遺伝子治療を目指した遺伝子デリバリー技術

(Gene delivery techniques for gene therapy)

顔写真

奥田竜也
(Tatsuya Okuda)
長崎大学大学院生産科学研究科
顔写真

新留琢郎
(Takuro Niidome)
長崎大学大学院生産科学研究科

 

[ Summary ]

Gene therapy was originally designed as a technique for correcting inherited disorders on human genes responsible for disease development. At present, gene therapy is aggressively developed with hope that will be remedy for not only inherited disease but also obstinate diseases such as cancer, HIV infectious disease, and so on. Currently ongoing gene delivery techniques can be classified into two categories; one is non-viral methods, in which chemically synthesized cationic compounds are used as a gene carrier, the other is viral methods, in which replication-defective viruses with part or all of the viral coding sequence replaced by therapeutic genes, are used as a vector. Here, we focused on non-viral gene delivery techniques, and we introduce several physical techniques for naked DNA transfer, several kinds ofgene carriers, and common efforts to realize gene therapy. In the second half, we also introduce a part of our study on in vitro and in vivo gene delivery mediated by dendritic poly(L-lysine) with high efficiency and low toxicity into cells.

キーワード:
遺伝子治療、非ウイルス法、遺伝子キャリアー、 デンドリティックポリリジン

 

1. はじめに

 遺伝子治療は先天性の遺伝子疾患ばかりでなく、がんやエイズなどの難治疾患の新しい治療法として期待されている。遺伝子治療を目的としたDNAの細胞内へのデリバリー技術は、ウイルスに治療用遺伝子を組み込んで標的細胞に感染させるウイルス法と、人工化合物を遺伝子キャリアーとして用いる非ウイルス法に分類できる。非ウイルス法ではキャリアー分子の物性コントロールによる毒性や抗原性を抑えたキャリアーデザインが可能である。しかし、導入した遺伝子の発現効率は低く、その遺伝子の発現は一過性であるという問題点がある。一方、ウイルス法はウイルスの持つ感染機構を利用しているため遺伝子の発現効率は高く、導入遺伝子の安定発現が期待できるが、ベクターとして用いたウイルスに起因すると思われる免疫性ショック死(1999年、米国)や白血病発症(2002年、フランス)の事例は記憶に新しく、改めて安全性の高い遺伝子デリバリー技術の開発が望まれている。

 本稿では安全かつ機能的な遺伝子デリバリーを可能にすると期待されている非ウイルス法に焦点を絞り、これまでにどのような遺伝子デリバリー法が開発されてきているのか、また、遺伝子キャリアーの開発はどのような方向へ向かっているのかについて、最近のトレンドを前半で紹介し、そして、後半では我々のデンドリマーを使った遺伝子デリバリー法に関する研究の一端を紹介させて頂きたい。

2. プラスミドDNAを単独で投与する方法

 プラスミドDNAをそのままを投与する方法は最もシンプルであり、臨床応用を考慮した場合においても安全面を考慮する対象がプラスミドDNAのみとなるため、その敷居は低い。しかし、静脈からの全身投与を考えた場合、DNAは血中において速やかに分解される。さらに、DNAの細胞内への移行には細胞膜が大きなバリアーとなっているため、何かしらの工夫によって細胞内へ移行させる必要があり、これまでに様々な方法が試みられている (Fig.1)

 エレクトロポレーションは細胞に電気パルスをあてることで細胞膜に一過性の孔を開け、細胞膜の透過性を上昇させることによりDNAの取込を促進させる方法で、投与遺伝子の長期発現が可能であること、理論的にはあらゆる組織に適用可能であるという長所がある。これまでにin vivoへのアプリケーションを目的として、標的組織に応じたDNAの投与量、電解質溶液のイオン強度、電気量などの様々なファクターが最適化され、電極の形状なども改良が重ねられてきている1)。中でも、処置のしやすさから皮膚や筋肉が最も適したターゲットといえる。DNAワクチン等の免疫療法を目的としたDNAの投与方法としてエレクトロポレーションが多く利用されており、皮膚や筋肉にエレクトロポレーションでDNAを投与し、B型肝炎ウイルスの表面抗原、あるいは、IL-12やIFN-α等のサイトカインを発現させて治療効果や遠隔部位に存在する腫瘍に対する抗腫瘍効果を得た報告が増えてきている1-5)

 超音波によってもDNAの細胞内への導入が可能であることが報告されている6-7)。この方法では、超音波照射により細胞周辺でキャビテーションが起こり、小さな気泡の生成と崩壊が繰り返され、気泡の崩壊時に発生する液体マイクロジェット流によって細胞膜に一過性の孔が開くことで細胞膜の透過性が上昇し、さらに細胞膜付近に存在するDNAや薬物がマイクロジェット流によって細胞内へ押し込まれるというメカニズムが提唱されている。この方法はエレクトロポレーションのように電極を標的部位に挿入する必要がないため、体内の臓器などを標的とする場合においても非侵襲的であり、さらにマイクロバブル(造影剤)を併用することによって低いエネルギーの超音波で効率よくDNAを導入可能であることが見いだされ、今後の発展が期待できる。

 遺伝子銃は金粒子を核酸でコートし、それを高圧ヘリウムガスで直接細胞に打ち込む方法で、まさに遺伝子を弾丸として用いた銃である8-10)。この方法は導入するDNAのサイズに制限がないこと、一度に多くの細胞に確実にDNAを導入できること、複数の種類のDNAを同時に導入できることなど多くの利点があるが、生体への応用を考えた場合標的とする組織の表層部にしか導入できないという欠点もある。

 ハイドロダイナミクスインジェクション法は、ほぼ全血量と同量のDNA溶液をマウスの尾静脈より数秒のうちに投与する方法である。この方法では、最も柔軟性に富む臓器である肝臓に投与したDNA溶液がいったん集積し、投与の際の圧力によりDNAが肝組織へと押し込まれているものと考えられており、少量のDNAで導入遺伝子の高い発現が特に肝臓で認められる11-14)。ヒトの場合で換算すると、数秒間に数リットルもの量を投与されることになり実用的ではないが、部位を限定することで適用は可能であろう。一方で、ある特定遺伝子のマウス肝臓での機能を評価するには便利な手法である。

 その他、DNAを投与した後、標的部位周辺の血流を一時的に止めることにより遺伝子発現レベルを上昇させる方法や15)、マウス尾静脈よりDNAを投与後、腹部をマッサージし、機械的ストレスを与えることにより肝臓での遺伝子発現が促進されることも報告されている16)。また、肝臓表面へ直接DNA溶液を滴下するだけでも組織内へ浸透し、その部分に遺伝子発現が起こることも見いだされている17)。これらDNA単独投与で行う手法は、目的によっては重要な遺伝子デリバリー技術となりうる。しかし、ターゲティング可能な部位や組織に制約が多く、応用範囲が限られてしまう。さらに、DNAの細胞内への移行メカニズムが解明されていないものもあり、今後の詳細な解析が待たれる。

3. 遺伝子キャリアー分子を使った方法

 これまでに脂質やポリマーをベースにした多くの化合物が遺伝子キャリアーとして開発されてきた。一般に遺伝子キャリアーは塩基性の化合物であり、マイナスに帯電したDNAと静電的相互作用によって安定な複合体を形成することでDNAの細胞や組織内外での安定性を向上させるばかりでなく、細胞への取込みも促進する。

 塩基性脂質を介した遺伝子デリバリーは1987年にFelgnerらによって最初に報告され18)、それ以降、脂質の塩基性ヘッド部分を様々に変化させた脂質が多く開発されてきた。さらに、DOPEやコレステロールなどのヘルパー脂質の添加や塩基性脂質との混合割合などが検討され、脂質の種類や利用する条件などの最適化がなされ、主要な遺伝子デリバリー技術になっている。

 塩基性ポリマーをベースとした代表的な遺伝子キャリアーとしては、1995年Behrらにより報告された直鎖状のポリエチレンイミンがある19)。直鎖状ポリエチレンイミンは分子量およそ22〜25 kDaほどの大きさのものが遺伝子キャリアーとして最も適していると言われている。また、DNA/遺伝子キャリアー複合体がエンドサイト−シス経路で細胞内へ取り込まれた後、エンドソームから細胞質へエスケープするメカニズムとして現在ではよく知られている“プロトンスポンジ効果”という考え方はこの化合物から生まれたものである。多くの分岐を持つ樹状高分子、ポリアミドアミン (PAMAM) デンドリマーもまたポリマーベースの遺伝子キャリアーを代表する化合物の一つである。PAMAMデンドリマーが様々な培養細胞に対する遺伝子キャリアーとして利用可能であることは、1993年にSzokaらによって報告された20)。しかし、その後、厳密に合成されたPAMAMデンドリマーは完全な球状の構造をしており、その遺伝子発現効率は低いことがわかった。そこで、部分的に加水分解して柔軟性を与え、多分散なものにすることで遺伝子導入能が向上することが報告されている21)

 合成ペプチドを利用した遺伝子デリバリー技術も報告されている。遺伝子キャリアーとして利用される合成ペプチドは両親媒性の構造を持ち、分子内にDNAとの結合のためにリジンやアルギニンなどの塩基性アミノ酸残基を含んでいる22)。そして、そのロイシンから構成されている疎水性領域がリン脂質膜との親和性を高め、エンドサイトーシスで取り込まれた後のエンドソームから細胞質への移行にも関わっている23)。また、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン由来のKALAペプチドも、DNAとの結合能を持ち、エンドソーム膜の不安定化を引き起こすことが報告されている24)

 一方で、遺伝子治療においても副作用を抑え、より効率的に治療効果を引き出すためには薬剤の服用や投与と同様、個体内における標的となる部位、組織に特異的にデリバリーする遺伝子のドラッグデリバリーシステム(DDS)が必要となってくる。このDDSの確立はプラスミドDNAを単独で使用した場合では難しく、そこで、遺伝子キャリアー分子にこの機能を盛り込み、それを達成することが試みられている。DDSを目指した遺伝子キャリアーの機能化例として、細胞表面に特異的に存在するレセプターを標的とし、このレセプターに対する種々のリガンド分子を遺伝子キャリアーに修飾することが一般的に行われている。肝細胞表面に特異的に存在するアシアログリコプロテインレセプターに対するリガンドであるガラクトース残基やアシアロオルソムコイドなどを遺伝子キャリアーに導入する方法が古くから行われている25-27)。最近では腫瘍組織内において血管新生が活発に起こっていることに注目し、血管新生が盛んに起こっている部位の内皮細胞表面にとりわけ多く発現しているVEGF (vascular endothelial growth factor) レセプターに対するVEGFを遺伝子キャリアーに修飾することも行われている28)

 標的とする部位や組織に到達後も多くのバリアーが待ちかまえている。そこで、より効率的に導入遺伝子の発現を達成させるために、細胞内でのトラフィックコントロールの試みも盛んになされている。一般に、DNA/遺伝子キャリアー複合体はエンドサイト−シス経路で細胞に取り込まれ、多くはリソソームで分解を受けてしまうことより、いかにしてエンドソームから細胞質へのエスケープを促進するかが第一のポイントとなる。そのために先に述べたような膜融合能を持つペプチドやリソソーム内のpH条件に相当する弱酸性領域において膜破壊能を持つようなペプチドなどがよく用いられている29)。また、“プロトンスポンジ効果”によるエンドソームからのエスケープをねらい、多くのヒスチジン残基を導入することにより弱酸性条件下でバッファー能を持つようにデザインしたブロックコポリマーなどもある30)。第二のポイントとして、エンドソームから細胞質へと移行したDNA/遺伝子キャリアー複合体からのDNAのリリースが挙げられる。この点に関して、キャリアー分子内にジスルフィド結合を導入し、細胞内の還元的雰囲気を利用してリリースを促進させる、あるいは、外部から与える温度変化によりリリースをコントロールする目的で温度感受性ポリマーを利用することが行われている31-34)。さらに、第三のポイントが遺伝子の機能発現の場である核への移行ステップである。核移行の制御には核への指向性を持たせるため核局在化シグナルによる修飾などが行われている35-36)。その他、非ウイルス法の欠点でもある一過性の発現を克服するため、生分解性ポリマーにDNAを内包させてDNAを徐放させることにより長期発現を実現させる試みも行われている37)

 ここで紹介してきたように、遺伝子キャリアーに関する研究は、実際の遺伝子治療を強く意識し、これまでの個々のテクニックを集約し、体内での細胞選択的デリバリー、それに加えて、細胞内でのトラフィックコントロールをも実現するシステムを確立することが現在のトレンドとなってきている。

4. デンドリティックポリリジンを用いた遺伝子デリバリー

 様々な遺伝子キャリアーが開発されている中、我々は樹状高分子であるデンドリマーに注目している。ヘキサメチレンジアミンをコアとしてアミノ酸のリジン残基を枝分かれ単位として持つデンドリティックポリリジンを設計し、第1世代〜第6世代 (KG1〜KG6) を合成した (Fig.2) 38)。デンドリティックポリリジンは 1) ペプチド合成をベースとしたHBTU-HOBt法により逐次世代を伸長していくため単一分子として得られる、 2) 分岐単位を他のアミノ酸等に置き換えることによって様々な物性の誘導体が容易に合成できる、 3) 分子表面にはアミノ基を多数持つため機能的な遺伝子キャリアーとするための各種リガンドによる表面修飾が容易に行える、等の特徴を持つ。また、生体分子であるアミノ酸から構成されているため低毒性であることが期待される。

4.1. DNA結合能

 エチジウムブロミドはDNAの塩基対の間にインターカレーションし、蛍光を発するため、DNAとデンドリティックポリリジンが結合することでエチジウムブロミドのインターカレーションが阻害されると蛍光強度は低下する。測定の結果、第3世代以上のデンドリマーでその蛍光強度の著しい低下が見られたことから、これらはDNAと結合して安定な複合体を形成しており、その結合力は世代が増すほど強くなることが確認された (Fig.3)

4.2. 培養細胞への遺伝子デリバリー

 デンドリティックポリリジンを遺伝子キャリアーとして用い、培養細胞へのトランスフェクションが可能であるかをレポーター遺伝子としてホタルルシフェラーゼをコードしたプラスミドを用いて評価した。(Fig.4A)に示すように、第5世代のデンドリマー(KG5)と第6世代のデンドリマー(KG6)で高いルシフェラーゼの酵素活性が見られた。さらに、そのトランスフェクション能は細胞種に依存せず、コントロールとして用いた市販の遺伝子キャリアーであるLipofectinRやSuperFectRと同等のレベルであった。また、最も高いトランスフェクション効率を示したKG6ではPAMAMデンドリマーをベースとしているSuperFectRと比べて細胞毒性が低いことが明らかになった (Fig.4B)

 静脈投与のように血流中へ投与する場合は、血清成分の影響を無視することはできない。あるいは、培養細胞を対象にしている場合でも、血清を抜くことができない場合もある。しかし、多くの遺伝子キャリアーは培養細胞へのトランスフェクションにおいて血清を培地中に共存させると著しい遺伝子導入能の低下をもたらすことが知られている。血清成分との相互作用は遺伝子キャリアーがDNAとの間でカチオン性の複合体を形成するためであると

言われており、いかにして複合体の表面電位を抑えるかが重要である。我々が用いているKG6は50%血清共存下でも著しいトランスフェクション効率の低下は見られなかった (Fig.5A)。これは複合体表面電位がほぼ中性であることに起因し、血清成分との相互作用が抑えられているものと考えられる。また、この結果は、in vivoへの適用可能性を期待させるのものである (Fig.5B)

4.3. 複合体の成長と遺伝子導入能の相関

 DNA/遺伝子キャリアー複合体の大きさや形状は、細胞への取り込みの過程において重要なファクターである。複合体の大きさと形状に関する情報を得るために、蛍光顕微鏡および原子間力顕微鏡 (AFM) による複合体の観察を行った (Fig.6)。DNAとKG6を混合して15分後の複合体を観察すると、1〜2マイクロメートル程の大きさの像が得られた (Fig.6A,B)。この像をAFMでさらに拡大してみると、100ナノメートル程の多数の小さなユニットから形成されていることがわかった (Fig.6C)。また、サンプルをのせているマイカ基板上を詳しく観察してみると、数百ナノメートル程の大きさの無数の像が観察された (Fig.6D)。次にDNAとKG6を混合して2時間後の複合体を同様に観察したところ、100ナノメートル程の小さなユニットから構成される数マイクロメートル程の像のみが観察された(Fig.6E,F)。さらに、動的光散乱法により、DNA/KG6複合体の粒径の経時変化を測定した(Fig.7)。その結果、DNA/KG6複合体の粒径は時間依存的に大きくなることが明らかになった。これらの結果より、DNAとKG6が、まず数百ナノメートル程の大きさの複合体を形成した後、それぞれが時間依存的に徐々に凝集して数マイクロメートル程の大きさに成長していくというメカニズムが考えられる。

 一方で、複合体形成のための時間および複合体が培養細胞と接している時間を様々に変化させて、トランスフェクション効率を評価した(Fig.8)。そして、その効率とDNA/KG6複合体の成長との相関を調べた結果、複合体の成長とともに導入遺伝子の発現は高くなり、培養細胞への遺伝子デリバリーにおいては大きな複合体ほど細胞に取り込まれやすいことが示された39)

4.4. DNA/KG6複合体の細胞内での解離

 一般に遺伝子キャリアーを用いた遺伝子デリバリーでは、DNA/遺伝子キャリアー複合体はエンドサイト−シス経路で細胞内に取り込まれていることが知られており、KG6を用いた遺伝子デリバリーも例外ではない。また、先にも述べたようにDNA/遺伝子キャリアー複合体の形成は細胞へ取り込まれる際に必須のステップであることも知られている。細胞内へ移行した後も複合体を形成したままでは導入遺伝子の発現は起こらないと考えられ、細胞内のどこかで解離しなければならない。しかし、これまでにこの細胞内での複合体の解離についての具体的な情報は得られていなかった。そこで我々はマウス肝臓から調製した細胞質画分を複合体溶液に添加し、擬似的に細胞質内の環境を再現することによって複合体の解離が自発的に細胞質内で起こっている可能性を探った。その結果、DNA/KG6複合体およびDNA/jetPEITM (市販のポリカチオン性遺伝子キャリアー) 複合体に細胞質画分を添加したときにのみ複合体からのDNAのリリースが確認され、細胞質中には複合体の解離を促進する何らかのファクターが存在していることが明らかになった (Fig.9, lanes 6, 10)。また、DNAと複合体を形成させる遺伝子キャリアーとしてLipofectamineTM (市販のカチオン性リポソームベースの遺伝子キャリアー) を用いた場合、全ての条件下で複合体からのDNAのリリースは確認されなかったことより、ポリマー系キャリアーとリポソーム(脂質)系キャリアーとの間でDNA/遺伝子キャリアー複合体からのDNAリリースのメカニズムは異なっていることが示された。さらに、この細胞質画分をプロテイナーゼK処理すると、その解離は認められなくなったことから、細胞質中に存在するタンパク成分がその解離に関与していることがわかった (Fig.10)

4.5. In vivoへの応用

 前述したように、DNA/KG6複合体は多くの遺伝子キャリアーと異なり、複合体の表面電位は電気的にほぼ中性であり、in vivoでの利用が期待される。そこでまず、DNA/KG6複合体をマウス尾静脈より投与し、その後のDNAの体内分布をサザンハイブリダイゼーション法で評価した (Fig.11)。プラスミドDNA単独を投与した場合では速やかに分解を受けており、比較対象として用いたDOTAP/CholやjetPEITMの場合は、それぞれ主に肺と肝臓に集積していた。これに対し、KG6を用いた場合は肝臓や肺にもDNAは局在しているものの、血中に検出されるDNAの量が他のサンプルに比べて著しく多く、血中での滞留性が向上していることが明らかになった。

 腫瘍組織では組織の成長のため血管新生が盛んに起こっているが、発達の遅い内皮細胞の成長が追いつかず、正常の血管組織に比べると未成熟で隙間の多い構造をしている。そのため、血中成分の漏出が起こりやすい状況にある。このように、血管新生が活発に起こっている部分で未成熟の内皮細胞を通して漏出し、物質が蓄積することをEPR (enhanced permeability retention) 効果と呼んでいる。我々のKG6はDNAの血中滞留性を著しく向上させることから、そのEPR効果が期待される。そこで、我々はddYマウスの皮下にマウスメラノーマ由来のB-16細胞を移植した腫瘍モデルマウスを作製し、このモデルマウスに対して尾静脈よりDNA/KG6複合体を投与し、そのDNAの体内動態を評価した (Fig.12)。その結果、DOTAP/Cholを用いた場合は腫瘍組織へのDNAの蓄積は全く見られなかったのに対し、KG6を用いた場合は投与DNAの腫瘍組織への蓄積が見られた。今後、KG6を各種糖鎖などの機能性のリガンドで修飾することにより、さらなる組織選択的なターゲティングの可能性が期待される。

5. おわりに

 現在の世界的な研究のトレンドは、副作用を抑え安全性を高めるためにいかにして遺伝子のDDSを達成するか、また、標的部位・組織にデリバリーした後、いかにして効率よく発現を達成させるかという方向へと向かっている。つまり、DNAと結合し、細胞内へ取り込まれるというだけでなく、さらに高度な機能を加えたバイファンクショナル、あるいは、マルチファンクショナルな遺伝子キャリアーの開発が始まっている。

 しかし、近年の遺伝子治療を目指した遺伝子デリバリー技術に関する論文数の増加にもかかわらず、臨床に耐えうるようなキャリアー分子は依然として生まれてきておらず、現実は越えるべきハードルは未だ高く、かつ、その数も多い。今後、ウイルス法、非ウイルス法を問わず、遺伝子治療を一般的な治療法として現実のものとするためには、ブレークスルーとなる何かが必要で、その何かを一刻も早く見つけ出し、未だ治療法の確立していない難治性疾患など多くの疾患を克服していきたい。

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著者紹介
氏  名 奥田 竜也(Tatsuya Okuda)
年  齢 27歳
所  属 長崎大学大学院生産科学研究科海洋生産科学専攻
博士後期課程3年
連絡先 〒852-8521長崎市文教町1-14
TEL: 095-819-2687 FAX: 095-819-2687
E-mail: ta-okuda@nifty.com
出身校 長崎大学大学院工学研究科応用化学専攻
学位:修士(工学)
研究テーマ In vivoへ応用可能な遺伝子キャリアーの開発
氏  名 新留 琢郎(Takuro Niidome)
年  齢 37歳
所  属 長崎大学大学院生産科学研究科物質工学専攻 助手
連絡先 〒852-8521長崎市文教町1-14
TEL: 095-819-2687 FAX: 095-819-2687
E-mail: takuro@niidome.net
出身校 九州大学大学院理学研究科
学位:博士(理学)
研究テーマ 機能性遺伝子デリバリー技術の開発
主な著書 化学のフロンティア、生命化学のニューセントラルドグマ、杉本 直己著、化学同人、第17章遺伝子キャリアー、新留琢郎、 p182-192, 2002

T. Niidome and H. Aoyagi, Cationic a-Helical Peptides for Gene Delivery into Cells, Non-viral gene therapy, a volume of Methods in Molecular Medicine, Humana Press, Inc. p11-21 (2001).


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