ヒト培養細胞を用いた食品成分の機能性評価
(Analysis for the biological functions of food factors using human cell lines)

立花 宏文

(Hirofumi Tachibana)

九州大学大学院農学研究院

 

[ Summary ]
Many functional food-derived factors that can modulate physiological systems of our body (i.e., endocrine, nerve, and immunological systems) have been clarified, and these factors have been applied to create "functional foods". With respect to immunological modulation, close attention is paid to how to suppress allergy, and the screening of the anti- or pro-allergic factors in foodstuffs has been performed. Tea (Camellia sinensis), one of today's most popular beverages, contains various substances. A number of studies have shown that tea has a wide range of biological effects. Therefore we focused on tea leaves as a promising source for effective anti-allergic agents. To search for molecules that are able to suppress IgE synthesis, degranulation and high affinity IgE receptor expression, we examined various substances purified from tea for their effects on these aspects. Here we describe the identification of anti-allergic molecules found in tea leaves by using human cultured cell lines. 
キーワード:
細胞培養、脱顆粒、IgE、高親和性IgE受容体、好塩基球、B細胞、茶成分

 

1)はじめに

 食品中には体調調節機能等を有する成分が存在することが明らかにされ、そうした機能性成分を活用した健康志向型の食品(機能性食品)が注目されている。著者らは現在、そうした機能性食品の創製に役立つ食品成分の検索を目的として、ヒト培養細胞株を利用した食品成分の機能性評価系の構築およびそれを利用した機能性成分の検索を行っている。ここでは、食品成分の機能性評価の実例として、筆者らが最近取り組んでいる茶葉成分の抗アレルギー性評価について紹介する。

2)アレルギーとは

 われわれの体は免疫反応により体外から侵入する異物の攻撃から守られているが、時として免疫反応はわれわれの体に対して障害的に作用する。このような免疫機能に基づく障害反応はアレルギーと呼ばれるが、近年のアレルギー患者数の増加および症状の重篤化は重要な問題となっている。生体内で起こる免疫反応には、抗体が関与する液性免疫と抗体が関与しない細胞性免疫があり、I型からIII型アレルギー反応は前者に、IV型アレルギー反応は後者に属する。花粉アレルギーなどの環境アレルギーはI型アレルギーにより発症するが、食物アレルギーではI型アレルギーに加え、II型およびIV型アレルギーの関与が疑われている。経口的に摂取されたアレルゲンタンパク質は消化管内で分解され、アミノ酸もしくはペプチドの形で腸管より吸収される。ここでアレルゲンが完全に分解されればアレルギーの発症には至らない。しかし、消化機能が未発達の乳幼児期などにおいては、未分解のアレルゲン物質が腸管より吸収され、アレルギー応答を引き起こす。アレルゲンが生体内に侵入すると、アレルゲン特異的抗体の産生が誘導されるが、I型アレルギーの発症には特にIgE型の抗体が重要な役割を果たす。B細胞により産生されたIgEは肥満細胞および好塩基球の細胞膜上に存在する高親和性IgE受容体に結合する。そこに、アレルゲン物質が再び侵入して肥満細胞上のIgEを架橋すると、ヒスタミンやロイコトリエン等のメディエーターが放出され、アレルギーの発症に至る。このように、I型アレルギーの発症には多くの反応が関与しており、それぞれの段階でアレルギー応答を抑制することが可能である。

 緑茶はその幅広い生理作用が注目され、抗アレルギー的に作用するか興味がもたれるが、この点に関する研究はあまり進んでいなかった。そこで、主要な反応(1.IgE型抗体の産生、2.IgE受容体の発現、3.炎症物質の放出)を評価対象とし、それらに影響を与える緑茶成分をヒト培養細胞を用いて検索した。

3)ヒトB細胞株を用いたIgEの産生を抑制する茶葉成分の検索とその作用機構の解析

 I型アレルギーでは特にIgE型の抗体が重要な役割を果たす。従って、IgEの産生を抑制する作用をもつ因子は抗アレルギー作用が期待できる。そこで、茶葉中におけるIgE産生抑制成分の検索を行った。抗体は重鎖の違いからIgM、IgD、IgG、IgE、IgAの5種類が存在する。IgEは、抗体産生細胞であるB細胞がゲノムDNA上で抗体重鎖遺伝子の組み換え (クラススイッチ) を起こすことにより産生される。IgEへのクラススイッチはサイトカインの一種であるインターロイキン4(IL-4)の刺激により、IgE重鎖胚型転写 (Cegermline transcripts ; εGT) の発現が誘導されることで開始される。従って、εGT 発現を阻害することはIgE産生の抑制につながる。そこで、このεGT発現の抑制活性を指標として茶成分を検討した。

 ヒト成熟B細胞株DND39はIL-4の刺激によりεGTを発現することが知られている1)。そこで、DND39細胞をIL-4および種々の溶媒を用いて抽出した茶葉成分の存在下でそれぞれ培養し、εGT発現を検討した。その結果、カテキン画分にεGT発現抑制活性が存在することが明らかとなった。そこでこのカテキン画分をさらに分画し、各画分のεGT発現に及ぼす影響を検討した結果、1つの画分に強い抑制活性が認められた。構造解析の結果、この画分中の成分はStrictininであることが判明した(Fig. 1)。Strictininは健常人由来の末梢血単核細胞においてもIL-4誘導性のεGT発現を抑制した2)。また、アトピー患者由来末梢血単核細胞はIL-4を新たに外から与えない状況下においてもεGTが発現していたが、こうした発現に対しても顕著に抑制した(Fig. 2)

 こうしたin vitroにおける細胞実験の結果から、StrictininはIgEの産生を阻害する可能性が示唆されたため、次にin vitroに対する検討を行った。アレルゲンに対するIgE抗体は、アレルゲンを用いてマウスに免疫することで強制的に作らせることができる。そこで食物アレルギーの主要なアレルゲンである卵白アルブミンで感作すると同時にStrictininを経口投与し、4週間後における血清中の卵白アルブミンに対するIgM, IgG, IgE量を測定した。その結果、卵白アルブミン特異的IgMおよびIgG量に対してはStrictinin投与の影響はほとんどなかったが、Strictininを飲ませたマウスにおけるIgE量は、飲ませなかったマウスに比べ抑制されていた(Fig. 3)。つまり、Strictininはアレルゲン特異的なIgEの産生を特異的に抑制することが示唆された。

 Strictininは抗原特異的IgEの産生を特異的に抑制するが、その作用はIL-4誘導性のεGT発現阻害であることが推定されたことから、StrictininによるεGT発現の阻害機構について検討した。IL-4はB細胞膜表面上に発現するIL-4受容体に結合し、JAK-STAT経路を活性化する3)。この経路により、STAT6はリン酸化されホモ二量体を形成し、εGT発現が誘導される。そこでまず、STAT6のチロシンリン酸化に対する影響を検討した。DND39をIL-4で刺激後、STAT6を抗STAT6抗体で免疫沈降により回収し、抗リン酸化チロシン抗体を用いたウエスタンブロットを行った。チロシンリン酸化STAT6はIL-4刺激により誘導されるが、Strictininは濃度依存的にこのリン酸化を阻害した(Fig. 4)。以上の結果より、StrictininはSTAT6のチロシンリン酸化を阻害することによりIL-4誘導性のεGT発現を抑制し、IgEの産生を抑える可能性が示された。

4)抗アレルギー性評価のためのヒト好塩基球細胞株の樹立

 炎症発症に関与する細胞株を用いた活性検定系は、抗アレルギー活性を効率的に評価するための強力なツールになる。そこで筆者らは、炎症物質ヒスタミン産生細胞であるヒト好塩基球細胞株の樹立を試みた。ヒト白血病細胞株KU812を種々のサイトカインで刺激後、好塩基球への分化指標である1) 高親和性IgE受容体FcεRIの発現、2)顆粒球の形成、3)ヒスタミンの産生、に基づき好塩基球への分化誘導条件について検討した。その結果、 IL-4やハイドロコルチゾンの添加培養によりFcεRIの発現増大、ヒスタミンの産生増大および顆粒形成の促進が誘導されることが明らかとなった4、5)。また、IL-4やハイドロコルチゾン処理により分化したKU812は、カルシウムイオノフォアA23187やIgE/抗IgE抗体の刺激に応答してヒスタミンを放出する。そこでIL-4で分化誘導した好塩基球細胞株を用いて脱顆粒および高親和性IgE受容体発現に対する茶成分の評価を行った。

5)ヒト好塩基球細胞株を用いた脱顆粒阻害活性の評価

 アレルギーでは、ヒスタミンやロイコトリエン等の炎症物質が放出され、炎症発症が惹起される。IgEの産生抑制活性と同様、炎症物質放出シグナルの伝達阻害を含む炎症物質の産生・放出阻害活性は重要な抗アレルギー活性の指標である。

 最近、国内で最も生産されている栽培種である“やぶきた”ではなく、紅茶系品種“べにほまれ”や台湾系統の茶に、強い抗アレルギー作用があることがマウス肥満細胞株やマウスを用いたアレルギー反応試験により明らかにされた6)。そこで、上記の新たに樹立したヒト好塩基球細胞株KU812を用い、この細胞からのヒスタミン放出抑制活性を指標に、“べにほまれ”より放出抑制成分の探索を行った。べにほまれ抽出物を分画して得られた画分を検討したところ、一つの画分に強い放出抑制活性が認められた。この画分に含まれる成分の構造はNMR解析により、epigallo catechin 3-O-(3-O-methyl) gallate(3M-EGCg)であることが明らかとなった7)。この物質は緑茶に最も多く含まれるカテキンであるEGCgのガロイル基がメチルエーテル化されたもので(Fig. 1)、“やぶきた”には全く含まれない成分である。また、3M-EGCgの抑制活性はEGCgを若干上回る傾向にあった。この3M-EGCgに関してはI型アレルギーに対する抑制効果が、マウスの経口投与実験から確認されている8)

6)ヒト好塩基球細胞株を用いた高親和性IgE受容体発現抑制活性の評価

 食物アレルギーにおける即時型アレルギー反応では、アレルゲン-IgEによる好塩基球や肥満細胞表面上に存在する高親和性IgE受容体(FcεRI)の架橋が一連のアレルギー反応を誘導する引き金となる。そのため、これらの細胞表面上のFcεRI発現を抑制することは、IgEを介したアレルギー反応の抑制につながる。そこで、上記のように樹立したFcεRIを高発現している好塩基球様細胞株KU812のFcεRI発現抑制活性を指標として、茶の主だったカテキン成分の抗アレルギー活性を検討した。その結果、EGCgのみにFcεRIの発現抑制活性が認められた9)。また、FcεRIはα鎖、b鎖、γ鎖から構成されるが、このうちα鎖およびγ鎖のmRNA発現量がEGCgにより低下することが認められた(Fig. 5)。これらの結果は、EGCgによるKU812細胞表面上のFcεRIの発現抑制が、α鎖およびγ鎖のmRNA発現量低下によるものであることを示唆している。

7)おわりに

 ヒト培養細胞株を利用することにより、茶葉成分であるメチル化EGCgおよびStrictininの有する抗アレルギー活性を明らかにした過程について述べてきた。 現在、メチル化EGCgおよびStrictininを活用した抗アレルギー食品の開発が産学官連携で進行中である。今後、こうした評価系を用いることにより茶葉のみならず幅広い食品の中から新たな抗アレルギー成分が見出されることを期待している。今回、抗アレルギー性を評価する観点からヒト培養細胞株の利用法について述べてきたが、逆に、アレルゲン性(アレルギー反応誘導活性)の評価にも活用できると考え、その実験系作りに取り組んでいる。

 

参考文献


1) T.Ichiki, W.Takahashi, and T.Watanabe, Int. Immunol. 4, 747 (1992).

2) H.Tachibana, T.Kubo, T.Miyase, S. Tanino, M. Yoshimoto, M. Sano, M. Yamamoto-Maeda, and K. Yamada, Biochem. Biophys. Res. Commun., 280, 53 (2001).

3) J.Hou, U.Schindler, W.J.Henzel, T.Z.Ho, M. Brasseur, and S.L. McKnight, Science 265, 1701 (1994).

4) T. Hara, K. Yamada, and H. Tachibana, Biochem. Biophys. Res. Commun., 247, 542 (1998).

5) T. Hara, H. Tachibana, and K. Yamada, Cytotechnology, 34, 213 (2000). 

6) 山本万里、佐野満昭、立花宏文, バイオサイエンスとインダストリー, 57, 41 (1999).

7) H. Tachibana, Y. Sunada, T. Miyase, M. Sano, M. Maeda-Yamamoto, and K. Yamada, Biosci. Biotech. Biochem., 64, 452 (2000).

8) M. Sano, M. Suzuki, T. Miyase, K. Yoshino, and M. Maeda-Yamamoto, J. Agric. Food Chem., 47, 1906 (1999).

9) Y. Fujimura, H. Tachibana, H. and K. Yamada, J. Agric. Food Chem., 49, 2527 (2001).

著者紹介
氏 名 立花 宏文(Hirofumi Tachibana)
所属 九州大学大学院農学研究院生物機能科学部門 助教授
出身大学 九州大学
学位 博士(農学)
現在の研究テーマ 1)抗アレルギー食品成分を利用したアレルギー予防食品の創製

2)植物由来ポリフェノール応答性に関わる遺伝子のクローニング

3)抗体遺伝子の発現制御とヒト型触媒抗体創製への応用

4)ガン予防に関わる食品成分の検索とその作用機構

連絡先 連 絡 先: 〒812‐8581 福岡市東区箱崎6-10-1

Tel & Fax 092-642-3008 

e-mail:tatibana@agr.kyushu-u.ac.jp



次のREVIEW