Topics on Chemistry

‘タンパク質の死’を誘導する

(株)同仁化学研究所 佐々本 一美

 

 全ての生命に限りがあるように、生命活動を育む全てのタンパ ク質にも寿命がある。 その役割に応じて、短いものは分のオー ダーから数週間程度の寿命を持つものまで様々だが、役割を終え たタンパク質は新生タンパク質に常に置き換えられており、ター ンオーバーという言葉で表現される。 寿命を迎えたタンパク質 がどのように識別されるのか、具体的に何が寿命(代謝的安定性) を決めるのか詳細は不明だが、寿命がきたタンパク質の処理のメ カニズムについてはかなり分かっている。 細胞内の清掃工場で あるリソソームという酸性の細胞内小器官は、タンパク質を含む 殆どの生体物質を分解するが、このシステム以外にも、ユビキチ ン(Ub)とプロテアソームからなる分解機構が知られている。  糖などの分子は分解されるとエネルギーを発生するが、このUb/ プロテアソーム分解系は逆にエネルギー依存性であり、分解にわ ざわざコストをかけている。 しかしそれによって、リソソーム 分解系が非選択的であるのと対照的に、この分解系は分単位で ターンオーバーするようなタンパク質を選択的かつ迅速に分解で きる。 この選択的なタンパク質分解系を利用して、細胞内の特 定のタンパク質を自在に分解できないだろうか。

 Ub/プロテアソーム分解系は、まず分解されるタンパク質に複 数のユビキチン(8.6 kDa)が結合するところから始まる。 このUb標識が目印となり、プロテアソームによって捕捉され、その後 の分解へと繋がっていく。 したがって、分解シグナルであるUb を結合させることができればいいと思われるが、この過程は3種 類の酵素(Ub活性化酵素→Ub結合酵素→Ubリガーゼ)の連続 作業で行われる(最後のUbリガーゼが直接のUb化を担っており、 最も重要である)。 このUbリガーゼには、細胞周期のG1/S期 の進行をコントロールするSCF(Skp1/Cullin-1/F-box protein) と、M期進行において中心的な働きをするAPC(anaphase- promoting complex)の2種類の複合体が存在することが知られているが、以下、より単純な構成のSCFを利用したシステム 1)について紹介する(図1)。

 
図1 Protacsを用いるタンパク死の誘導

 

 SCFは4種類のサブユニットからなっているが、そのうちのF- box proteinが基質タンパク質と結合する。 これにも多くの分子 種が存在するが、図中のb-TRCPというのは哺乳類のものである。  この部位に標的タンパク質を結合させるための仕掛けが必要と なるが、細胞内シグナリングで中心的な役割をしている転写因子 NF-kBの活性を抑制しているIkBaの分解がこの系で行われてお り、b-TRCPとの結合部分の構造も分かっている(10アミノ酸か らなるモチーフがリン酸化され結合する)2)

Sakamotoら1)は、一方にこのリン酸化モチーフ(IPP)を有し、他 端に標的タンパク質との結合部位を持ったProtacsというキメラ 分子を合成した(図2)。 標的タンパク質には、メチオニンアミ ノペプチダーゼー2(MetAP-2)を選んだ。 MetAP-2は血管新 生に深く関わっているタンパク質で、癌治療薬として期待される 血管新生阻害剤(fumagillin, ovalicin)の標的タンパク質としても知られている。 Protacsは、一方にこのovalicinの構造を持っ ており、エポキシド部分でMetAP-2と共有結合できる筈である。  実際、ProtacsはMetAP-2と容易に結合し、さらにそのコン ジュゲートをXenopus egg extractに加えたところ、Ub/プロテアソーム分解系によるMetAP-2の分解が確認された。  Protacsは膜透過性などまだ課題もあるが、一般にタンパク質の 誕生(発現)を抑制するアプローチが多いなかで、対極にあるタ ンパク質の死を誘導するユニークな例である。

 
図2 Protacsの構造

 

参考文献

1) K. M. Sakamoto, K. B. Kim, A. Kumagai, F. Mercurio, C. M. Crews and R. J. Deshaies, Proc. Natl. Acad, Sci. USA, 98 8554 (2001).

2) A. Yaron, A. Hatzubai, M. Davis, I. Lavon, S. Amit, A. M. Manning, J. S. Andersen, M. Mann, F. Mercurio and Y. Ben-Neriah, Nature, 396, 590 (1998).

 

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