2 にはSOJ 細胞でのルシフェラーゼプラスミドの発現と細胞への取込効率の比較を行った結果を示している。発現活性に対 しては、SOJ細胞以外にもHela ヒト子宮癌細胞,B16 マウス黒色腫細胞,A549 ヒト肺癌細胞においてキトサンの分子量依存性がみられ40 kDが最適であった。またフローサイトメーターにより得られた取込量の結果にも分子量依存性が見られている。一 方、ポリガラクトサミンやDEAD-デキストランでは発現活性が 非常に低く、特にDEAD-デキストランで高い取込が見られるに も関わらず発現が非常に低いことが示された。

 ii)血清依存性

  通常の遺伝子キャリアでは血清存在下で発現の低下する例が多 い。しかし、キトサンでは10-20%FBS 存在下において高い発現活性が見られた。一方、遺伝子の取込効率は無血清で最も高く血 清の添加により徐々に減少していた。これにより、血清の存在に より細胞の機能が高まり発現活性の向上が見られたものと推察で きる。 分子量や血清の影響以外にも培地のpH、複合体のカチオン・アニオンの比、プラスミドの濃度などの条件での測定を行っ ており、取込効率との相関性が見られている。

2)共焦点レーザー顕微鏡によるプラスミドの細胞内局在の観察

  プラスミド/キトサン複合体をHela細胞に投与した時のFITC- プラスミドの局在をFig.3 に示した。2時間後にはFITCの蛍光はエンドソームと思われる所に観察された。このことは、エンド ソームマーカーとして用いられるスルホローダミン修飾デキスト ランとプラスミド/キトサン複合体の蛍光が細胞質内で同じ局在 を示した事からも支持された。また、6時間後においては複合体 が細胞の盛り上がった核と思われる場所に局在していることが観 察された。同時に、スルホローダミン修飾キトサンの蛍光も核で 見られたことから、複合体の状態で核に局在すると考えられる。
  このように、蛍光標識プラスミドは細胞に導入されたときの輸 送を追跡するのに非常に有効であった。筆者らのこれまでの研究 では、蛍光標識されたオリゴ核酸やサケ精子のDNAを用いてき た。しかし、フローサイトメータでの取込効率の測定ではサケ精 子DNAとプラスミドでは異なることが示されており、実際に発 現を見ているプラスミドを蛍光標識して取込効率や細胞内局在を 観察することの意義は大きい。

まとめ

 蛍光標識したプラスミドやキトサンを用いた実験などを中心に、 プラスミド/キトサン複合体の発現のメカニズムは以下のように 提唱できる。1)細胞への取込はエンドサイトーシスで行われて いる。2)エンドソームからは、バッファリング効果かスポンジ 効果により複合体のままリリースされている。その間、複合体の 酵素による分解は抑制されている。3)核への集積は比較的早い 時間で起き、複合体のまま移行している。このようにキャリアー が遺伝子発現を高めるメカニズムを解析することで、更に効率を 高めるためのキャリアーの修飾や新たなキャリアーの設計に反映 させることが出来るであろう。
 ルシフェラーゼ遺伝子は発現を定量化するためのモデル遺伝子 であるが、我々はガン細胞の増殖を抑制するような遺伝子とキト サンの複合体を用いた細胞実験も行っている。ヒトの膵臓癌細胞 を用いた実験では、市販の遺伝子導入試薬であるリポフェクチン では脂質の毒性のみ見られたが、キトサン複合体では遺伝子発現 による細胞の増殖抑制が観察された。このようなキトサンの発現 活性と生体内での安全性を考えると、癌の遺伝子治療への応用も 試みたいと思っている。動物での投与実験を行う際にも、蛍光標 識プラスミドは組織レベルでの取込や局在の観察にも利用できる と期待される。

参考文献

1) T. Sato, N. Shirakawa, H. Nishi, Y. Okahata, Chem. Lett., 1996, 725.

2) S. Venkatesh, T. J. Smith, Pharm. Dev. Technol., 2, 417(1997).

3) T. Sato, T. Ishii, and Y. Okahata, Biomaterials, 2001, in press

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8) T. Ishii, Y. Okahata, T. Sato, submitted to Biochim. Biophys. Acta

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16) K. Matsuura, T. Akasaka, M. Hibino, K. Kobayashi, Chem. Lett., 1999, 247.

17) T. Ishii, Y. Okahata, and T. Sato, Chem. Lett., 2000, 386.

著者紹介
氏 名 佐藤 智典(Toshinori Sato)
年齢 42歳
慶應義塾大学理工学部
応用化学科 助教授
出身大学 九州大学修士
学位 工学博士(京都大学)
現在の研究テーマ 1) 生体膜の構造と機能解析
2) バイオコンビナトリアル合成法による糖鎖ライブラリーの構築
3) ファージライブラリー法による感染阻害剤の開発
4) 遺伝子治療のためのデリバリーシステムの開発
主な学会活動 FCCA:http://www.gak.co.jp/FCCA/indexj.html
生命化学研究会:
http://www-pclab.ph.tokushima-u.ac.jp/FBC/FBC-home.html
遺伝子・デリバリー研究会:
http://bio.ch.nagasaki-u.ac.jp/gene/
研究室 web site:
http://www.applc.keio.ac.jp/~sato/lab/index-jp.html
連絡先 〒223-8522 横浜市港北区日吉3-14-1
Tel:045-566-1771
e-mail:sato@applc.keio.ac.jp


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