ホウ素中性子捕捉療法( BNCT )に用いる腫瘍標的ホウ素アミノ酸 BPA の動態研究
Dynamics of BPA, a tumor targeted boron amino acid for boron neutron capture therapy ( BNCT )
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服部 能英 大阪公立大学 BNCT 研究センター |
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切畑 光統 大阪公立大学 BNCT 研究センター |
Abstract
The boron amino acid p-borono-L-phenylalanine (BPA), which has selective tumor seeking activity, is used as an active ingredient of the boron drug Steboronine® in the insurance treatment of BNCT for head and neck cancer. Here, after discussing the requirements for boron compounds (boron carriers) based on the principle of BNCT , the mechanism of BPA uptake, intracellular microdistribution analysis, and dynamic analysis of BPA by PET probe [ 18 F] FBPA will be described.
1. はじめに
低侵襲な次世代のがん治療として注目されているホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy, BNCT )の保健医療は、我が国において 2020 年 6 月に開始された。世界に先駆けて始まった頭頸部がんを対象とする BNCT 医療では、中性子発生源の加速器と腫瘍に選択集積するホウ素薬剤が組み合わされて実施され、ホウ素薬剤には、p-borono-L-phenylalanine(BPA、図 2 )を有効成分とするステボロニン® { 一般名: ボロファラン(10B)}が使用されている。
BNCT は 10 B-ホウ素と低エネルギーの熱(外)中性子間の核反応を基盤とするがん治療であり、腫瘍に選択集積するホウ素化合物(ホウ素担体)が BNCT の成否を左右する鍵要素と云われ、これまでに多くの候補となるホウ素化合物や DDS が報告されて来たが、本稿では、 BNCT の原理と BNCT 用ホウ素化合物の要件、開発動向等について述べ、次いで実医療が達成された BPA とその関連化合物の動態解析を中心に解説する。
2. ホウ素中性子捕捉療法( BNCT )の原理とホウ素化合物
BNCT の原理と概念は、中性子発見から 4 年後の 1936 年に、G. L. Locher(米)によって提唱された1)。これによれば 10 B-ホウ素を取りこませたがん細胞に熱中性子(1nth)を照射してホウ素中性子捕捉反応(BNCR)を惹起させ、この時に発生した α 粒子 (4He)、リチウム反跳核(7Li)、即発γ線および熱エネルギーにより、反応場の DNA や細胞内小器官を損傷させて死滅に導くことを基本原理としている。BNCR 反応で生じる α 粒子 およびリチウム反跳核の飛程は、それぞれ 9μm、4μm と細胞径内に収まり、周囲の正常細胞等に与える影響は小さく、 BNCT ががん細胞選択的治療と呼ばれる根拠となっている(図 1)。この原理から、がん細胞に選択的に集積する 10 B-ホウ素(ホウ素化合物)が BNCT の鍵要素であることが理解される。
3. BNCT 用ホウ素化合物の要件と開発動向 分子標的ホウ素担体
ホウ素担体として BNCT 用ホウ素化合物に求められる要件や特性等は、総説等2),3)で報告されているが、ここでは我々がホウ素化合物開発の指標としている要件の一部を示した。
①腫瘍細胞に対する選択的集積性
・腫瘍細胞/正常細胞の比率(T/N 比)が 3 以上
・20-40 ppm の腫瘍内ホウ素濃度
② がん細胞に高発現する受容体や輸送体などを標的分子として、ホウ素を選択的、かつ効率的に送達し得る“ 分子標的ホウ素担体” としての特性
③血中投与に耐える低毒性と安全性の保障
④ PET や SPECT などによる動態のイメージング化が可能
⑤ 1 分子あたりのホウ素占有率が高く中性領域で水溶性
これまでに BNCT のホウ素薬剤候補として多くのホウ素化合物や DDS が報告されているが、臨床実績を有するのはホウ素アミノ酸の BPA と籠型ホウ素クラスターの BSH の 2 つに止まっている( 図 2 )。BPA は分子標的ホウ素担体として、腫瘍に特異的に高発現する中性アミノ酸輸送系 LAT1 を介して輸送・集積され、上記の多くの要件にも適合している。活発な細胞増殖を続けるがん細胞では、増殖に不可欠な糖やアミノ酸などに対する栄養要求性が旺盛で、ワールブルク効果に代表される特異なエネルギー獲得系や輸送系が報告されている。BPA や FBPA の輸送に関係する中性アミノ酸輸送系 LAT にはサブタイプが存在し、この内、LAT1 は多くのがん腫で、また LAT2 は正常細胞に発現することが知られている4)。このようながん細胞の特異な栄養要求性に基づく代謝や輸送系に着目した分子標的ホウ素担体は、高い T/N 比と集積性の要件を同時に達成し得る可能性があり、この領域における新規化合物の開発が期待されるところである。また、今後の分子標的ホウ素担体の開発研究においては、これまでの腫瘍内ホウ素濃度、T/N 比の要件に加え、集積機構、体内動態、イメージング化を重視した研究が主流になっていくと考えられる。
4.ホウ素化合物の組織・細胞内分布の可視化と BPA の分布解析
BNCT ではその原理から、ホウ素化合物(ホウ素担体)は細胞膜上に存在するのではなく、細胞内に集積することが理想であると考えられている。このような観点から、ホウ素化合物の細胞内分布や集積機構の解析は、新規なホウ素化合物の研究開発において非常に重要であると考えられる。
これまでに、ホウ素薬剤の組織・細胞内分布を可視化するための手法としてαオートラジオグラフィーや Nano-SIMS など、様々な方法が報告されている。筆者らは、BPA や BSH を特異的に認識するモノクローナル抗体や、ホウ酸基・ボロン酸基と錯体を形成して蛍光を発する「ホウ素センサー」5)を開発、腫瘍細胞内に取り込まれた種々のボロン酸誘導体を可視化することに成功し、BPA の腫瘍細胞内分布を可視化した。 図 3 に示したように BPA は細胞核、細胞質を含む細胞全体に広く均一に分布しており、この画像は BPA-BNCT の高い奏効率を裏付けている。我々はまた、「ホウ素センサー」を用いて BPA、FBPA の取り込みをライブセルで可視化、画像化にも成功している6)。今後、進展が予想される新規な分子標的ホウ素担体の開発研究においては、可視化のための誘導体化やツール分子の開発と同時に、これらを用いる解析手法の確立が課題になると考えられる。
5. PET プローブ[ 18F]FBPA による BPA の動態解析
BPA とその[ 18F] フッ素標識体である [ 18F]FBPA(以下、 18 FBPA、 図 2 )は、同じアミノ酸の母核を有し、両者は、LAT1 を介する腫瘍内選択輸送をはじめ、ほぼ同様の生物活性と動態を示すことが知られている7)。また、BPA- BNCT の臨床においては、 18 FBPA PET(陽電子断層撮影)診断による、BPA の取り込み状況や T/N 比等を総合的に評価して BNCT 適応の可否が判断され、治療計画に活用されている。腫瘍に選択集積する 18 FBPA は、 BNCT 治療のみならず、PETがん検査・診断のプローブ分子としても有用で、適用研究が進んでいる。BPA は BNCT 治療に、また、その標識体 18 FBPA は診断に有効であることから、BPA は広い意味でのセラノスティックス(theranostics)な化合物と考えられる。
我々はこのような 18 FBPA の幅広い有用性に着目し、従来の求電子的フッ素化(エフプラス)法に代わる求核的フッ素化(エフマイナス)法を考案し 18 FBPA の新規大量合成法を確立した8)。
6. おわりに
概念提唱から 86 年を経て、頭頸部がんを対象に 2020 年 6 月に始まった BPA-BNCT は悪性脳腫瘍、悪性黒色腫、血管肉腫などを対象として適応拡大が図られている。一方、BNCR による損傷と修復機構の分子や遺伝子レベルでの解明や新規ホウ素化合物の開発など、 BNCT には残された課題も多い。 BNCT は広範で多様な学術領域と要素技術を包含する集学的がん治療でありこれらの叡智を結集した学術基盤の確立とさらなる高度化が望まれる。
[ 著者プロフィール ] | |
氏名 | 服部 能英(YOSHIHIDE Hattori) |
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所属 |
大阪公立大学 BNCT 研究センター 〒599-8531 堺市中区学園町1-1 TEL 072-254-6424 FAX 072-254-6421 |
出身学校 | 近畿大学大学院総合理工学研究科 理学専攻 |
学位 | 博士(理学) |
専門分野 | 生物有機化学、ケミカルバイオロジー |
現在の研究テーマ | ホウ素薬剤の合成・評価・分布解析 |
[ 著者プロフィール ] | |
氏名 | 切畑 光統(MITSUNORI Kirihata) |
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所属 |
大阪公立大学 BNCT 研究センター 〒599-8531 堺市中区学園町1-1 TEL 072-254-6424 FAX 072-254-6421 |
出身学校 | 大阪府立大学大学院農学研究科農芸化学専攻 |
学位 | 農学博士 |
専門分野 | 生物有機化学、ケミカルバイオロジー、ホウ素薬剤化学 |
現在の研究テーマ | BNCT 用新規ホウ素薬剤の開発研究 |