電気化学バイオセンサやバイオ燃料電池の基礎となる酵素電極反応
Enzyme electrode reaction for electrochemical biosensors and biofuel cells
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辻村 清也 筑波大学 数理物質系 准教授 |
Abstract
Enzyme electrodes that combine enzyme and electrode reactions have been applied to electrochemical
sensors and biofuel cells. The appropriate materials are required for efficient electron transfer
between the enzyme and the electrode. This paper will describe the fundamentals of enzyme-electrode
reactions, including theoretical equations of catalytic current for a better understanding of the
relationships among the various physiochemical factors.
1. はじめに:酵素電極反応
酵素反応と電極反応を結びつけることにより(図1)、糖、アルコール、有機酸、アミンあるいは酸素といった生体関連物質の電気化学反応を非常に穏和な条件下で実現することができる。分離精製なしにバイオマーカーを電気化学的に検出するバイオセンサや、安全安心な発電デバイスであるバイオ燃料電池(BFC)の基本となる1),2)。デバイスの高性能化には、この酵素電極反応の理解と、酵素の性能を引き出す最適な材料の開発が求められる。酵素を用いた電気化学的酸化反応においては、反応物が酵素によって酸化され、還元された酵素が電極で再酸化されて、再び基質と反応することができる。酵素が直接電極で酸化される場合、直接電子移動(direct electron transfer, DET)型酵素触媒電極反応という。しかし、酵素分子内の活性中心は絶縁性のタンパク質の殻や糖鎖に覆われており、電子移動速度は電子移動距離に対して指数関数的に減少するため、触媒電流として観測できるほど速い電子移動を実現することは一般的には難しい。そのような場合、電極と酵素間の電子伝達を仲介できる低分子酸化還元化合物(メディエータ)として利用して、酵素反応系と電極系を共役させることができる。これをメディエータ(mediated electron transfer, MET)型の反応という。一方、酵素を用いた電気化学還元反応においては、DET型もしくはMET型電子移動反応により酵素が電極から電子を受けとり、酸化剤(例えば、酸素)が還元される。本稿ではMET型反応を中心にバイオエレクトロカタリシス反応を解説する。
2. 電極触媒として用いられる酸化還元酵素
酵素とは、生体を成長、維持させるために必要な合成、分解、酸化、還元などの複雑な化学反応を、常温、常圧、中性付近の環境下で効率よく進行させる触媒機能を有するタンパク質である。そのなかで、酸化還元酵素は酸化還元反応、すなわち、還元剤(電子供与体)から電子を受け取り、酸化剤(電子受容体)に電子を渡す反応を触媒する。酵素本体であるタンパク質自身は酸化還元せず、活性中心である補酵素または補欠分子族(フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、そのリン酸エステル(NADP)、鉄、銅などの金属など)において酸化還元反応が進行する。
2.1 酸化反応を触媒する酵素(アノード触媒)2.1.1 ニコチンアミドジヌクレオチド(リン酸)(NAD(P))依存性脱水素酵素反応系
酸化還元酵素の中で最も種類の多いのはNAD(P)を補酵素として利用する酵素群である。一般的なNAD(P)依存性脱水素酵素の関わる反応は、まず酵素にNAD(P)が結合し、続いて基質が結合する。基質とNAD(P)間での電子移動が起こり、生成物およびNAD(P)Hが酵素から遊離する。NAD(P)Hを電極で直接酸化する際の過電圧は非常に大きい(活性化エネルギーが大きい)ため、酸化還元色素やo-キノン類といった電極触媒を利用する必要がある3)3)。図2にキノン化合物とNADH間の電子移動速度定数の対数(k)とキノンの酸化還元電位をプロットしたものを示す4)。キノンの電位が高くなる(=両者の電位差が大きくなる)につれて、kは指数関数的に大きくなる。また、o-キノンはp-キノンに対して2桁以上も高い触媒活性を示す。こうした電極触媒を電極上に固定化することで、再生の効率が向上する。メチレングリーンやメチレンブルーは、電解重合することで電極上に修飾することができる5)。また、NAD(P)Hを酸化するジアフォラーゼ(DI)という酵素を用いることによっても、NAD(P)H電解の過電圧を最も効果的に下げることができる6)。この場合、NAD(P)依存性酵素、補酵素、電子伝達メディエータ、さらにはDIを電極表面近傍に安定かつ高密度に固定化する高度な技術が必要とされる。
● o-キノン,■ p-キノン,▲ 1電子受容体
(参考文献4)をもとに作成)
NAD(P)に依存しないNAD非依存性酸化還元酵素の多くは、フラビンやキノン、金属イオンなどを活性中心にもつ。酸素を電子受容体にするオキシダーゼ(酸化酵素)と酸素以外を電子受容体にするデヒドロゲナーゼ(脱水素酵素)に分類することができる。電極と電子のやり取りはデヒドロゲナーゼ活性である。オキシダーゼのなかにはデヒドロゲナーゼ機能を有するものもある。デヒドロゲナーゼは,電子供与体に対して高い基質選択性を示すのに対して、電子受容体に対する選択性は低い。電極を直接的に電子受容体として利用することのできる場合、DET型反応系を構築できる。MET型酵素電極反応として最も多く研究されているのは、血糖センサで用いられているグルコース2電子酸化系である。FADを活性中心にもつグルコースオキシダーゼ(GOx)は、比較的に安価で安定性も高く、よく研究に用いられてきた7)。ただし、GOxは電子受容体として酸素とメディエータを利用できるので、両者が共存すると競合反応となり、酵素から電極への電子輸送効率が低下し、センサにおいては計測エラーを引き起こす。また、酸素が還元されて生じる過酸化水素が蓄積することで酵素が劣化することもある。こうした問題を解決すべく、酸素を電子受容体として利用しないPQQやFADを補酵素とするグルコース脱水素酵素が相次いで発見された。FAD型のグルコース脱水素酵素(FAD-GDH)は現在、市販の血糖センサに広く用いられている1)。
2.2 還元反応を触媒する酵素(カソード触媒)BFCにおいては、カソードでは酸化剤の還元反応が進行し、酸化剤として空気中に豊富に存在している酸素が最も適している。熱力学的、そして速度的な観点からカソード用酵素の有力な候補として、マルチ銅オキシダーゼ(MCO)が挙げられる8)。MCOとは、分光学的、磁気学的性質の異なる3種の銅(タイプI、タイプII、タイプIIIの銅イオンをそれぞれ1、1、2個)を有する酵素の総称であり、(ジ)フェノール性化合物、アスコルビン酸、ビリルビンをそれぞれ酸化するラッカーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)などがある。MCOは溶液中ではブルー銅とも呼ばれるタイプI銅サイトで電子を受け取り、タイプII-III銅クラスターで酸素を4電子還元する。多くのMCOにおいて、タイプI銅は酵素の表面付近に存在しており、電極と直接電子移動できる。MCOの構造と電極間の電子移動速度の関係、電子移動メカニズムを明らかにする必要がある。MCOのDET反応を促進させる研究として、金電極上への様々なチオールを修飾する方法や、炭素電極表面へのアニリン誘導体の電気化学酸化してC-N結合を形成する方法や、ジアゾ化し電気化学的に還元して修飾する方法がよく知られている。Trametes属由来のラッカーゼにおいては疎水的なアントラセンを、BODにおいてはカルボキシル基を有する芳香族分子を電極に修飾した場合に、触媒電流が増加することが知られている9),10)。また、MET型酵素反応においては、メディエータが非常に重要となる。酵素との電位差、酵素との相互作用を考慮に入れて選択しなければならない。METおよびDETの特性をよく理解し、系を最適化することで、常温、常圧、中性付近における酸素還元触媒として、MCOは過電圧や電流密度という観点から白金等の無機触媒をしのぐ性能を示す。
3. 酵素電極反応とバイオエレクトロカタリシス
3.1 酵素反応機構NAD依存性酵素を除く酸化還元酵素(E)のほとんどは“Ping Pong Bi-Bi”機構に従って反応が進行する。(注:本稿では、基質(=S:酵素反応における反応物、還元剤)の酸化反応を触媒する酵素反応についてまとめた。)酸化反応は、次式に示すように、基質は酵素反応で酸化され、生成物(P)となる。下付きのoxとredは酸化体、還元体を表す。
メディエータ型の場合では,メディエータ(M)がタンパク質に埋れた活性中心の近傍まで近づき,Ered を酸化し,自身は還元され,電極で再酸化されることで再生される。
ここで、n は反応電子数である。次に、基質の濃度分極がおこらない(十分な濃度存在する)という条件下におけるMET型触媒電流に関する理論式を紹介する11),12)。
3.2 バイオエレクトロカタリシス反応(メディエータ型酵素電極反応)3.2.1 理論
MET型酵素電極反応は、電極表面近傍で進行し、その反応が進行している反応層の厚み(μ)と酵素とメディータの存在している層の厚み(L)の関係によって分類することができる。酵素層(L)が反応層(μ)を超えないような酵素膜厚が非常に薄いとき、膜内のメディエータの濃度分極が生じない。このときのメディエータの電極反応速度に依存せず、酵素反応速度だけに律速される限界定常電流( islim)は、触媒定常電流は膜厚に比例し、
と表すことができる。FとAはそれぞれ、ファラデー定数と電極表面積である。
Lがμよりも十分に大きくなるとメディエータの濃度分極の影響が大きくなり、電極から遠いバルク側では電解によって生成するMoxがほとんど存在しない状態となる。最大電流はLに依存しなくなり、Mox
が存在している反応層の厚みが非常に重要になってくる。メディエータの電極反応速度に依存せず、限界定常電流は次の式で表される。
この式はcM<<KMにおいては
となり、触媒定常電流はメディエータ濃度に比例して増加する。 cM<<KM においては、反応層の厚みはメディエータ濃度の平方根に比例し、このときの限界電流は下記のように簡略化できる
単純なミカエリスメンテン式においては、十分な濃度の反応物がある場合、反応速度は飽和して一定値以上にはならないが、触媒電流は増加する。
3.2.2 改良にむけた考察、指針 先述の式を眺めることで、酵素・メディエータ固定膜において、両者の濃度を増やすことで、平板電極でも1~10 mA
cm–2もの電流密度が期待できることがわかる。酵素電極のパフォーマンスを決定する最も重要な因子となるのはメディエータの選択であり、電極反応速度、安定性、溶解度、固定化、コスト、安全性、酸素との反応性など様々な角度から検証する必要がある。ここでは酵素との反応速度について詳しくみていく。メディエータの酸化還元電位が基質の酸化還元電位に近い、言い換えると、両者の酸化還元電位差(反応の駆動力)が小さいほど、直線自由エネルギー関係にしたがい、指数関数的に酵素とメディエータ間の電子移動反応速度は遅くなり、触媒電流値は小さくなる。逆に十分に大きな電位差があると、反応は電子移動過程ではなく、拡散など別の因子が律速段階となる。この直線自由エネルギー関係や電位に依存しない領域での限界値は、メディエータの拡散速度や自己電子交換速度といった速度因子のみならず、メディエータの構造的因子や親水・疎水的や静電的分子間相互作用因子の影響が反映される。すなわち、メディエータが酵素の活性中心にどこまで近づくことができるかが速度に大きく影響する。メディエータのサイズ、立体的な障壁、静電的な反発等により、メディエータが活性中心に近づくことができないと、電子移動速度は距離に対して指数関数的に低下する。
酵素とメディエータの反応性は、酵素ごとに異なってくるので、個別に調べる必要がある。図3は、メディエータの電位とメディエータとGOxおよびFAD-GDHとの間の2分子反応速度定数(kcat /
KM (M-1
s-1))の常用対数値をプロットしたものである13)-18)。実験条件が統一されていないために、詳細な議論することは難しいが、電位に依存する電位領域と電位に依存しない電位領域があることがわかる。Fe(CN)63−/4−のように負電荷を有する分子の場合、2分子反応速度定数は著しく低下していることよりGOxの活性中心付近が負電荷を有しており、静電的な斥力が働いていることが予想される。実際に酵素の構造(PDB
1gal)を見てみると、FADの存在する基質と反応するポケットの入口付近に(FADの端から5 Å程度の距離に)アスパラギン酸が2つ存在している。一方で、FAD-GDHの場合、−0.1 ~ 0.3 V
(vs.
SHE)における速度はGOxよりも2~3桁大きい。これは活性中心付近の構造(ポケットの大きさ)の違いと考えられる。GOxと同様に負電荷を有するメディエータにおいて速度は大きく低下する。このように、電子受容体分子との反応性を調べることで、メディエータの最適化への指針を得ることができる。筆者らは、FAD-GDHとの高い反応性、水への溶解性を示す分子としてキノリンをベースとしたキノン分子を開発した19)。
また、メディエータの拡散係数も触媒電流に影響することが式からわかる。通常の低分子量のメディエータにおいては,拡散係数にそれほど大きな違いはでない。しかし、ポリマーや酵素などにメディエータを固定化した場合、見かけ上の拡散係数は、それ自身の電子交換速度(k
)、分子の可動域の長さ(Δx2)、濃度(CRT)に依存し、その値は溶存状態に比べ数桁小さくなる。
2分子反応速度定数の自然対数値と電子受容体の酸素還元電位の関係
(参考文献13)-18)をもとに作成)
例えば、ペンダント状にぶら下がったオスミウム錯体をメディエータとして有するポリマーを酵素とともに架橋剤を用いて電極に固定化する場合、拡散係数を向上させるためには、密にハイドロゲルとして固定化し濃度を向上させる以外にも、メディエータとポリマー主鎖との間のスペーサーを長くするという方策がある20)。また、電子移動距離を短く(=酵素層を薄く)することで、拡散係数には依存しなくなる。薄くすることで実行面積当たりの電流密度は低くなってしまうが、多孔質材料の表面に酵素固定化層を薄く形成することで幾何面積あたりの電流値の向上が達成できる21)。
メディエータ分子を酵素とともに固定化する手法の一つとして、酵素表面にメディエータを修飾することもできる。あらかじめメディエータを修飾した酵素を電極上に固定化するだけで酵素電極として利用できる。酵素と連結できる官能基(エポキシ基、ヒドロキシスクシンイミド基、マレイミド基)を有するメディエータを用いる22),23)。繰り返しになるが、電子移動できる距離は限られているので、注意すべき点は、酵素活性中心からの距離、メディエータ間の電子伝達速度である。さらには修飾することによる酵素の活性への影響も考慮しないといけない。
まとめ
酵素を電極触媒として酵素電極は無機の触媒にない非常にユニークな特性を有している。常温、常圧、中性付近のpHという穏和な条件で、高い触媒活性を示す。センサのみならずエネルギー変換デバイスへの応用が期待されている。研究を着実に進展させ、実用に供するデバイスを生み出していくためには、その仕組みおよびその性能を決める要因を理解し、電気化学、材料科学、表面科学、バイオテクノロジーの分野融合をさらに推進し、分野横断的に取り組んでいくことが必要不可欠になる。本稿において、酵素電極を構成している要素がどのように出力電流に影響しているかについて、すこし数式を用いて説明した。電極や新材料の開発などの助けになれば幸いである。
[ 著者プロフィール ] | |
氏名 | 辻村 清也(Seiya Tsujimura) |
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所属 |
筑波大学数理物質系物質工学域 〒305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1 TEL 029-853-5358・FAX 029-853-4490 |
出身学校 | 京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 |
学位 | 博士(農学) |
専門分野 | 生物電気化学 |
現在の研究テーマ | 酵素電極、バイオ燃料電池、バイオセンサ、微生物電気化学 |
