ライブセルイメージング技術講座

〜光の性質〜

浜松医科大学光量子医学研究センター
櫻 井  孝 司
(Takashi Sakurai)

(浜松医科大学・21世紀COEプログラム「メディカルホトニクス」の活動として掲載)


1. はじめに

 「細胞に光をあてる」ことでライブセルイメージングがはじま る。光と細胞の間で相互作用がおこり、「見えた映像」から細胞の 状態や量を知ることができる。細胞の“見え”を良くするために はどうしたらよいか?一番良い方法は、関心領域だけを非侵襲的 に照明することであり、言い換えれば効率良く光を取り扱うこと である。今回は「光を使いこなす」ために理解すべき基本的な光 の性質や重要なキーワードについて、日常的な現象を例にしなが ら解説する。

2. 光とは

2.1 波長による分類

 光は電磁波(electromagnetic wave)の一種と考えられ(Helmholz, 1852年)、波であり、粒子でもある。光の粒子は光子、又は光量子(photon)と呼ばれる素粒子で、電波と同じよう に電界と磁界の2つの成分で構成された横波となって進む。波の 長さは波長(wavelength)と呼ばれ、電磁波は波長または周波数 によって分類されている(Fig.1)。波長の長いものから、ラジオやテレビの電波、リモコンや光ファイバインターネットなど通信 に使われる赤外線(infrared, IR)、目に見える可視光線(visible light)、日焼けを起こす紫外線(ultraviolet, UV)、身体を透視するX線(X-ray)、高エネルギーのγ線(gamma-ray)などがあ る。可視光線の波長は細胞の大きさに近く、また生体への影響が 比較的小さいとされているため、光学顕微鏡用の光源として汎用 されている。一般に、波長が短いと顕微鏡の空間分解能が増し、波 長が長いと生体機能へのダメージが減る。

2.2 可視光線

 可視光線とはヒトが色として知覚できる波長の範囲とされる。 日本工業規格光学用語(JISZ8120)によると、可視光線に相当する電磁波の波長は、短波長側360 nm〜400 nm、長波長側760nm〜830nmである。 可視領域の光をプリズム(prism)に入射すると、 虹のように(赤橙黄緑青藍紫の順番に)分かれる(Fig.2)。1702年Newtonは、このように分解された光を亡霊という意味のspectorからスペクトル(spectrum)と付けた。 スペクトルは元素の種類によって異なる。 また肉眼で見えるスペクトルは生物種によって差がある。

2.3 いろいろな光源

 光源には自然光源と人工光源があり、明るさで分類すると概ね Fig.3のようになる。

2.3.1 自然光源・化学発光

 自然光源には、太陽や星などがある。これらの光は、光源の近 くでは全ての方向に発散しているが、はるか遠方にある地球上で は平行光(無限遠光)と見なされる。生物発光(bioluminescence) も自然光源の1つとされ、例えばウミホタルのルシフェリン (luciferin)の化学発光(chemiluminescence)がある。Fig.4に示すとおり、タケノコも光を放つ1)。中野らはタケノコの発光は 成長に依存して発生するチロシンラジカルによるものとし、“竹取 の翁が見た光”という説話はまったくの作り話ではないようだ。光 の粒を検出する技術(photon counting)を応用することでATPや活性酸素などの発生パターンの解析ができる2, 3)

2.3.2 人工光源

 ロウソクや行灯が古くからあり、Leeuwenhoekは17世紀に顕 微鏡光源として採用していたとされる。19世紀Edisonにより白熱灯が発明され、現代ではランプ(lamp)とレーザー(light amplification by simulated emission of radiation, laser)が人工光源の代表である。 ランプ光源はフィラメント型と放電型があり、金属やガスの種類に依存して複数の輝線(bright line)を出し、 白色光(white light)と呼ばれている。 ランプ光はバラバラな波の集まりであり、それぞれの波はランダムな方向に進む。これに対 して、レーザー光は、単色であり、波がそろっており(干渉しや すいため可干渉性coherentとよばれる)、同じ方向に進行する。 レーザー光はレンズ(lens)による集光性がすぐれ、エネルギー の集中がしやすい。

2.3.3 明るさ

 ランプの明るさを示す単位は光束(ルーメン, lm)が用いられる。ルーメンは光源の明るさを表すのに対し、ある地点での明る さは照度(ルクス, lx)で表され、1 lx=1 lm/m2の関係がある。パワーに換算すると1ルクスは約1/683(W/m 2)になる。人工光源の明るさをおおざっぱに比較すると、Edisonが発明した白熱灯の 明るさを1とすれば、蛍光灯やLED(light emitting diode)が50前後、高圧水銀灯やキセノン灯などのHID(High intensity discharge lamp)が100程度、レーザーが100以上となる。光学顕微鏡では1.高輝度(特定の輝線にピークがある)で、2.輝度変化率が小さく、 3.光の発生点が単一で、4.寿命の長い光源が有効である。

3.視覚と色

 色は生理学的には視覚を通じて、形や距離などの空間的性質と 混在して認識される。物理学的には視界中の対象とそれを照らす 光の相性できまる。相性に関係する主要因子としては反射 (reflection)・吸収(absorption)・透過(transmission)などが ある。

3.1 視覚とは

 ヒトの眼の網膜(retina)には、明暗を感じる桿体細胞(rod cell)と波長を見分ける錐体細胞(cone cell)がある。 前者は高感度モノクロカメラ、後者は低感度カラーカメラと似た働きをもつ。ヒト錐体細胞には赤・緑・青それぞれの波長に感度をもつ細胞が存在していて4)、細胞から出た信号が刺激として脳に伝わり、興奮が統合されて色として感じる(Fig.2)。 生物種によって錐体細胞の分布や感度が異なるため、見える色の帯域には差がある。その例 として、多くの昆虫類では見える領域がヒトよりも短波長側にシ フトしているとされており、紫外光の識別ができる代わりに赤系 の色が認識できない。ナトリウム灯が街灯として採用されている のは、ほとんどの昆虫類にはオレンジ系色が見えないからである。 逆に通常ではヒトには見えない物体もある。蝶の羽根や花を紫外 領域色で見ると、肉眼で見えたものと比べてまったく異なる模様 となっている。

3.2 葉の色は何故緑なのか?

 植物の葉緑素に存在するクロロフィル系色素は、赤と青を吸収 し、緑の光を反射する。すなわち、可視光線の中で緑域が多く反 射されるので、葉は緑色に見える。トマトやピンクグレープフルー ツが赤く見えるのもこれと同じ理由で、リコピンというカロテノ イド系色素が、赤帯域の波長を特に反射するからである。ついで に触れると、カエデが紅葉時に赤色や黄色に変化するのは、老化 によってクロロフィルが分解されて、その分解産物から合成され たアントシアン系色素が赤や黄色を反射するからである。以上の 例からわかるように、物体に光があたると反射や吸収がおこり、 我々は反射して目に届いたスペクトル分布から色を知覚している (Young & Holmheltz, 1852年)。可視領域における全帯域の光が一様に反射されると白に見え、一方、全帯域において吸収され る場合は黒と判断される。さらに蛍光灯の光の下で見た色と太陽 の光の下で見た色が違うように、照明により物の色の見え方が変 化することを演色(color rendering)といい、第4項の蛍光(fluorescence)と区別される。

3.3 顕微鏡の分解能とは

 光は波長よりも大きな粒子と衝突すると反射するが、波長より十分小さいものではあまり反射しない。 これは海における波と岩の関係と似ている。すなわち、波が大きな岩とぶつかると白波が見えるが、小さな岩との間では白波が発生しない。 顕微鏡における像形成にはこの白波発生と同じ原理が利用されていて、標本と衝突する光の波長が空間分解能(spatial resolution)を決める重要な因子である(Fig.1)。 光学顕微鏡(optical microscope)では可視光線が用いられるので、約400 nmより大きな対象なら簡単に見ることができる。
単一のオルガネラなど波長より小さな構造物の像は通常の観察法では不明瞭となるが、コントラスト強調観察法(contrast-enhancedmicroscopy)とよばれる位相差顕微鏡(phasecontrast microscope)や微分干渉顕微鏡(differential interference contrast microscope)では光の諸性質(偏光や干渉など)を利用して像の改善が施されている。

4.蛍光

 蛍光灯から蛍光塗料を除けば、ただの殺菌灯であることをご存知か?蛍光管の内側にある塗料が波長254 nm紫外光を吸収し、出てくる光が室内照明用として利用されている。 このように色素類に光が吸収されて放たれる光(emitted light)のことを一般に蛍光とよび、色素類に照射する光のことを励起光(excitation light)とよぶ。 発光の機構はヤブロンスキー図(Jablonski diagram)で説明されていて、励起された色素は化学的に不安定な状態(励起状態または一重項状態)となり、光や熱を放って元の状態(基底状態)に戻る 5)
蛍光には次に示すいくつかの性質がある。

1.蛍光波長は励起光よりも長くなる(ストークスシフト,stokes-shift)

2.蛍光強度は励起光強度よりも弱くなる(約10-3〜10-6倍)

3.蛍光寿命(fluorescence life time)は約10-4秒以下である

1.は光がもつエネルギー(→5項)と関係がある。

2.は光と色素の相性(量子効率, quantum yield)と関係がある。

テトラメチルローダミン(tetramethylrhodamine)は量子効率が 高いとされており強い蛍光を放つため、希薄な(10 -12 M)溶液にエバネッセント波6)(evanescent wave)を励起光として用いると、1個の分子から放たれた蛍光が単一輝点(spot)として観察 できる7)(Fig.5)。このように量子効率が一定値以上高い蛍光分子を限定領域(< 10-7 m)で励起すると蛍光分子像が見える。 分子に複数個の光子を衝突させて蛍光を出させることを多光子励起法8)(multi-photon excitation)といい、量子効率は低いが解像力が上がる。

3.の蛍光寿命とは、蛍光強度が1/eに低下するのに要する時間と定義され、フルオロセイン(fluorescein)の場合は10-9秒である9,10)。 蛍光寿命は分子構造や特性、分子の置かれている状態に 依存しており、蛍光エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer, FRET)の効率とも密接な関係がある11)。 寿命が10-4秒より長い光はりん光(phosphorescence)とよばれ、蛍光とおおまかに区別されている。りん光は三重状態からの発光であり、蓄光塗料などで利用されている。

5.光のエネルギーと散乱

5.1 日焼けがおきるわけ

 肌を太陽に暴露すると日焼けがおこる。これに対して、コタツ では熱を感じても日焼けはおきない。熱を感じるのはコタツから 発せられた赤外線が水に吸収されるからである。日焼けは光のエ ネルギーや生体反応と関係がある。プランク係数を用いた数式に よれば、光エネルギーのレベルは波長の長さに反比例しており、紫 外線のほうが赤外線よりエネルギーが高い。細胞へ強い紫外線を 照射すると、細胞膜やDNAの断裂が惹起される12) 。また細胞には紫外線を吸収する色素類や酵素類が存在していて、一部では紫外 線との反応により活性酸素が発生して生理機能に影響をあたえる。 このような理由で赤外線と紫外線では生体への影響に差があり、 傷害性の強い紫外線から組織を守るためにメラニン色素が増えて、 肌が黒くなるわけである。日焼けとは光の粒と物体が衝突してお こる現象の1つであり、類似したものに写真(photography)や 光電効果(photoelectric effect)やコンプトン効果(compton effect)がある。

5.2 空は何故青いのか?

 太陽の光が地球に近づくと、窒素や酸素など大気の分子に衝突 する。この衝突がおきたとき、大気分子の大きさは可視光の波長 よりも小さいので反射はおきない。衝突した粒子が波長より小さ いときは、レイリー散乱(rayleigh scattering)とよばれる現象がおきる13)。レイリー散乱の度合は波長の4乗に反比例し、赤い 光よりも波長が2倍短い青い光は約16倍散乱するので、ヒトには 空が青く見えるわけである(実際は紫が最も多く散乱されている ので、昆虫類には空が紫色に見えているはず)。太陽光が地表に近 づくと水滴と衝突するようになる。水滴の直径は光の波長と同程 度なのでレイリー散乱にはならず、ミー散乱や非選択的散乱がお こる。こうした散乱の度合いは光の波長に依存せず、目に届くス ペクトルが一様となるため、雲や霧が白く見えるのである。雲や 霧が不明瞭な像であるように、散乱光の発生は顕微像がボケる原 因の1つとなる。

6.屈折・干渉・回折

6.1 プリズムで色が分かれるわけ

 光の進行速度は真空中では秒速30万kmだが、この速度は進行 する媒質(誘電体)で変化する。水中では秒速22.5万km、ダイ アモンドの中では半分以下の秒速 12.5万kmとなる。媒質中と真空中での光の速さの比は屈折率(refractive index)と定義され、水の屈折率は1.33、ダイアモンドは2.4である。屈折率差のある 媒質間を光が進行すると、媒質の境界(界面)で屈折(reflection) する。屈折により曲げられる角度(偏角)はスネルの法則(snellユs low)として定義されており、レンズや光ファイバーの理解には必 須の法則である。屈折率は波長によっても変化し、これを分散 (dispersion)と呼ぶ。波長の短い光の方が波長の長い光よりも速 度が遅いので、その速度の差(分散率またはアッベ数)に応じて 進む方向を変え、プリズムで見られるような分光がおこる。

6.2 タマムシ色とは?

 第3項で、肉眼で知覚できる色は波長と反射の性質で大部分が 説明できるとしたが、実はもうひとつ構造色(structural color)と呼ばれるものがある。これは干渉色ともよばれており、散乱や 屈折に加えて干渉(interference)や回折(diffraction)により発 生している。光の干渉はヤングの実験が有名であり、身近な例は シャボン玉(薄膜干渉)や二枚の薄ガラスを密着させたときに発 生するニュートンリング(屈折と干渉)である。蛍光フィルター の反射防止膜は薄膜干渉における光の相殺性が利用されている。 構造色は俗にタマムシ色と呼ばれる金属のような光沢をもって見 え14)、コンパクトディスク(CD)の表面にも見られる。CDなど の光ディスク表面が虹色に見えるのは回折が波長に依存している からである。ホログラフィー(holography)技術は紙幣の真偽判 別等など幅広く利用されている15, 16)

おわりに

 今回は観察対象が色成す諸成因について、光の様々な性質が関 係していることを知ってもらえたと思う。ところが「目でモノが 見える理由」の説明はまだ半ばである。物体の色や明暗を感じる ことはできても、ピント(オランダ語punt由来の外来語・講談社 日本語大辞典より)が合わないと像はボケて測定の精度が落ちる。 次回はピント合わせに必須とされるレンズの基礎と活用法につい て解説する。

参考文献

1) H. Totsune, M. Nakano, H. Inaba, Biochem. Biophys. Res. Commun., 194, 1025 (1993).

2) R. Creton, L. F.Jaffe, Biotechniques, 31, 1098, (2001).

3) M. Masuko, S. Hosoi, T. Hayakawa, FEMS Microbiol. Lett., 67, 231 (1991).

4) I. Abramov, J. Gordon, J. Opt. Soc. Am., 67, 195 (1977).

5) P. B. Garland, G. H. Moore, Biochem J., 183, 561 (1979).

6) D. Axelrod, Methods Enzymol., 361, 1 (2003).

7) 寺川進ほか, 生体の科学, 54, 245 (2003).

8) K. Konig, J. Microsc., 200, 83 (2000).

9) J. R. Lakowicz, H. Szmacinski, K. Nowaczyk, K. W. Berndt, M. Johnson, Anal. Biochem., 202, 316 (1992).

10) F. Schapper, J. T. Goncalves, M. Oheim, Eur. Biophys. J., 32, 635 (2003).

11) R. R. Duncan, A. Bergmann A, M. A. Cousin, D. K. Apps, M. J. Shipston, J. Microsc., 215, 1 (2004).

12) Free radicals in biology and medicine, 2nd ed., Oxford Press (1988).

13) C. Schulze, U. Kleuker, J. Synchrotron Radiat., 5, 1085 (1998).

14) D. J. Brink, N. G. van der Berg, A. J. Botha, Appl. Opt., 41, 717 (2002).

15) Z. Shi, J. J. He, S. He, J. Opt. Soc. Am. A Opt. Image Sci. Vis., 21, 1198 (2004).

16) J. Swoger, M. Martinez-Corral, J. Huisken, E. H. Stelzer, J. Opt. Soc. Am. A Opt. Image Sci. Vis., 9, 1910 (2002).

光学用語につき参照したWebサイト

http://www.nikonusa.com/ ニコン

http://microscope.olympus.com/ オリンパス

http://www.zeiss.com/ カールツァイス

http://www.optronics.co.jp/lex/ オプトロニクス

http://www.joem.or.jp/jis_maegaki.htm日本オプトメカトロニクス協会


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