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β-シクロデキストリンの包接現象を利用したスピンアダクトの安定化
Stabilization of Spin Adducts by Inclusion Complexation with β-Cyclodextrins

 

顔写真 末石 芳巳
(Yoshimi Sueishi)
岡山大学大学院自然科学研究科
機能分子化学専攻

[Summary]

Spin trapping involves trapping of reactive free radicals by an addition reaction to produce more stable radicals, detectable by electron spin resonance (ESR) spectroscopy, and has become a valuable tool in the study of transient free radicals in chemical and biological system. Many investigators have attempted to enhance spin-trapping efficiencies and/or stabilities of spin adducts, while further investigations seem to be necessary to obtain better results. In this review, we describe a method to increase the stability of spin adducts by using supramolecular cyclodextrins (CD). CDs are water-soluble oligosaccharides which form inclusion complexes with a large number of organic and inorganic molecules. We believe free radicals included by CD cavities may be defended from other reactants that shorten their lifetime. Using alkyl radicals and sulfite radical anion, we show the application of CD inclusion to the spin trapping chemistry, specifically, we have examined the stabilization effect of CD inclusion and the influence on the spin trapping rates.

キーワード:スピントラップ、短寿命ラジカル、ESR、シクロデキストリン、包接化合物

1.はじめに

 短寿命のフリーラジカルを捕捉し、安定なニトロキシドラジカルに変換し、そのESRスペクトルから短寿命フリーラジカルの構造や濃度を決定する方法としてスピントラップ法がよく知られている(Fig.1a)。1960年代後半、Janzen1)らによりこの方法が提案され、それ以後、化学をはじめ、医学、薬学、生物学の多くの分野で利用され、今日では日常的に短寿命ラジカルの検出方法として用いられるようになった2)。しかしながら、生成したスピンアダクトは安定なものばかりではなく、多くの研究者が、より安定なスピンアダクトを得るために様々な構造の新規トラップ試薬の開発に取り組んでいる。活性酸素(スーパーオキサイド等)に関する研究もまたスピントラップ法を用いて、米国のBuettner3)や日本の牧野4)らをはじめ多くの研究者により、精力的におこなわれている。しかし、スーパーオキサイドのスピンアダクトの多くは不安定であり、問題を含んでいる。

 最近、シクロデキストリン(CD)というナノテク材料を用いた超分子化学的研究が盛んにおこなわれている5)。CDは大環状化合物であり、中に空洞を持っている。CDの空洞内に分子を取り込む(包接)ことで、不安定化合物の安定化、不溶性化合物の可溶化など様々な利用法がある。KarouiとTordo6)はCDにスーパーオキサイドのスピンアダクトを包接させることでスピンアダクトの安定化が可能であることを報告した(Fig.1b)。CDは環境にも生体にも安全で適合性をもっており、取り扱いも容易であるから、CDの添加がスピンアダクトの安定化をもたらすのであれば、今後の多くの研究への応用が期待される。

Fig.1
Fig.1 Reaction scheme of spin trapping.

 本稿では、生物ラジカルの研究等で使用される代表的なニトロン系のスピントラップ試薬である5,5-dimethyl-1-pyrroline N-oxide (DMPO)およびその類似体に、典型的な短寿命ラジカルであるアルキルラジカル(メチルラジカル、エチルラジカル)およびイオン性ラジカル種の亜硫酸ラジカルアニオンをトラップさせ、それらスピンアダクト(Fig.1a)の安定性とスピンアダクトの包接による安定化効果(Fig.1b)について紹介すると同時に、シクロデキストリンにより包接されたラジカル種(Fig.1b)のESRスペクトルについて解説をする。

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2.スピンアダクトの寿命

2.1 アルキルラジカルスピンアダクトの包接による安定化

 アルキルラジカル(メチルラジカルおよびエチルラジカル)は鉛化合物の光分解により容易に発生させることができる。様々なラジカル種の発生方法およびスピンアダクトの超微細結合定数(hfcc)については、Buettnerの解説を参照されたい2)。水溶液中、DMPO存在下でエチルラジカルを発生させると、次の反応式に従い、エチルラジカルはDMPOにトラップされ、スピンアダクトが生成される。得られたESRスペクトルはFig.2aに示した。

(C2H5)3PbOAc

hv
  →  

C2H5

  (1)

DMPO + C2H5

  →  

DMPO-C2H5

  (2)

 スピンアダクトのESRスペクトルを解析することにより、発生したラジカル種に関する情報が得られる。Fig.2aに示したESRスペクトルは窒素および水素核による分裂の1種類のラジカル種であることがわかる。UV照射10分後のESRスペクトルにおいては(Fig.2b)、新たなラジカル種は観測されないけれども、スピンアダクトの減衰が確認される。減衰の速度定数(k)は簡易的ではあるが、ESRスペクトル強度(It)の時間変化を1次反応速度式(式3)に従って解析することにより決定した。また、式4よりスピンアダクトの半減期(t1/2)を見積もった(Table 1)。

Fig.2
Fig.2

(a) ESR spectrum obtained after UV-photolysis. (b) ESR spectrum after 10 min: [DMPO]0 = 2.5 × 10-3 mol dm-3.


ln lt = -kt + C

  (3)

t1/2 = ln2/k

  (4)

 メチルおよびエチルラジカルのDMPOアダクトの半減期は約1200秒である。アルキルラジカルのDMPOスピンアダクトは比較的安定であるが、CDの包接によるスピンアダクトの安定化効果について検討するのにあたっては、極端に短寿命のスピンアダクトを取り扱うのは実験的に困難が伴うため、まずは比較的減衰が遅いアルキルラジカルのスピンアダクトをとりあげ、その効果について検討した。

Table 1

The rate constants and half-life for the
decay of ethyl- and methyl-DMPO adducts

Adduct CD 104k (s-1) t1/2 (s)
DMPO-C2H5 _ 5.68 1200
DMPO-C2H5 β-CD 2.36 3000
DMPO-C2H5 DM-β-CD 8.13 850
DMPO-C2H5 G-β-CD 3.77 1850
DMPO-CH3 _ 6.09 1150
DMPO-CH3 β-CD 2.27 3050
DMPO-CH3 DM-β-CD 9.84 700
DMPO-CH3 G-β-CD 5.83 1200


 シクロデキストリン(CD)はグルコースの環状オリゴマーであり、グルコースの数によってα(6量体)、β(7量体)、γ(8量体)- シクロデキストリンと名づけられている。1-4グリコシド結合した大環状化合物の構造をもち、中に空洞のある筒型の円錐台形をしている。水溶液中で有機分子が存在すると疎水性相互作用により空洞内に取り込まれる。この現象を“包接”といい、不安定物質の安定化、不溶性物質の可溶化など、CDの包接機能が食料品や医薬品、化粧品など様々な分野で利用されている5)。ここでの研究においては、下図(Fig.3)に示した3種のβ-シクロデキストリンを用いた。

Fig.3
Fig.3 Structures of β-cyclodextrins.

 CDの化学修飾による機能の向上には目覚しいものがある。空洞内の疎水性および水への溶解性を高めたふたつの修飾CDに注目した。DM-β-CDは2-および6-位のOH基がメチル化されたもので、空洞の径の大きさはβ-CDと同じであるが、メチル化により上下に疎水部分が延びたシクロデキストリンである。また、G-β-CDは6-位にグルコシル基を導入したものである。この修飾CDは、一般的なβ-CDの低い水への溶解性(1.85g/100ml)に比べて、水への大きな溶解性を示し(97g / 100ml)、薬物キャリアの研究などにおいて期待されている機能性物質である。Fig.4にはβ-CD存在下でのDMPOエチルアダクト(DMPO-C2H5)のESRスペクトルを示した。Fig.4bに示したように、β-CDの添加に伴い新たなラジカル種が現われ、2種類のラジカル種からなるESRスペクトルが観測されている。さらにβ-CDを加えた大過剰のβ-CD存在下では、hfccが変化した新たな1種類のラジカル種が観測されている(Fig.4c)。

“ニトロキシドラジカルがCDの空洞内に包接されるとESRスペクトルはどのように変化するのであろうか?” 通常、包接化合物についての研究はNMR法により広くおこなわれているが、最近、我々は新規ニトロキシドプローブを用いて、シクロデキストリンやカリックスアレーンの包接化合物の分離検出および包接挙動の解明にESR法が非常に有用であることを報告した7-9)。ここでのDMPO-C2H5アダクトがCDの空洞内に包接された際のESRスペクトルの変化は次のように解釈される。包接に伴うAN値の減少はニトロキシドラジカルのN-O基がCDの空洞内の極性の低い環境に移ったことを示しており、AH値の変化は包接化合物形成の際のC-H結合の角度変化を示している。Fig.4cの ESRスペクトルからわかるように、hfcc(ANおよびAH値)の変化は、このラジカル種がCD空洞内にあるDMPO-C2H5アダクトであることを示唆している。また、DMPO-C2H5およびその包接化合物のESRスペクトル、つまりFig.4aFig.4cを任意の割合で足し合わせると2種類のラジカルから成るESRスペクトル(Fig.4b)が容易に再現され、その解釈が妥当であることがわかる。Fig.4に示したように、ESR法によればNMR法のような平均スペクトルではなく、包接化合物が分離して検出され、包接に関する有用な微視的情報が得られるので、今後、この分野でのESRを用いた研究に期待が寄せられる。

Fig.4
Fig.4

ESR spectra of DMPO-C2H5 adduct in the presence of β-CD and simulated spectra: [DMPO]0 = 2.5 × 10-3 mol dm-3. [β-CD]0 = (a) 0, (b) 2.5 × 10-3 mol dm-3, (c) 20 × 10-3 mol dm-3.


 スピンアダクトのESRスペクトルに及ぼすCDの添加効果より、トラップ剤(DMPO)の約10倍過剰のCDが存在すれば発生したスピンアダクトのすべてが包接化合物を形成することがわかった。大過剰のCD存在下で、ESRスペクトル強度の時間変化をFig.5に示した。DMPO-C2H5アダクトの3種類のCDによる包接安定化の違いに関する興味深い結果が得られた。DM-β-CDの包接により、スピンアダクトの安定化はほとんど観測されないが、β-CDおよびG-β-CDの添加により、スピンアダクトは著しく減衰速度が減少し、アダクトの安定化が伺える。この減衰カーブもまた式3の1次反応に従い、減衰速度定数および半減期を見積もった。Table 1にはメチルラジカルアダクトの減衰に関する結果とともに減衰に及ぼすCDの効果を示している。CDの包接によるDMPOアルキルラジカルアダクトの安定化については、β-CDまたはG-β-CDを用いるのが効果的であり、半減期が約2.5倍大きくなるという顕著な安定化効果が実現した。

Fig.5
Fig.5

Plots of ESR-spectral intensity against time for DMPO-C2H5 in β-CDs: [DMPO]0 = 3.0 × 10-3 mol dm-3.
(●): [CD]0 = 0, (△): [β-CD]0 = 15 × 10-3 mol dm-3, (□): [DM-β-CD]0 =20 × 10-3 mol dm-3, (▽): [G-β-CD]0 = 20 × 10-3 mol dm-3.


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2.2 イオン性ラジカルスピンアダクトの包接による安定化

 生体内または環境中で亜硫酸塩の酸化によって亜硫酸ラジカルアニオンが生成することはよく知られている。これまでスピントラップ法での亜硫酸ラジカルアニオンについての研究においては、亜硫酸ナトリウムの光分解により亜硫酸ラジカルアニオンを発生させた研究例が多い。最近、Potapenko10,11)らは亜硫酸イオンがDMPOの2重結合部分に求核付加反応を起こすことを報告した。彼らの報告に従うと、亜硫酸ラジカルアニオンの発生のために亜硫酸イオンを使用し、DMPOによるスピントラップの研究をおこなう場合、溶媒のpHおよび亜硫酸塩の濃度に伴いDMPOの濃度が変化することに注意しなければならない。これまでに報告されているスピンアダクトの安定性およびトラップ速度については、トラップ試薬と亜硫酸イオンとの反応を考慮した再検討が必要である。研究の詳細は省略するが、DMPOによる亜硫酸ラジカルアニオンのトラップ速度のpH依存を調べた結果、pH > 9.0の塩基性条件下でおこなえば上記付加反応は無視できることがわかった。また、亜硫酸イオンのα-Phenyl-N-t-butyl-nitrone (PBN)への付加反応はおきないことをNMR測定により確認した。

Fig.6
Fig.6

ESR spectra of DMPO-SO3- adduct in the presence of G-β-CD and simulated spectra: [DMPO]0= 1.79 × 10-3 mol dm-3. [G-β-CD]0 = (a) 0, (b) 1.79 × 10-3, (c) 100 × 10-3 mol dm-3.


 亜硫酸ラジカルアニオンのDMPOによるスピンアダクト(DMPO-SO3-)もまたイオン性のラジカル種である。一般に、CDは疎水性の化学種(又は官能基)と安定な包接化合物を形成するが、イオン性のものとは包接化合物を形成しにくい。従って、生成したDMPO-SO3-アダクトをCD内に包接するためには大過剰のCDが必要である。β-CDは水への溶解性が低く、生成したすべてのイオン性スピンアダクトDMPO-SO3-を包接させることはできなかったので、水への溶解性が高いG-β-CDを用いたところ、イオン性アダクトも包接によって安定化することを見出した。Fig.6にはG-β-CD存在下でのDMPO-SO3-のESRスペクトルを示した。G-β-CDの添加に伴いESRスペクトルの様相が次第に変化し、hfccが変化したラジカル種が現れてくることがわかる。Fig.6a6cのスペクトルを任意の割合で足し合わせることで、Fig.6bのスペクトルが再現されている。Fig.6cに示したラジカル種がDMPO-SO3-アダクトの包接化合物であり、生成したすべてのラジカルアダクトを包接するにはトラップ試薬の約100倍過剰のG-β-CDが必要であった。DMPOアルキルアダクトの包接化合物形成時のAN値の変化量に比べて、DMPO-SO3-アダクトの場合のAN値の減少量が小さいのは、包接化合物の構造に起因するものである。DMPO-SO3-アダクトの包接化合物においては、イオンである-SO3-が包接されずCDの外に位置するため、N-O基のCD空洞内への挿入も浅いものと推測される。

Fig.7
Fig.7

Plots of ESR-spectral intensity against time for (a) DMPO-SO3- and (b) PBN-SO3-: (a) [DMPO]0 = 1.0 × 10-3 mol dm-3. [G-β-CD]0 = (●) 0 and (○) 101× 10-3 mol dm-3. (b) [PBN]0 = 2.0 × 10-3 mol dm-3. [G-β-CD]0 = (●) 0 and (○) 195 × 10-3 mol dm-3.


 DMPO-SO3-アダクトのESRシグナル強度の時間変化はFig.7に示した。DMPO (Fig.7a)、PBN (Fig.7b)のいずれのトラップ試薬においても、生成したSO3-アダクトの減衰は速く、短寿命であることがわかる。Fig.7には、大過剰のG-β-CDを加え、アダクトの減衰に及ぼすCD包接の効果も同時に示している。G-β-CDの包接により、アダクトの減衰が明らかに抑制されることがわかる。その他、いくつかのDMPO類似体によるアダクトの減衰の半減期およびCD包接の及ぼす効果を調べ、Table 2にまとめた。G-β-CDの添加により、DMPOおよびDEPMPOのアダクトの減衰の半減期は約4倍大きくなっている。また、DPPMPOによるアダクトDPPMPO-SO3-の包接化合物形成に伴うAN値の減少量は他のものに比べて小さく、CDによる安定化効果が2倍程度しか得られていない。これはDPPMPO-SO3-のG-β-CDによる包接箇所の違いによるものであろう。詳細は次節で議論する。いずれにしても、亜硫酸ラジカルアニオンアダクトのG-β-CDの包接による安定化は顕著であり、半減期が2〜4倍程度大きくなるというアダクトの安定化効果が得られた。

Table 2

Hfcc, rate constants and half-life times for
the decay reaction of SO3--adducts

Traps CD AN/mT AH/mT AP/mT 103k (s-1) t1/2 (s)
DMPO _ 1.453 1.615 _ 9.5 70
DMPO G-β-CD 1.424 1.552 _ 2.4 280
PBN _ 1.498 0.197 _ 67.3 10
PBN G-β-CD 1.468 0.237 _ 24.9 24
DEPMPO a) _ 1.358 1.521 5.002 1.89 370
DEPMPO a) G-β-CD 1.304 1.304 5.005 0.43 1620
DEPMPO a) _ 1.294 1.497 3.812 0.61 1130
DEPMPO a) G-β-CD 1.280 1.412 3.972 0.30 2310
a) 

DEPMPOおよびDPPMPOによるトラップにおいては、それぞれジアステレオマーが生成する可能性がある。上記の値はtrans体のhfccである。cis体の生成はわずかではあるが、DEPMPOにおいてはAP = 3.284 mT、AN = 1.443 mT、AH = 1.627 mT と帰属された。DPPMPOについては帰属できるほど十分に観測できなかった。

α-Phenyl-N-t-butyl-
nitrone (PBN)
5-Diethoxyphosphoryl-5-
methyl-1-pyrroline
N-oxide (DEPMPO)
5-Diphenylphosphoryl-5-
methyl-1-pyrroline
N-oxide (DPPMPO)

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3.トラップ速度に及ぼす包接の効果

3.1 トラップ相対速度の見積もり

 これまではCDの包接によるスピンアダクトの安定化について紹介した。スピンアダクトとトラップ試薬の構造は類似しており、スピンアダクトがCDの空洞内に包接されるのであれば、トラップ試薬もまたCDに包接されるであろう。実際、DMPOおよびPBNのCD包接化合物形成に際してのNMRプロトンシフトを測定すると、DMPOではC(3)-HとC(5)-CH3、PBNではt-butyl基のプロトンシフトが大きく、Fig.8に示した包接化合物の形成が推測される。あらかじめ系内にCDを加えておいて、短寿命ラジカルをトラップする場合、Fig.8に描いたように、CD内に包接されたトラップ試薬が短寿命ラジカルをトラップすることになる。トラップ試薬は発生した短寿命ラジカルを即座にトラップする必要があり、トラップ試薬がCDに包接されることにより、トラップ速度にはどのような影響があるかについて検討しておく必要がある。トラップ試薬によるラジカルトラップ速度は非常に速いが、2種類のトラップ試薬による競争反応を利用し、容易に反応速度に関する有用な情報を得ることが出来る。我々はこれまでに、トラップ競争反応により、種々のニトロン系トラップ剤によるヒドロキシラジカルのトラップ速度に及ぼす置換基の効果等についての報告をしている12)。同様の方法を適用し、CDに包接された2種類のトラップ試薬によるラジカルトラップ速度比の決定の1例を紹介する。DMPOとPBNの2種のトラップ試薬の入った溶液に大過剰のβ-CDを加え、そこにエチルラジカルを発生させたとき生成するスピンアダクトのESRスペクトルをFig.9に示した。そのESRスペクトルは、それぞれDMPOおよびPBN由来の窒素核と水素核による6本線の2組から成っている。

Fig.8
Fig.8 lnclusion complexes of (a) DMPO and (b) PBN with β-CD.

Fig.9
Fig.9

ESR spectrum obtained after UV-photolysis in the aqueous solution of (C2H5)3PbOAc, DMPO, PBN and β-CD: [(C2H5)3PbOAc]0 = 3.02×10-3, [DMPO]0 = 0.50×10-3, [PBN]0 = 1.03×10-3 and [β-CD]0 = 16.2×10-3 mol dm-3.


 2種類のトラップ試薬がともにCD空洞内に包接され、それら2種類の包接化合物によるエチルラジカルのトラップ競争反応はFig.10の反応式に従って進行する。従って、包接された2種のトラップ試薬によるトラップ相対速度比(R2/R1)は式5のように表される。左辺の2つのラジカルアダクトの生成速度比は、Fig.9のそれぞれのスピンアダクトのESRスペクトルよりラジカル生成比(2重積分比)を計算し、トラップ試薬の初濃度比に対してプロットするとFig.11のようになる。Fig.11には、CDを添加した場合と添加していない場合を示しているが、いずれも原点を通る直線が得られる。これは上の反応機構が妥当であることを示している。式5に従い、傾きより2つのトラップ試薬によるラジカルトラップ速度比を見積もることができる。種々のCD存在下でトラップ試薬を組み合わせ、それぞれのラジカルトラップ相対速度を求め、Table 3(PBNのトラップ速度定数に対する相対値)にまとめた。Fig.8に示したトラップ試薬の包接化合物のNMR法による推定構造からわかるように、DMPOではラジカル捕捉サイトは、CDの空洞内に入っているのに対し、PBNではCDの淵の近くではあるがCDの空洞の外にある。DMPOよりPBNでのトラップの方が、CDのトラップ速度への影響はより少ないことが予測できる。

Fig.10
Fig.10 Reaction scheme of competitive spin trapping.

Fig.11
Fig.11

Plots of relative rate R2/R1 against the ratio of initial concentration of traps (PBN and DMPO): (○) [CD] = 0 and (●) [β-CD] = 15.0 × 10-3 mol dm-3.


R1
R2

=

 d[PBN-C2H5-CD]/dt
d[DMPO-C2H5-CD]/dt
 

=

kPBN
kDMPO
[PBN-CD]0
[DMPO-CD]0

=

kPBN
kDMPO
[PBN]0
[DMPO]0

  (5)

 同様の競争反応法(式5)を用いて、イオン性ラジカルであるSO3-・のニトロン系トラップ試薬によるトラップ速度定数を決定し、また、トラップ相対速度のCD包接効果を調べた。ここでは、G-β-CDに包接された2種のスピンアダクトのESRスペクトルの分離を容易にするために、5位にリン原子を有するDMPOの誘導体およびPBNを用いてイオン性ラジカルのトラップ速度について調べた。G-β-CDにより包接された2種類のトラップ試薬がSO3-・ラジカルをトラップし、生成した2種のアダクトのESRスペクトルの1例をFig.12に示した。Fig.12は、DMPOとDPPMPOとの競争により生じたラジカル種のESRスペクトルである。DPPMPOアダクトの5位のリン原子の大きなhfccのために、2種のラジカル種が比較的よい分離を示している。帰属は図中に示したとおりであり、2種のラジカル種の足し合わせにより、観測したESRスペクトルがうまく再現されている。種々のトラップ剤を用いて得られたイオン性ラジカルSO3-・のPBNに対するトラップ相対速度定数およびそのG-β-CD包接効果はTable 4にまとめた。

Fig.12
Fig.12

ESR spectrum obtained after UV-photolysis in the presence of G-β-CD: [DMPO]0 = 3.0×10-3, [DPPMPO]0 = 3.17×10-3 and [G-β-CD]0 = 300×10-3 mol dm-3.


Table 3

Relative spin trapping rates (k/kPBN) for ethyl and
methyl radicals in the presence of β-CDs

Traps k/kPBN (Ethyl radical trapping) k/kPBN (Methyl radical trapping)
- β-CD DM-β-CD G-β-CD - β-CD DM-β-CD G-β-CD
DMPO 8.8 5.0 4.8 5.8 14.7 8.9 8.6 10
2-Ph-DMPO 0.12 0.36 0.42 0.47 0.26 0.48 0.48 0.49
PBN 1 1 1 1 1 1 1 1
4-POBN 4.9 3.3 3.7 4.1 2.9 2.8 3.2 3.8
 α-(4-Pyridyl-1-oxide)-N
-t-butylnitrone (4POBN)
   2-Phenyl-5,5-Dimethyl-1-
pyrroline N-oxide (2-Ph-DMPO)

Table 4

Relative spin trapping rates (k/kPBN) for SO3-・radical

Traps k/kPBN 10-7k a) k/kPBN(G-β-CD) b)
PBN 1 0.035 1
DMPO 34 1.2 c) 18
DEPMPO 50 1.8 25
DPPMPO 41 1.5 49

a) dm3 mol-1 s-1. b) Spin trapping in the presence of G-β-CD. c) Cited from Ref. 14.


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3.2 ラジカルトラップ相対速度に及ぼすCD包接の効果

 アルキルラジカルのトラップにおいて(Table 3)、PBNの類似体である4-POBNでは、CDによる包接箇所の類似性のため、PBNとのトラップ相対速度に対する顕著な包接効果は観測されていないのに対し、DMPO/PBN系では明らかに包接に伴うトラップ相対速度比の顕著な減少が観測されている(約60%の相対速度比減少)(Table 3)。DMPOにおいてはラジカルトラップサイトがCDの空洞内あり、CDによりラジカルのトラップが阻害されていることを示唆している。一方、2-Ph-DMPO/PBN系では、逆に包接に伴い相対速度比は大きくなっている。2-Ph-DMPO の2-位のかさ高いフェニル基のためにラジカルトラップサイトがCDの外に露出していると推測され、PBNよりもCDの影響が少ないと考えることができる。水溶液中でのDMPOおよびPBNによるエチルラジカルのトラップ速度定数はそれぞれkDMPO = 1.6 × 107 dm3 mol-1 s-1およびkPBN = 1.8 × 106 dm3 mol-1 s-1と報告されている13,14)。DMPOがβ-CDに包接され、短寿命エチルラジカルのトラップ速度定数が半減したとしても、kDMPO = 9 × 106 dm3 mol-1 s-1という速い速度で短寿命ラジカルをトラップできることがわかる。

 イオン性ラジカルであるSO3-・のトラップ相対速度については、Table 4に示したように、DMPO誘導体によるSO3-・のトラップ速度はPBNでのトラップに比べて34〜50倍速いことがわかる。また、G-β-CDを添加することにより、DMPO誘導体では興味深い結果が得られている。G-β-CD存在下の包接されたDMPOおよびDEPMPOによるPBNに対するラジカルトラップ速度比(k/kPBN(G-β-CD))は、G-β-CDを添加しない場合(k/kPBN)に比べてトラップ速度比が半減している。ところがDPPMPOではほとんどCDの影響を受けていない。前述のように、DMPOはピロリン環部分がCDの空洞内に深く包接されている。そのような構造の包接されたトラップ剤に親水性のイオン性ラジカルがトラップされるためには、疎水性であるCDの中に入りこまなければならない。そのためにトラップ速度の減速が起きているものと思われる。一方、DPPMPOにおいては、PBNとのトラップ速度比に対するCD添加効果が観測されていない。この挙動の違いについては、先に述べたようにCDによる包接箇所の違いに原因があると考えられる。DPPMPO-SO3-の包接に伴うAN値の減少量が小さいこと(Table 2)、また、相対速度比へのCD添加の影響が観測されないことから、DPPMPOはピロリン環側からよりむしろ、2位のリン原子上のフェニル環側から包接されていると考えれば、上の結果を容易に説明することができる(Fig.12の包接化合物の構造を参照)。

 DPPMPOは、CDの包接によりラジカルのトラップ速度に大きな影響を受けることがないにもかかわらず、包接によりスピンアダクトが安定化するという優れた特徴をもっているといえる。

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4.おわりに

 本稿では、いくつかのトラップ試薬による短寿命ラジカルのトラップを例に挙げ、ESR法による研究の有用性を示しながら、CDの包接によるスピンアダクトの安定化効果およびトラップ速度に及ぼす効果について紹介した。トラップ試薬やトラップされるラジカル種の違いにより、CDの包接挙動も変化するであろう。包接現象の利用は容易にスピンアダクトの安定化が得られる方法のひとつであり、修飾CDのひとつの利用法として注目したい。修飾CDの応用は、医薬品、食品などの分野以外にも、今後、ますます盛んになると期待している。

 なお、本研究はオクラホマ医学研究所研究員、Y.Kotake博士との共同研究から発展したものであり、研究を進めるにあたり多くの有益な助言を頂いた。ここに深く感謝いたします。また、研究を共にした学生の宮田敦士君に謝意を表する。

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参考文献

1) E. G. Janzen, Acc. Chem. Res., 1971, 4, 31.

2) G. R. Buettner, Free Radic. Biol. Med., 1987, 3, 259.

3) G. R. Buettner and L. W. Oberley, Biochem. Biophys. Res. Commun., 1978, 83, 69.

4) K. Makino, H. Imaishi, S. Morinishi, T. Takeuchi and Y. Fujita, Biochem. Biophys. Res. Commun., 1986, 141, 381.

5) ナノマテリアル・シクロデキストリン、シクロデキストリン学会編、米田出版、2005.

6) H. Karoui and P. Tordo, Tetrahedron Lett., 2004, 45, 1043.

7) Y. Kotake and E. G. Janzen, J. Am. Chem. Soc., 1989, 111, 5138.

8) Y. Sueishi, H. Tobisako and Y. Kotake, J. Phys. Chem. B, 2004, 108, 12623.

9) Y. Sueishi, M. Negi and Y. Kotake, Chem. Lett., 2006, 35, 772.

10) D. I. Potapenko, E. G. Bagryanskaya, V. V. Reznikov, T. L. Clanton and V. V. Khramtsov, Magn. Reson. Chem., 2003, 41, 603.

11) D. I. Potapenko, T. L. Clanton, E. G. Bagryanskaya, N. P. Gristsan, V. A. Reznikov and V. V. Khramtsov, Free Radic. Biol. Med., 2003, 34, 196.

12) Y. Sueishi, C. Yoshioka, C. Olea-Azar, L. A. Reinke and Y. Kotake, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2002, 75, 2043.

13) Y. Sueishi, D. Yoshioka, C. Yoshioka, S. Yamamoto and Y. Kotake, Org. Biomol. Chem., 2006, 4, 896.

14) T. Taniguchi and K. P. Madden, J. Am. Chem. Soc., 1999, 121, 11875.

氏名 末石 芳巳(Yoshimi Sueishi)
所属 岡山大学大学院自然科学研究科 機能分子化学専攻
所在地 〒700-8530 岡山市津島中3-1-1
TEL:086-251-7834 FAX:086-251-7853
E-mail:ysueishi@cc.okayama-u.ac.jp
出身大学 岡山大学大学院理学研究科化学専攻
学位 理学博士(大阪大学)
専門分野 磁気共鳴(ESR)、高圧化学、超分子化学
主な著書 (1) 現代化学の基礎 (培風館)
(2) 高圧研究機器設計図集 (北斗プリント社)

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