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宮崎 公徳 |
[ Summary ]
Pentosidine, a cross-link structure between lysine and arginine residue, is one of major advanced glycation end products (AGE). It is formed by the reaction of ribose with lysine and arginine. The pentosidine concentration produced by in vitro incubation of plasma obtained from uremic patients was reported to be higher than normal plasma, indicating that uremic plasma contains an enhancer(s) for pentosidine formation [Miyata, T. et al, (1998) J. Am. Soc. Nephrol., 9:2349-2356]. Since our preliminary study using monoclonal anti-pentosidine antibody identified creatine as the most effective enhancer, the purpose of the present study was to clarify the mechanism by which creatine could contribute to the pentosidine formation. Lysine was incubated with ribose in the presence of creatine and analyzed by reverse phase high performance liquid chromatography. A novel fluorescent peak(λex/em=335/385 nm) was detected at retention time of 8 min, under which the authentic pentosidine (lysine was incubated with ribose in the presence of arginine under identical conditions) was eluted at a retention time of 12 min. Structural analyses of this compound revealed a pentosidine-like structure in which the arginine residue was replaced by creatine. This novel AGE-structure named here as creatine-derived pentosidine (C-pentosidine) was detected in plasma of patients on hemodialysis. These results indicate that the creatine increases the formation of C-pentosidine but not authentic pentosidine. The basic message from this study is that creatine plays a direct role as a protein modifier in C-pentosidine formation, although the clinical significance of C-pentosidine is still unknown.
キーワード:
advanced glycation end product, AGE-related disorders, creatine, pentosidine, protein modification
日本の65歳以上の人口は1970年に739万人、高齢化率7.1% であったが、2000年には2,187万人、17.3%となり、この30年 間に急速に高齢化が進行している。2001年調査の日本人の平均寿
命は、男性78.07才、女性84.93才と世界中で最も長寿国となっ ている一方で、少子化も進み、すでに65歳以上人口は、0〜14 歳の年少人口(2000年度1,860万人)を上回っている。今後は更
に高齢者数と高齢化率は増加し、2020年には65歳以上人口は 3,334万人、高齢化率は26.9%になると予想されている。
平均寿命の上昇は医療の進歩、国民生活の向上、社会保障の充 実の成果であるが、このような社会状況において、加齢、生活習 慣に関係する疾病、特に糖尿病患者の数も増加している。平成5年
の調査で糖尿病患者は157万人、平成8年には218万人と言われ ていたが、現在では約690万人、その疑いを否定できない人を含 めると1,370万人と推定されており、言い換えれば60才以上の5
人に1人、国民の9人に1人の割合で糖尿病の素因を持っている ということができる。このように日本人の生活様式の欧米化や人 口の高齢化と共に、糖尿病患者数は著しい増加の一途をたどって
いる。
糖尿病合併症の発症要因としては、@ポリオール経路の亢進、A メイラード反応、BPKCの活性化、C酸化ストレス説などが提唱 されているが、病態の発症には、これらが互いに密接に関連して 関与していると考えられる。このうちメイラード反応(タンパク 糖化反応)は1912年にMaillardがアミノ酸と還元糖を加熱する と黄褐色の色素が生成することを発見したことから命名された。 この反応はタンパク質またはアミノ酸のアミノ基と還元糖のカル ボニル基が非酵素的に反応し、シッフ塩基を経由してアマドリ転 位生成物に至る前期反応と、さらに酸化、脱水、縮合、環化など を受け、分子間架橋形成や開裂など複雑な反応を経て、蛍光・褐 色変化・分子架橋構造を特徴とする後期反応生成物(Advanced Glycation End products, AGE)にいたる2つの段階に大別される(図1)。
メイラード反応は当初、食品の香りや、長期保存による栄養価 低下に関連した反応であることから食品化学分野での研究が進ん でいた。1968年にヘモグロビンβ鎖のN末端バリン残基にグル コースが結合したアマドリ転位産物であるHbA1c が発見され、これが血糖コントロールの指標になると、生体反応としてのメイ ラード反応が注目されるようになった。
さらに、1984年にAGEの特徴の1つである蛍光性物質が脳硬 膜のコラーゲンに加齢に伴って蓄積し、糖尿病患者で有意に高値 を示すことが報告され、生体のAGEが注目されるようになった。 近年、抗AGE抗体を用いた免疫組織化学的手法によって、種々の 生体組織にAGEが蓄積し、この蓄積が加齢や糖尿病含併症や動脈 硬化などの加齢関連疾患で有意に増加することが明らかとなった (図2)。
例えば、糖尿病腎症1)や急性腎不全患者 2)の腎臓や、血管壁の動脈硬化性病巣3) 、透析性アミロイドーシスでのアミロイド繊維4,5) 、光老化した皮膚のアミロイド日光弾力線維症6) 、脳神経の海馬CA4領域7)など病理的条件下での種々のヒト組織においてAGE 修飾タンパクの存在が示され、老化関連疾病の病理においてAGE 修飾の関わりの可能性を示唆している。
特に糖尿病が動脈硬化症に対して促進的に作用するメカニズム としては、LDLのグリケーションの観点から、1)LDLがメイラー ド反応前期で修飾を受けたglycated-LDLは、LDLと比して、LDL 受容体に対するリガンド活性が低下しており、血中消退速度(ク リアランス)が遅延し、結果として血中コレステロール値上昇を 惹起する。2)LDLが後期反応による修飾を受けAGE-LDLとな り、AGEレセプターのリガンドとして、細胞に直接作用し、泡沫 細胞を形成するという2つが考えられている。現在最も受け入れ られているのは、前者の糖化LDLの代謝遅延説であり、LDLが糖 化(グリケーション)されるとLDL受容体に対する認識が低下し、 クリアランス遅延が起こり血中LDLコレステロールが上昇し、動 脈硬化症の発生、進展に促進的に作用するという考え方である。ま た、動脈硬化症巣のAGE-LDLは、マクロファージスカベンジャー 受容体を介してマクロファージに取り込まれ、マクロファージを 直接的に泡沫化し、動脈硬化の発症、進展に関与している可能性 も示唆されている。
また近年、タンパクだけでなく、核酸、特にグアノシンのアミ ノ基も還元糖の存在下で非酵素的なグリコシル化を受けることが 報告されている8)。Leeらは高濃度のグルコース6リン酸に暴露 したプラスミドを用いたモデル系で感染効率の減少と変異率の増 大を示し9)、さらに糖尿病マウスのtransgenic embryoでの変異率の増大はグルコースレベルの上昇と相関し 10)、AGEの形成がDNAの酸化傷害に関与していることを示唆している 11)。これまでに核酸のAGEとして
N 2-[1-(1-carboxy)methyl]guanosine
(CMG)12)、
N 2-[1-(1-carboxy)
ethyl]guanosine (CEG)13)、
N 2-[1-(1-carboxy)ethyl] deoxyguanosine(CEdG)14)、
N 2-[2-(1-carboxy-3,
4, 5-trihydroxypentyl)guanosine (CTPG)15)
が知られている。
このようにAGEに関係する研究は疾患の病理のみならず、 DNAの酸化傷害や遺伝子変異の面からも注目を集めている。
現在まで生体タンパクに発現するAGEとして図4に挙げた構造 体が知られている。これらは大きく2つのグループに大別され、1 つは、蛍光性で架橋構造を有するもの(fluorescent/ crosslinked)であり、もう一つは蛍光も架橋性もないもの(non-fluorescent/ non-crosslinked) である。前者に属するものとして、ペントシジン(Pentosidine)、クロスリン(Crossline)、フルオロリンク (Fluorolink)、ピロピリジン(Pyrropyridine)、ベスパーリジン (Vesperlysine)、MRX(Maillard Reaction Product X)、GOLD(Glyoxal-derived lysine dimer)、MOLD(Methylglyoxal-derived lysine dimer)、DOLD (3-Deoxyglucosone- derived lysine dimer)、FFIがある。(このうちFFIについては、後に人工 産物であることが明らかとなっている。)
後者としては、CML(N ε-(carboxymethyl)lysine)、CEL(N ε-(carboxyethyl)lysine)、ピラリン(Pyrraline)、アルグピリミジン (Argpyrimidine)、メチルグルオキサールイミダゾロン(MG- imidazolones)、3-デオキシグルコソンイミダゾロン(3DG- imidazolones)がある。このうち酸加水分解に対して安定である PentosidineやCMLなどの構造体は酸加水分解後にHPLCなど の機器分析によって定量可能であるが、大部分の構造体は酸加水 分解に対して不安定であり、個々の構造体に特異的な抗体を用い る免疫学的手段によって生体における存在が同定されてきた。
AGEと細胞の相互作用については、AGEタンパクが網膜血管内 皮細胞に対しては血管新生を促進し周皮細胞に対して増殖抑制効果 を示すことが知られている。血管平滑筋細胞はAGEタンパクを取 りこみ分解する機能があるが、AGEタンパクによって細胞遊走が 誘導され16)、サイトカインの放出、DNAおよびタンパク合成の促 進が惹起されるなど、AGEが糖尿病性細小血管障害や粥状動脈硬 化の原因の一つであることを示している17) 。
Pentosidineは1989年に構造決定されたAGEでリジン残基と アルギニン残基が架橋された蛍光性物質である18) 。構造に関与している炭素は5個で五炭糖やビタミンCから容易に生成するが、六 炭糖のグルコース、フルクトースなどからも生成する 19,20)。
Pentosidineは酸加水分解に安定であるので、血漿や組織などタ ンパク質中のPentosidine含量は、タンパク質を酸加水分解した 後に、その蛍光性を利用してHPLCで検出定量が可能である。ま たポリクローナル抗体を用いた免疫化学的な検出も行われている。 例えば血漿Pentosidineレベルは加齢18,21) 、糖尿病22,23)の発症に相関してヒトの皮膚に蓄積し 24)、腎疾患25-32)、急性リュウマチ性 関節炎33,34)で増大することが知られており、さらに加齢や糖尿病 の発症に相関して皮膚に蓄積し、糖尿病性腎症では増加すること が報告されている24,35,36)。またアルツハイマー病の脳 37)や海馬CA4領域7)、糖尿病関連アミロイドーシス 5)によっても蓄積することが見出されている。これらのデータは in vivoでPentosidineと病態生理学的過程とが関連する可能性を示唆している。
これまで、代表的なAGEの一つであるNε-(carboxymethyl)lysine (CML)を始めとして種々のAGEに対するモノクローナル抗体を用いて、AGE生成と生体内の存在に関する研究が行われて きた。例えばグルコースとBSAをインキュベートして調製した AGE-BSAをマウスに免疫して得られたモノクローナル抗体 6D12は主要なAGE構造であるCMLを認識する重要な抗体であ るが、その後の研究でこの抗体はCMLの他にN ε-(carboxyethyl)lysine (CEL)も認識することが明らかとなった38)。すなわちBSA をグルコースなどによってAGE化したAGE‐BSAを用いて免疫 した場合、AGE-BSAにはあらゆる構造のAGEが生成しており、 たとえモノクローナル抗体作成段階でスクリーニングをしていっ たとしても、あるAGE構造を特異的に認識するモノクローナル抗 体を選択する事は非常に難しい。すなわち構造未知のAGEとの思 わぬ交差反応を示す恐れがある。ましてポリクローナル抗体では、 特定の構造に特異的な抗体を精製して得ることは非常に難しい。 そこで、我々は目的とするAGE構造を化学的に合成し、これをハ プテン抗原としてマウスに免疫することで目的抗原を高感度かつ 特異的に認識するモノクローナル抗体を作製してきた。Pentosidineに対してはこれまでに有用なモノクローナル抗体が 作製されておらず、ポリクローナル抗体による報告に留まってい た28,32,37)。そこで化学的に合成したPentosidineをハプテン抗原 として用いて免疫し、モノクローナル抗体を作製する必要がある。
一方でPentosidineの生成過程については、前述のようにペン トースと等モルのリジンとアルギニンが架橋した蛍光性AGEであ り、疾患に伴う増大がPentosidineの蛍光性を利用したHPLC検 出によって報告されている。リジンとアルギニンを用いた in vitroの実験においては、Pentosidineの生成量は、CMLに比べて必ず しも多いとは言えないにも拘わらず、in vivoでは上述のように加齢や糖尿病合併症に伴って、Pentosidineの蓄積が増大すること が知られている。このため、in vivoでPentosidineの生成が増大するのには、加齢や疾患に関連して増大する何らかの内因性の物 質がPentosidine生成を促進しているのではないかと想定された。 宮田らは、腎疾患患者のヒト血清をin vitroでインキュベートすると、血清中のPentosidine含量は正常血清に比べて高値を示すこ とを報告しており、腎疾患患者血清中に存在する分子量5,000以 下の物質がPentosidine生成促進に寄与しているのではないかと 提唱している25)。そこで我々はPentosidineに対するモノクロー ナル抗体を作製し、その抗体を用いてPentosidine生成過程の解析を行った。
まず(1)Pentosidineに対するモノクローナル抗体を作製し、 (2)in vitroでBSAとリボースをインキュベートしてPentosidine を生成するモデル系を作り、モノクローナル抗Pentosidine抗体 を用いた免疫化学的方法とHPLCによって、生成したPentosidineを検出する系を構築した。(3)さらにこの検出系を 用いて加齢や疾患で増大すると考えられ、Pentosidine生成に関 与する内因性物質の探索を行った。その結果、内因性物質が関与 してPentosidine生成の増大をもたらすのではなく、新規なAGE 構造体(C-pentosidine)を生成することを見出した。(4)この C-pentosidineを in vitroで合成後単離して、構造解析を行い、モノクローナル抗Pentosidine抗体を用いて免疫化学的検討を行っ た。さらにHPLCによって生成量の時間変化を追跡したところ、 同じ条件であればPentosidineよりC-pentosidineの方が、生成 速度が速いことが明らかとなった。また(5)透析患者の血漿及び 尿サンプル中から、この新規なAGE構造の検出定量を行った。し かしながらこちらは、検出できた試料数が少なく、疾患との因果 関係を断定できるには至っていない。
このように内因性物質により、Pentosidine類似のC-pentosidineを生成する可能性が示唆され酵素免疫測定法(EIA) によるタンパク中のPentosidine測定に影響を与えている可能性 が示唆された。
アルギニン、リジン及びリボースから化学的に合成、単離した PentosidineをWSC、Sulfo-NHSを用いてHSA(ヒト血清アル ブミン)に結合し、これを常法に従ってBalb/cマウスに免疫した。 脾臓細胞をミエローマ細胞と融合することでハイブリドーマを作 製し、ハイブリドーマを移植したマウス腹水からモノクローナル 抗Pentosidine抗体を得た。本抗体(Clone#1C12)はPentosidineと強く反応する一方で、Pentosidine生成の出発物 質であるL-リジンやL-アルギニンやその類似体であるL- N-モノメチルアルギニン(L-NMMA)、クレアチン、クレアチニンとは全 く反応しなかった(図5)。一方、構造がPentosidineの一部と類 似している2-アミノベンズイミダゾール(NH2 -BzIm)は反応したが、同様に類似している臭化N-プロピルピリジニウム(PrPyridinium)は反応しなかった。以上の結果から本抗体は Pentosidineと2-アミノベンズイミダゾールの共通構造である、 9員環ヘテロ環状構造を認識すると考えられた。
BSAをリボースと共にリン酸緩衝液中60℃で一定期間インキュ ベートしin vitroでPentosidineを生成するモデル系を調製、ELISAでPentosidine生成量を評価した。図6に示したように、 Pentosidineの生成は、インキュベート時にクレアチンなどを添 加することで促進された。添加物によるPentosidine生成増大の 理由は、以下の2つの理由が考えられた。1)添加物によってBSA 上のリジン、アルギニンとリボースによるPentosidine生成が促 進されている。2)添加物が直接Pentosidine生成反応に関与し Pentosidineと類似の構造を生成している。2)についてさらに検 討したところ、クレアチンとリジン、リボースだけをインキュベー トした場合、HPLCでPentosidineと同じ励起波長335 nm、蛍光波長385 nmで検出される蛍光特性を持ち、Pentosidineとは保持時間が異なる成分が検出された(図7)。このことから、クレ アチンのグアニジノ基がアルギニンのそれと同じように反応して、 クレアチンがPentosidineの骨格に取り込まれた構造体が生成す るのではないかと考えた。蛍光特性は化合物の芳香環の骨格に由 来するので、この新規な成分の蛍光特性が類似しているというこ とは同じ芳香環構造を有していることを示し、またHPLCのリテ ンションタイムは分子の極性構造や、分子の大きさに依存するの で、この場合Pentosidineよりも幾分極性の高い構造あるいは、分 子量が小さいと考えられた。この成分をクレアチン由来Pentosidine類似体として、C-pentosidineと命名した。
また図8に示したように抗Pentosidine抗体は、競合法ELISA でC-pentosidineに対して有意に反応性を示した。
(C-pentosidine:IC50=1 μmol/l、Pentosidine:IC50=6 nmol/l)本抗体はクレアチンやアルギニンのような単純な構造には反応せ ず、2-アミノベンズイミダゾールのような9員環へテロ環状構造 を持ったものとは交差反応を示すことから、C-pentosidineが Pentosidineや2-アミノベンズイミダゾール同様に、9員環へテ ロ環状構造を持つことが示唆され、これはNMRやMSによる構 造解析の結果と一致した。すなわちC-pentosidineはクレアチン がPentosidine構造に取りこまれた構造であることが明らかと なった。
透析を受けている腎不全患者5名から得た血漿と正常者5名の 血漿を加水分解し、HPLCで分析した40)。メジャーピークは図7 に示したそれぞれに特徴的なリテンションタイムからC-pentosidineまたはPentosidineと帰属した。我々のHPLCで決 定したPentosidineの血漿中のレベルは健常者で0.43±0.20 nmol/ml透析患者で1.46±0.85 nmol/mlであった (表1)。これらの値は伊豆原らが報告した値とほぼ同じである 28)。さらに健常者及び透析患者の血漿中のC-pentosidineを検出定量した。健常 者の血漿C-pentosidineレベルは無視できるか、現在のシステム では検出限界以下であるのに対し、透析患者の血漿C-pentosidineレベルは、健常者よりも顕著に高かった。透析患者で のC-pentosidineの最大レベルは0.38 nmol/mlでこれは透析患者のPentosidineの値(1.46 nmol/ml)より小さいが、健常者のPentosidineのレベル(0.43±0.20 nmol/ml)と同程度であった。
リジン、クレアチン、リボースを生理的条件下(pH 7.4, 37℃)でインキュベートした場合のC-pentosidine生成は、リジンとア ルギニン、リボースを同一条件で反応させPentosidineを生成す る場合より速いことが示された。血清あるいは血漿中のクレアチ ンとアルギニン濃度を各臨床検査会社の基準値41) の平均から算出するとそれぞれ24〜84 nmol/ml、44〜120 nmol/mlである。アルギニン濃度は、HPLCによるアミノ酸分析であるから、タンパ ク中のアルギニンすべての濃度を意味している。これからわかる ように、正常な状態では血液中ではクレアチンとアルギニン濃度 は20〜120 nmol/mlとほぼ同じ濃度域にある。従って、アルギニンとクレアチンが同濃度であった場合は、クレアチンが反応し たC-pentosidineの方が多く生成すると考えられる。
C-pentosidineはPentosidineのアルギニンがクレアチンに置 換した構造的類似点を有しているので、その生成機構を考える上 では、まずPentosidineの生成機構を理解する必要がある。最近 Pentosidineの生成機構に関して、興味ある報告がなされた。 Ledererらはn-butylamineがグリオキサール、メチルグリオキ サール、3-デオキシグルコソンと反応してシッフ塩基を形成し、引 き続きそれがクレアチンと反応して、“glucosepane”あるいは “pentosinane”と呼ばれるイミダゾール誘導体を生成し、この pentosinaneが酸化されることでPentosidineが生成することを 示している44-47)(図9)。
Ledererらの仮説を引用してC-pentosidineの生成機構を考え ると、図10に示したルートを考えることができる。すなわち、メ イラード反応の前期段階で、リボースがタンパクのリジン残基と 反応し、シッフ塩基 (compound l) を形成し、compound lはクレアチンのグアニジノ基と反応しcompound llを生成する。これはよく知られた通常のPentosidine生成においてアルギニンのグ アニジノ基とcompound lが反応するのと同様の機構である。次にcompound llは環化、脱水素化、縮合反応を受けてcompound lllを経てC-pentosidineを生成すると考えられる。
以上のようにクレアチンがアルギニンと同様に反応して Pentosidine類似のAGE構造であるC-pentosidineを生成する と考えるには矛盾がない。特にクレアチンが高値を示す疾患にお いては、C-pentosidineの生成はより亢進していると考えられ、C- pentosidineが今後、新たなAGEとして注目されると期待される。 リジンとアルギニン残基の架橋構造であるPentosidineはAGE 構造の一つであり、種々の疾病との関連が報告されている。本研 究では1)リジンとリボース、クレアチンのインキュベーションで はPentosidine類似化合物(C-pentosidine)の生成をもたらした。 2)この化合物の構造解析では通常のPentosidineのアルギニン部 分がクレアチンで置換された構造であることが明らかとなった。 3)透析患者血漿でC-pentosidineが検出され、クレアチンがタン パク質の修飾とC-pentosidineの生成を促進していることが明ら かとなった。
初めに述べたように宮田らは25)腎症患者の血漿中に存在して Pentosidine生成を増大させる化合物の分子量は5,000以下であ ると提唱している25)。この化合物の同定は未知であるが、彼らの 知見は本研究の知見と矛盾していない。なぜならin vitroでのBSAとリボースによるPentosidine生成はクレアチンの存在によって 2.5倍以上と顕著に増大した。さらに、杉山ら48) は血漿Pentosidineレベルが血漿クレアチンレベルと著しく相関してい ることを報告している。上述の知見と現在の我々の結果は、クレ アチンがこの内因性の促進物質かその前駆体の一つであるという 考えを示唆している。
クレアチンはクレアチンpathwayでグリシンとアルギニンから S-adenosylmethionineによって生じるグアニジノ酢酸のメチル 化によって生成する。その98%は筋に取りこまれ、筋肉内ではク レアチンリン酸に合成されてエネルギー源となっている。クレア チンは血清中には1 mg/dl(76 nmol/ml)程度以下しかなく、尿細管で吸収されるので尿中には微量にしか存在しない。しかしそ の代謝産物であるクレアチニンは腎糸球体から濾過された後、ほ とんど再吸収されずに尿中に排出される。そのため腎機能障害、腎 不全では血中クレアチニンが高値を示すことが知られている。一 方でクレアチンは筋肉で消費されるので、筋ジストロフィー症、筋 萎縮性側索硬化症のような筋疾患において、血清、尿中クレアチ ン値が高値を示すとされている。筋疾患時にクレアチンが高値を 示す機序はわかっていないが、筋崩壊や膜の異常に伴う筋肉への クレアチンの取り込みの異常、筋中への保持の異常などが考えら れている。腎機能障害においては、血中クレアチニン値は高値を 示すがクレアチンは影響されないと考えられる。今回、腎不全患 者の血漿サンプルを用いて血中C-pentosidineの生成を確認しよ うとしたが、その検出検体数は少なく、十分な結果を得ることは できなかった。また透析前クレアチニン値は7.0〜12.6 mg/dl(= 618〜1,113 nmol/ml)と正常の10倍もの高値を示していたが、Pentosidine、C-Pentosidineとの有意な相関を見出すこと ができなかった。
正常状態ではクレアチンレベルと、アルギニンレベルは共に 100 nmol/ml前後であり大きな差がない。従ってこれらの条件下 ではクレアチン濃度がさらに高まることで、C-pentosidineは Pentosidineに比較してin vivoでもより効率的に生成すると期待される。我々の in vitroの実験はC-pentosidineの生成がPentosidineの生成よりも速いことを示したが、透析患者での血 漿C-pentosidineレベルはPentosidineのそれよりも30%しか ない(表1)。これは、血漿中ではPentosidineの大部分は、血漿 タンパクに多量に存在するアルブミンのアルギニン残基とリジン 残基から生成すると考えられるので、Pentosidine類の総量とし ては、通常のPentosidineの方がC-pentosidineよりも多量に存 在すると考えられる。実際、血漿サンプル中のPentosidine類を HPLCで測定した場合にも、通常のPentosidineの方が顕著に多 かった。
血漿Pentosidineレベルは多くの報告ではHPLC分析 18,22,25,26,28-30,36,40,48)とポリクローナル抗Pentosidine抗体を用いたELISA 5, 32)で決定されている。C-pentosidineの構造は通常のPentosidineに 非常に似ている。事実、C-pentosidineは我々のモノクローナル抗 Pentosidine抗体によって認識され、またHPLC分析でのリテン ションタイムは通常のPentosidineのそれと近い。それ故、血漿 PentosidineレベルはC-pentosidineによって過大評価されている 可能性も考えられる。
加齢や糖尿病に対するAGEの寄与について、AGEが疾病の要 因であるのか、あるいは痕跡であるのかを検討する上では、AGE の生成機構の解明が重要である。本研究ではC-pentosidineは以 下の性質を持つことが明らかとなった。
1) Pentosidineと類似の蛍光特性を持ち、Pentosidineと類似 の芳香環構造を持つ。
2)Pentosidineとは異なるリテンションタイムを持つ。3) 抗Pentosidine抗体に対して反応性をもつ。4) NMRで芳香環領域の構造はPentosidineと同じである。5)
構造中にクレアチンのN-メチル基が存在する。6) これらの結果を支持する構造として提唱した構造は質量分析において、矛盾しない 分子量を与えた。したがって、我々はこの分子がクレアチンのグ
アニジノ基がリジン-リボースと反応して取り込まれた構造である と考えている。
生体内でクレアチンがタンパク質の修飾に関与しC- pentosidineの生成を促進することが明らかとなり、AGEが関与 する疾病に関する知見が得られた。
*本研究は熊本大学医学部生化学第二教室(堀内 正公 教授)において行われた49)。
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著者紹介 | |
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氏 名 | 宮崎 公徳(Kiminori Miyazaki) |
年 齢 | 41歳 |
所属 |
株式会社同仁化学研究所 生産技術部 〒861-2202
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出身校 |
長崎大学大学院工学研究科 修士課程 |
学位 | 博士(医学) |
抗ニトログアノシン抗体の開発 タンパク糖化反応(AGE)関係
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