エイズから見た感染症研究の最前線

その2 HIV-1とレセプター
熊本大学大学院医学薬学研究部感染防御分野 前田洋助

1.HIV-1受容体としてのCD4分子の発見

  ヒト免疫不全ウイルス (HIV-1) の主要な受容体がCD4分子であることは、AIDSの病原体としてのHIV-1発見と同年の1984年と比較的早い段階で明らかになった。これは、このウイルスが増殖し細胞死を誘導する細胞が、主にCD4陽性のTリンパ球やマクロファージであることがその大きな理由である。実際にCD4分子に対するある種のモノクローナル抗体が感染を完全に阻害することや、CD4を発現していないヒトの上皮系細胞にCD4を強制発現させると感染が成立することなどの知見から、CD4分子が主要なHIVの受容体であることが明らかにされた。しかしながらマウス細胞にヒトCD4を強制発現させても感染が成立しないことから、何らかのCD4以外のヒト由来の分子が補助受容体(コレセプター)として必要であることが当時から想定されていた。実際にHIV-1感染者からウイルスを分離してみると、CD4陽性の末梢血Tリンパ球とマクロファージで増殖可能なウイルスと、CD4陽性のTリンパ球とT細胞株で増殖するウイルスの2種類が存在しており、ヒトの細胞においてもCD4分子だけではその細胞指向性は説明できなかった。前者はマクロファージで増殖可能なウイルスということからマクロファージ指向性ウイルスと、後者はT細胞株で増殖可能なことからT細胞株指向性ウイルスと分類された。また末梢血Tリンパ球、マクロファージ、T細胞株のすべてで増殖可能なウイルスは両細胞指向性ウイルスと呼ばれた。興味深いことに、通常は感染全体を通じてマクロファージ指向性ウイルスが分離されるが、同じ患者でもAIDS発症など病態の悪化した患者からのみT細胞株に感染可能なウイルスであるT細胞株・両細胞指向性ウイルスが分離された(図1)。このような知見から、マクロファージ指向性ウイルスは持続感染成立に重要であり、一方T細胞株・両細胞指向性ウイルスはAIDS病態に関与していることが示唆された。

2.補助受容体の発見

  CD4分子がHIV-1の受容体であることが発見されてから10年以上の年月を経て、1996年にケモカイン受容体のCXCR4とCCR5分子がHIVの補助受容体として同定された。CXCR4分子はT細胞株指向性ウイルスの感染可能な細胞からcDNAライブラリーを構築し、ヒトCD4分子を発現したマウスの細胞に導入し、その中からT細胞株指向性ウイルスエンベロープと細胞融合する細胞クローンを選択し、その遺伝子が同定された。実際にその正常リガンドであるSDF-1αを感染系に添加すると感染が阻害された。一方マクロファージ指向性ウイルスの感染がケモカインであるMIP-1α (CCL3)、MIP-1β(CCL4) 、RANTES (CCL5) で阻害できることから、その共通の受容体であるCCR5分子がマクロファージ指向性ウイルスの補助受容体として同定された。すなわちCXCR4を補助受容体として使用するウイルスがT細胞株指向性ウイルスであり、CCR5を利用するウイルスがマクロファージ指向性ウイルスだったわけである(図1)。実際にT細胞株においてはCCR5がまったく発現していないため、CCR5を利用するマクロファージ指向性ウイルスは感染しなかったわけである。さらに同様の検索からケモカイン受容体を中心とした種々の補助受容体分子群が同定されたが、これらの臨床的意義については未だによくわからない。しかしながらこれらの分子群に共通している事は、すべてG蛋白質共役型受容体(G protein-coupled receptors, GPCR)と呼ばれる7回膜貫通蛋白質であり、これらの立体構造がウイルス侵入に重要な働きをしていると考えられている。現在ではこのような補助受容体利用能の差異を指標としてHIV の機能的分類がなされており、CXCR4 を補助受容体として利用するものをX4 ウイルス、CCR5 を利用するものをR5ウイルス、両者を利用する能力をもつものをR5X4 ウイルスと呼ぶ(図1)。

3.ウイルスエンベロープとレセプター分子の相互作用による吸着侵入過程(図2

   一方、CD4と結合するウイルス側蛋白質はgp120と呼ばれるウイルス粒子の表面から突出したエンベロープスパイクであるが、このgp120がCD4分子と結合後に立体構造変化をおこし、補助受容体と結合できる状態になる。さらにgp120と会合しているウイルス膜にアンカーされた蛋白質であるgp41のN末端に存在する疎水性のアミノ酸で形成されるフージョンペプチドが標的細胞の脂質二重膜に突き刺さる。引き続きgp41の細胞外に存在している2個のα-へリックス構造がお互いに反応することでヘアピン構造をとり、その結果ウイルスと標的細胞が近接し、最終的に膜融合がおこり、ウイルスは自身のゲノムを細胞内に侵入させることができる。gp120は個々のウイルス株間で変異が激しいことが知られていたが、このgp120の第3番目の可変領域(V3領域)が主にその補助受容体の利用性ならびに細胞指向性を決定していることが明らかとなっている。

4.補助受容体の臨床的意義

  感染のハイリスクでありながら感染抵抗性である個体が補助受容体発見以前より報告されていたが、この原因がCCR5の遺伝的欠損で説明できることがHIV-1の補助受容体としてのCCR5発見からほどなくして明らかとなった。すなわち、これらの感染抵抗性の個体においてはCCR5遺伝子中に32塩基の欠損がホモ接合型で存在しており、その結果CCR5が膜上に発現できないためCCR5を利用するR5 ウイルスが感染できなくなっていたのである。一方でこのような個体ではCXCR4の発現は正常であり、R5X4・X4ウイルスは感染可能であったにも関わらず、HIV-1感染から逃れることができているわけであり、ヒトからヒトへの感染ではR5ウイルスのみが感染を成立させるために重要なウイルスということになる。興味深いことに、この欠損には人種差があり、欧米人を中心とするコーカサス人に頻度が高く、またこれらの個体は一見なんら病気を発症せず健康であった。このことはCCR5を標的とした感染予防や治療法が有効ということを意味している。実際、種々のCCR5に結合する薬剤が開発され、すでに臨床治験中であり、逆転写阻害剤やプロテアーゼ阻害剤に耐性のウイルス治療に臨床で使用される日も近い。一方、X4 ・R5X4 ウイルスは感染後期に出現し、急速なCD4 陽性T 細胞数の低下の原因の一つではないかと考えられているが、すべてのAIDS患者からCXCR4利用性を獲得しているウイルスが分離されるわけではなく、その意義については現在でも混迷している。またCXCR4は造血系、血管形成、神経系等に対して重要な働きをしており、CXCR4の阻害剤が実際に臨床で使用できるかどうかは現時点ではわからない。

5.終わりに

  HIVとそのレセプターの研究は単なるウイルスの侵入機構を理解するだけではなく、HIV感染の成立機構や病態との関連、治療への応用など臨床と密接に関連している。基礎と臨床との連携が、飛躍的な学問の進展ならびに臨床病態の理解や治療への応用につながることを忘れてはいけない。

*本連載は一つのテーマを元に毎号異なる著者が執筆をしてまいります。

著者紹介
顔写真
氏名:前田 洋助
所属:熊本大学大学院医学薬学研究部感染防御分野
住所:熊本市本荘1-1-1
研究テーマ:レトロウイルスの宿主細胞への侵入機構の解明
      HIVの抗HIV剤に対する耐性獲得機構の解明



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