![]() |
トップページ > 抗体医薬を目指したBicyclic peptides の作製技術 |
![]() |
![]() |
![]() |
抗体医薬を目指したBicyclic peptides の作製技術株式会社同仁化学研究所 池上 天 2009年、英国Medical Research Council 分子生物学研究所(所長Greg Winter)が開発した新たなペプチド抗体の作製技術が話題となった。この手法は、抗体医薬品の開発・製造工程から生物学的プロセスを減らした化学的手法により、これまでの抗体作製の課題である性能の不確実性や製造コストの低下を目標に進められている。今回は、この技術によって産み出されるbicyclic peptideについて紹介する。 抗体の高い特異性を活かした抗体医薬は、人工的に作製された抗体を患者に投与することで、生体内の特定物質のみを標的に攻撃・治療するため、低分子医薬品と比較して副作用が少ないと言われている。抗体医薬の開発は、欧米の製薬企業が先行しているものの、国内の大手製薬企業もガン、自己免疫疾患、新型インフルエンザ等を標的とした抗体の開発を加速している。国内市場も現状を反映し、2004年の433億円から3年で1130億円へ増加、2017年には3400億円へ達する見込みである(富士経済調べ)。このような流れの中、抗体医薬の作製技術は、医薬品開発に向けた幾多の課題を克服する度、日々、進化を遂げている。マウス抗体に始まり、その副作用を抑えるキメラ抗体、ヒト化および完全ヒト抗体の作製法が開発された。その後、phagedisplay、ribosome display、mRNA display など無細胞系作製法の登場により、その作製能力が飛躍的に向上したことで、様々な抗体ライブラリーの作製が、また、抗体の低分子化が可能となった。Bicyclic peptideは、抗体作製技術を更に進化すると期待され、特徴は化学反応により形成する二つのループ構造を有するペプチドで、抗体の相補性決定領域(complementarity determiningregion,以下、CDR)に存在するペプチドのループ構造を模している。 Heinisらは、一定間隔で三つのシステイン残基が位置するよう設計されたペプチドをphage displayで発現させた後、Tris-(bromomethyl)benzene(以下、TBMB)を足場とした二つのループ構造を形成するペプチド作製を試みた(Fig.1)1)。この手法は、Timmermanらの報告2)を参考とし、ペプチドへループ構造を導入するアプローチとして利用されている3)。ペプチドとTBMB との反応は、室温(20〜25℃)、水溶液中で速やかに進行するため、特別な装置、操作を必要としない点でも有効な手段である。実施例として、各システインの間にランダムに6つのアミノ酸を有する(Cys-(Xxx)6-Cys-(Xxx)6-Cys)ペプチドをphagedisplayにより作製し、ヒト血清中のタンパク分解酵素(human protease plasma kallikrein)に対する阻害活性評価を行った。4.4×109種類のペプチドライブラリーからバイオパニングによる絞り込み(Mutant: PK1〜13)、これらを基に遺伝子配列の改変を経てより親和性の高いペプチド(Mutant:PK14〜23)を作製した(Fig.1,2)。更に、高い阻害活性を示すPK2,PK4,PK6,PK13,PK15のペプチドに対して、固相合成法により、17残基のペプチド5種類を作製した。 ![]()
![]() これらのペプチドの酵素阻害活性は、TBMB存在の有無、つまり、2ループ型か直鎖型かの違いにより大きな差が現れ、ループ型とすることで最も低いケースでも250倍阻害活性が高められた(Table1)。また、同じループ型においても、phage displayで得られたペプチドPK15のIC50値が30nmol/Lであるのに対して、固相合成ペプチドPK15はIC50値1.7nmol/Lと、その効果が高められたことも判明した。Heinisらは、前者のペプチド末端に連結する繊維ファージ由来のコートタンパク質gp3のD1-D2ドメインによる立体障害が原因と考察している。 ![]() 更に、血液凝固第XII 因子は、plasma kallikrein による加水分解を受けて第XIIa 因子へと変換されるのだが、160 nmol/L のPK15 の存在で、第XIIa 因子の活性が50% 低下した。これは、plasma kallikrein 阻害剤として知られているaprotinin (6 kDa, セリンプロテアーゼ阻害剤) を5 μmol/L とした場合と同等の効果を示す。なお、類似した系の血液凝固第XIa 因子やmouse plasma kallikrein に対しては、阻害活性を示さないことも確認された。in vitro での評価結果ではあるが、天然の抗体や阻害物質に匹敵する性能を示していると言えるだろう。 この他、Litovchickらは、mRNA display によりHCV IRES RNA に対するモノループ型ペプチド阻害剤を、dibromo-m-xyleneを用いて達成している3)。勿論、mRNA displayの系においても、TBMBが適用され、2ループ構造のペプチドは作製可能と推察できる。今後、ペプチド固相合成とTBMBによる化学合成によって、アミノ酸配列を自由に設計でき、かつ、一定品質のペプチド抗体の大量生産が実現性を帯びてきた。 専門家の間では、実用化は10年先頃と目されている。それは、生体内での効果や安定性、毒性などの検証が数多く残されているためである。ただ、実現すると、高コストの抗体医薬製造において革新的な技術であることには違いない。しかし、前述した通り、現在、大手製薬メーカーは、開発費が高くとも低分子医薬品に比べ上市の確率が高いとされる抗体医薬に注力している。これは、抗体医薬そのものの構造解析が難しく、また、高度な製造ノウハウが要求されるため、後発製薬メーカーを振り切る意味でも当然の選択だが、全化学合成による抗体作製の実用化が近づくにつれ、これら抗体医薬開発を取り巻く環境も変化していくと考えられる。 参考文献
1) C. Heinis, T. Rutherford, S. Freund and G. Winter, Nat. Chem. Biol ., 2009 , 5 , 502-507.
|
Copyright(c) 1996-2010 DOJINDO LABORATORIES,ALL Rights Reserved. |