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プロテインキナーゼ活性を直接測定する「Mass-tag法」

同仁化学研究所 佐藤 求美

 タンパク質のリン酸化は細胞内シグナル伝達カスケード中で中 心的な役割を担い、遺伝子発現や細胞増殖、分化およびアポトー シスなどのさまざまな細胞機能をコントロールしている。リン酸 化に関与するプロテインキナーゼの活性が異常に変化するとこれ らのシグナル伝達において目的遺伝子の活性を変化させ、癌や炎 症性疾患など様々な疾病を誘発することにもなる。細胞内のプロ テインキナーゼ活性を直接測定することは、これらの病気の診断 にも有用である。

 プロテインキナーゼ活性測定方法としては、 32Pを用いたオートラジオグラフィーや抗プロテインキナーゼ抗体を利用したELISA などが多用されるが、感度は良いものの非常に手間で時間がかか る。近年、プロテオーム研究においてハイスループット化への期 待から、質量分析(MS) が高頻度で用いられている。発現プロテオミクスから機能プロテオミクスへ移行する潮流の中で、MSに よるリン酸化解析法も現れてきた。例えば、安定同位体 2H、15N、13Cを含む培地と通常の培地を用いてそれぞれ細胞培養し、安定同 位体標識されたタンパク質とコントロールとの質量分析のピーク の強度比で存在比を評価するものがある1)。 システイン残基など のチオールに安定同位体標識されたビオチン化試薬を結合させ、 アビジンカラムで精製後、質量分析するIsotope-coded Affinity Tag(ICAT)法も報告されている2)。最近ではSILAC(Stable Isotope Labeling by Amino Acids in Cell Cuture)を応用し3)、安定同位体標識したアミノ酸を含む培地で培養した細胞に遺伝子導 入を行い、タンパク質を発現させてMS/MSでリン酸化タンパク 質の定量を行った例がある4)

 片山らはプロテインキナーゼ活性測定する方法として、安定同 位体標識プローブを利用した質量分析の新しい方法「Mass-tag 法」を開発した5)。この方法では2つの状態間にある細胞の特定の プロテインキナーゼ活性変化を直接比較でき、操作も簡便で多サ ンプルのスクリーニングなどに適している。原理をFig.1に示す。着目するキナーゼの基質配列にアセチル基または重水素化アセチ ル基を導入する。その各々を2種検体細胞の溶解液に加えてMS で強度を比較するというものである。既に数種類のプローブが開 発されており(Fig.2)、各種キナーゼ活性の同時測定も可能である。そのうちの一つはプロテインキナーゼA(PKA) の自己リン酸化基質配列を持つペプチドプローブで、N末にリシンを導入し、ア ミノ末端と側鎖のアミノ基をアセチル化したものである。そのア セチル基が重水素(D)化されたPKA-D 6と、通常のアセチル基を持つPKA-H6を用いる。このプローブを2種の細胞試料のライセー トに別々に入れ、反応する。両反応液を混合して、精製すること なしに質量分析すると、未反応のプローブとリン酸化されたプ ローブが、それぞれ質量数の6ずれた二重線で得られる。そのピー クの高さから、それぞれの細胞試料中の標的プロテインキナーゼ 活性を直接比較することができる。質量分析にはMALDI-TOF MSや、ESI-TOF MSが利用可能である。

 Mass-tag法による活性測定はリン酸化の副生成物であるADP 量変化をcoupled enzyne assayで測定した結果と一致していることが確認された。また最近では、Mass-tag法とレポータージー ンアッセイとの間に良好な相関が示された6)。NIH3T3細胞では、アデニル酸シクラーゼ活性化剤フォルスコリン(Fsk)を添加する とPKAの活性上昇が、反対に阻害剤であるプロテインキナーゼイ ンヒビター(PKI)を添加すると活性低下がMass-tag法で確認さ れた。また、PC-12細胞ではFsk、PACAP、NGF、TPA、EGFなどの薬物で刺激し、PKA依存性のCREBによる遺伝子発現を、 ルシフェラーゼを用いたレポータージーンアッセイで比較した。 その結果、PKAを活性化するFskとPACAPで刺激した場合の み、ルシフェラーゼの発現がコントロールに比べ約500倍増加し、 そのほかの刺激剤では変化はなかった。この結果はMass-tag法 での活性測定結果と完全に一致した。

 Mass-tagプローブとしてプロテインキナーゼC (PKC) や、非受容体型プロテインチロシンキナーゼSrcのプローブも開発され ており(Fig.1)、それぞれの活性測定に成功している6)

 今後、様々なプローブが開発されることで一度に多種の活性プ ロテインキナーゼの測定が可能になる。さらにはホスファターゼ やプロテアーゼなど他の機能を持つ酵素の活性測定にも有効であ ることが予測される。Mass-tag法は簡便かつ短時間で結果が得ら れることから、ドラックスクリーニング等にも有用であると考え られ、今後の発展が期待される。

参考文献

1) Y. Oda, K. Huang, F. R. Cross, D. Cowburn and B. T. Chait, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 6591 (1999).

2) S. P. Gygi, B. Rist, S. A. Gerber, F. Turecek, M. H. Gelb and R. Aebersold, Nat. Biotechnol., 17, 994 (1999).

3) S. -E. Ong, B. Blagoev, I. Kratchmarova, D. B. Kristensen, H. Steen, A. Pandey and M. Mann, Mol. Cel. Proteomics, 1, 376 (2002).

4) B. A. Ballif, P. P. Roux, S. A. Gerber, J. P. Mackeigan, J. Blenis, J. Blenis and S. P. Gygi, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 667 (2005).

5) T. Sonoda, S. Shigaki, T. Nagashima, O. Okitsu, Y. Kita, M. Murata and Y. Katayama, Bioorg. Med. Chem. Lett., 14, 847 (2004).

6) T. Sonoda, S. Shigaki, T. Nagashima, O. Okitsu, Y. Kita and Y. Katayama, personal communication.