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2光子励起を利用した水溶性ユーロピウム錯体のバイオイメージングにおける応用

株式会社同仁化学研究所 野口 克也

 現在、生化学分野において様々なバイオイメージング手法を用い、種々のタンパク質やイオンなどの観察や動態を調査することが必須となってきている。特に近年、バイオイメージングで用いられる共焦点顕微鏡など光学機器の発展は目覚しく、一昔前まで観測できなかったものができる時代となっている。例えば、今までFluo-4などCaプローブを用いた研究において、通常の蛍光顕微鏡では平面的にしかCaイオンの分布がわからなかったものが、共焦点顕微鏡により、細胞中のCaイオンの分布を立体的に捉えることができるようになった。共焦点顕微鏡は画像のピンボケが少なく、空間的解析ができるなど、万能のように認識されていることも多いが、レーザー光(特にUV領域)による細胞に対する光毒性や蛍光色素の退色、厚い標本の深部観察が50-60μmまでしか観察できないなどの問題点がある。

 それに対し、1990年にWebbらにより考案された2光子励起顕微鏡は(1)励起波長が生体を透過しやすい近赤外領域であるため、細胞に対する光毒性が少なく、一般的な装置で700μmぐらいまで深部観察ができる、(2)2光子励起のため、励起される領域が非常に小さく、蛍光色素の退色が最小限に抑えられる、という特徴をもっている。通常、ある波長(λexとする)の1つの光子で励起状態になるのが、2光子励起という現象では2倍のλexの2つの光子を同時吸収して励起状態になる(→近赤外での励起が可能)。また、2光子励起は光子密度が極端に高い場所でしか起きず、その確率は焦点からの距離の2乗に比例して低下するため、焦点近傍でのみで生じる(→色素の退色による影響減)。以上のことから、2光子(または多光子)励起顕微鏡はバイオイメージングに非常に適した光学機器であるといえる。

 今回、A. Picotらが開発した2光子励起可能なピリジンジカルボン酸(DPA)誘導体の配位子(L1)をもつユーロピウム錯体蛍光色素について紹介する。2光子励起に用いる蛍光色素について重要な値となるのが2光子吸収断面積である。この2光子吸収断面積はGMという単位で表され(1 GM = 1×10-50cm4・s・photon-1)、励起効率を示す指標の一つであり、この値が大きいほうが蛍光強度が強くなる。例えば、よく使用される蛍光色素であるFluoreceinは840nmで励起したときに40GMである。A. Picotらは最初にピリジンジカルボキシアミド誘導体の配位子(L0)を合成し、720nmで励起したときに96GMを示すユーロピウム錯体[EuL03][OTf]3を作成した。しかし、その錯体は有機溶媒にのみ安定で、水中では不安定であったため、生化学への応用が難しかった。次に合成した配位子L1をもつユーロピウム錯体[Na]3[Eu(L1)3]は水溶性で水中でも安定であり、長い蛍光寿命をもち、近赤外である700-750nmで2光子励起可能であるという特徴を有している。


Fig.1 ユーロピウム錯体


Fig.2 1光子励起と2光子励起における励起領域

 配位子L1はアルコキシ基のドナー部分からピリジン環のアクセプター部分への電荷移動遷移に由来する318nm (25600 L・mol-1・cm-1)を中心としたブロードなUV-visスペクトルを水中で示すが、Eu3+との錯形成によって、少しレッドシフト(332 nm, 78700 L・mol-1・cm-1)した。また、[Na]3[Eu(L1)3]錯体の蛍光スペクトルは配位子の電荷移動遷移における励起により非常に強い5D07F2遷移を伴う特徴的なEu3+発光特性(λem = 613 nm)を示し、量子収率は約15.7%と良く、水中における蛍光寿命は他の有機発色団(数ナノ秒)より1.062msとはるかに長かった。そして、[Na]3[Eu(L1)3]錯体の700nmにおける極大2光子吸収断面積は約92GMを示した。

 さらに、2光子励起顕微鏡と[Na]3[Eu(L1)3]錯体を用いて、T24細胞のバイオイメージングを行った。T24細胞を-20℃のエタノール中で固定し、錯体濃度 約2 x 10-5 mol・L-1・cm-1のPBS溶液をロードした。760nmで励起した2光子励起顕微鏡画像を位相差画像と比較した結果、錯体は主に細胞核周辺に分布しており、その分布は小胞体の分布と似ていた。加えて、強い蛍光が細胞核に見られ、特に核小体部分で最も強かった。

 A. Picotらの報告は、2光子励起とランタニド錯体蛍光色素の遅延蛍光を用いた2光子励起時間分解顕微鏡への応用を示唆するものである。時間分解を利用することにより、細胞の自家蛍光の影響を抑えることができると思われる。今後、この技術から様々な知見が得られることが期待される。

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参考文献

1) A. Picot, A. D'Ale'o, P.L.Baldeck,A .Grichine, A. Duperray,C. Andraud, and O. Maury. J. Am. Chem. Soc.,2008,130(5),1533.

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