Reviews

GTP エネルギー代謝機構 細胞内GTP センサー・PI5P4Kβの発見とガンや代謝疾患への新たな治療戦略

GTP Energy Metabolism
Discovery of GTP sensor PI5P4Kβ: A Gateway to Innovative Cancer and Metabolic Disease Therapies

The GTP-GEEKS 代表
佐々木 敦朗
佐々木 敦朗
シンシナティ大学
医学部 教授
竹内 恒
竹内 恒
東京大学
大学院薬学系研究科 教授
千田 俊哉
千田 俊哉
高エネルギー加速器研究機構(KEK)
物質構造科学研究所 教授

Abstract
Guanosine-5'-triphosphate (GTP), a building block of nucleic acids, also provides energy that drives protein synthesis and the cytoskeletal system. Cellular GTP concentrations relative to ATP vary substantially among tissues and increase significantly in multiple cancer cells. Our previous and ongoing studies have shown that life evolved the GTP energy utilization for new cellular functions, and its dysregulation leads to various pathological conditions, such as cancer and metabolic diseases. Here, we GTP-GEEKS will introduce new biological functions from the perspectives of GTP - its involvement in cancer, metabolic diseases, and stress regulation. Our emphasis is also on the efforts to promote an interdisciplinary research on GTP energy metabolism beyond the boundaries of nations and specialties.

1. はじめに:酵素電極反応

“What if life restarts again?”
 生命の定義の一つたるエネルギー代謝に、ATP を代表としたリボヌクレオチドは深く関わっている。例えば、脂質合成はCTP、糖鎖合成はUTP によりなされ、ATP はそれらを支える基盤として働く。我々が取り組んでいるGTP は、細胞の主要成分のひとつ「タンパク質」の合成を駆動するエネルギー分子である。しかしながら、なぜ生命の発生そして進化の過程でGTP が「タンパク質」の合成を駆動するようになったのだろうか? 生命はGTPをATP などと使い分けることで、どのように機能を拡張し、その進化を可能にしてきたのだろうか? ダイナミックに変動するGTP エネルギー代謝を支える仕組みとその変動が持つ意味はなんだろうか?
 我々GTP-GEEKS は、GTP にまつわるこれらの謎に取り組むことで、生命システムの根源的な理解を目指して研究に取り組んできた。その最初の大きな成果は、細胞内のGTP 量を感知する“GTP センサー”が哺乳細胞に備わっていることを見出したことである1-4)。GTP センサーの正体は、脂質キナーゼであった。驚くべきことにこの脂質キナーゼは、GTP を基質としてリン酸転移反応を行う特異な性質を持っており、キナーゼは基質のリン酸化にATP を用いるという既成概念を打ち破った。さらに、がん細胞においてはGTP 代謝リプログラムが起こり、高いGTP 濃度が維持されることで、細胞の同化反応が促進されること、またそれゆえ、GTP 代謝システム自体が、がん治療の標的になりうることも見出してきた5-10)。これらはいずれもオリジナルな研究成果であり、解決すべき新たな謎が次々にでてきている。本稿ではGTP センサーの発見からみえてくる新たなGTP にまつわる生命機能—癌や代謝疾患、ストレス制御への関与—について、国や専門の壁を超えて学際的な研究を推し進める我々の取り組みとともに紹介する。 

2. GTP の役割

GTP はATP と同じプリン塩基を持つリボ核酸であり、エネルギー分子として様々な細胞機能を駆動するのも同じである。しかしながら、両者がエネルギー分子として働く局面には、明確な違いがある。ATP は細胞内のほぼ全ての代謝反応に関与しており、GTP の合成にも必要である。細胞のATP 濃度は常に高く、哺乳細胞では1-5 mM に保たれる。一方でGTP はタンパク質の合成や制御、細胞骨格の形成、膜輸送、シグナル伝達を駆動する役割を持っており、細胞のGTP濃度は、0.1-1 mMの濃度域で変動する。 

2.1 GTP 代謝異常と疾患
 GTP 合成に関わる幾つかの酵素には遺伝性疾患が報告されており、その表現型からGTP 代謝調節は生体において脳機能や視覚、免疫システムにおいて重要な役割を担っていることが知られている。また、GTP 代謝異常は痛風などの疾患とも関連する。例えば、サルベージ経路においてGTP 合成を担うHPRT1(Hypoxanthin-Phosphorybosyl transferase-1) に機能欠失型変異があると、部分欠失では高尿酸血症となり、重症の痛風や急性腎不全を引き起こす(Kelley-Seegmiller 症候群)。HPRT1 活性がほぼ完全に欠失すると自ら手指や口唇を噛む、頭を壁などに打ち付けるなどの自傷行為や、運動障害、認知機能障害を起こす(Lesch-Nyhan 症候群)11-13)。新規(de novo)GTP 合成の律速酵素IMPDH(Inosine monophosphate dehydrogenase)のアイソザイム1 型(IMPDH1)の機能低下型変異は、網膜色素変性症を引き起こす(Autosomal Dominant Retinitis Pigmentosa およびLeber congenital amaurosis)14,15)。これは、目の網膜がGTP濃度がとくに高い器官であることと関係している。網膜の視細胞は光刺激によりGTP をcGMP へ変換し、視神経への入力信号を惹起する。IMPDH1 は視細胞におけるGTP 維持に重要な役割を果たしており、その機能低下は網膜変性を引き起こし、視覚の老化を加速する結果、失明に至る16)。また、IMPDH 阻害剤は、免疫抑制効果があり、臓器移植における拒絶反応の抑制や全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)など自己免疫疾患の治療に用いられている17,18)。これは免疫システムの作動に、GTP が重要な役割を担うことを示している。このようにGTP 代謝の破綻は、様々な生体機能の異常と病態をもたらす。

3. GTP 代謝の謎

3.1. 知識のギャップ① GTP 濃度変化とその制御
 歴史も深く、生命科学に携わる研究者なら誰でも知っている分子であるGTP、その構成因子であるグアニンは最初に発見された核酸塩基である(1844 年発見)。グアニンは農作物の収穫増産に重要な堆肥の成分でもあり、人類との関わりは紀元前500 年、インカ帝国まで遡る9)。核酸の生合成経路は1940 年代から1950年代にかけて同定され(図1)、今に至るまでそのマップは基本的に変わっていない。一方、生体維持に重要な役割を持つGTP量は、組織や細胞種ごとに制御を受けており、GTP のATP に対する量比は大きく異なる (図2)19)。一般に、増殖する細胞においては、GTP 濃度が顕著に増加する。これはバクテリアからヒトまで広く報告がある。この時、GTP の増加率は、ATP のそれを大きく上回る。しかし、生化学の教科書に記載のあるATP・GTP合成のフィードバック制御では、生体がGTP 濃度を独立に制御している事実を説明することが難しい。フィードバック制御では、ATP とGTP が互いの合成経路を促進させるため、GTP/ATP 比の大きな変化を原理的に生み出すことはできないためである。 GTP やATP の量の制御を考えるときには、それらがどのように消費されるのかも考える必要がある。GTP やATP は加水分解でGDP とADP などになるが、これらはリン酸化によりワンステップでGTP とATP に再生できる。一方、再生されにくい消費としては、RNA やDNA への組み込みがある。またGTP からBH4(テトラヒドラビオプテリン)への変換や、ATP からCoA(コエンザイムA), NAD+/NADH, NADP+/NADPH, SAM などへ変換も再生されにくい消費反応といえる。こうした消費反応の他にも、各種代謝酵素の発現量の変動や翻訳後修飾による活性制御などの要素が存在するため、細胞内におけるGTP・ATP 濃度の制御には未だ不明な点が多い。消費と合成の総和として決まる GTP・ATP濃度であるが、その制御機構は実はブラックボックスのままなのである。さらに複雑なことに、GTP 代謝は、エピジェネティックな変化や翻訳後修飾など非遺伝的な仕組みにより、制御を受けていることも考えられ、その破綻が先述の疾患に付随する病態とも関係していると考えられている。いずれにせよ、激しく増殖を行いGTP 消費量の多い細胞で、GTP 量が高く保たれている事実は、消費と合成がともに積極的な制御を受けていることを示している。

3.2. 知識のギャップ② GTP 濃度の変動と機能
 GTP 濃度の変動が、細胞や生体の機能に変換される仕組みにも謎は多い。にもかかわらず、G タンパク質シグナルが広く知られているため、GTP 濃度変化の意義についても、多くのことが分かっているような気になりがちである。実際に、科学論文においてさえ、GTP濃度低下ではGタンパク質の「活性低下」が起こる結果、「○△□のような現象が惹起される」との考察が散見される。筆者のひとり佐々木も、そのように思い、GTP 濃度の低下で、癌原遺伝子として知られるG タンパク質RAS の活性が低下するだ ろうと思い実験を行った。しかし、この予想は見事に外れ、RASの活性はGTP 濃度を下げても変化しなかった(関連データは文献8))。これは大きな驚きであった。実は、多くのG タンパク質はGTP やGDP に対し高い親和性を持ち、生理的なGTP 濃度の変動は機能に影響を与えない20)。とすれば、実際には何がGTP濃度を、細胞機能に変換しているのであろうか? このような疑問に答えるべく、GTP-GEEKS の挑戦がはじまった。 

図1. プリン核酸合成経路. PRPP (phosphoribosylpyrophosphase), AICAR (5-Aminoimidazole-4-carboxamide ribonucleotide), IMP (inosine monophosphate), XMP (xanthine monophosphate), GMP (guanosine monophosphate), GDP (guanosine diphosphate), GTP (guanosine triphosphate), SAMP (succinyl-adenosine monophosphate)

図2. 細胞や組織ごとの相対的GTP 量。GTP 量をATP 量で割ったもの。
赤血球における値を1 として作図。データの出典はTraut 博士の文献(19) による。

4. 細胞内GTP センサーの発見

4.1. 細胞内のセンサーシステム
 エンジンなどの内燃機関には、須く燃料ゲージが付いている。どのくらいのエネルギーが残っているのかが分からないと、エンジンが突然停止して路頭に迷う車が続出し、社会機能は麻痺するだろう。スマートフォンの電池残量がわからないと、多くの人は不安を覚え、社会活動にも制限がかかるに違いない。センサーは、システムを安定的に効率よく動かすために必須といえる。複雑なシステムである細胞にも様々なセンサーが存在する。細胞内の酸素濃度を感知するPDH-HIF システムは、低酸素時に転写リプログラムを誘導しミトコンドリアの酸化的リン酸化システムをダウンレギュレーションし、細胞の酸素消費を抑制することで、解糖系によるATP 再生や血管新生による酸素供給増加を促す。mTORシステムはアミノ酸や脂質など様々な栄養状態を感知して、細胞の同化作用や分解作用のバランスを制御する。AMPK は細胞のATP エネルギーの状態を感知して、mTOR と協働的に細胞機能を制御する。これらの代謝システムとセンサー分子の発見は、生命への理解を大きく深めただけでなく、センサー分子自体が、がんや代謝疾患などの治療開発標的として、世界中で熾烈な研究開発競争の対象になっている。その発見において、日本勢は黎明期に大いに健闘していたが、ある時期から後塵を拝している状況にある。

4.2. 細胞内 GTP 濃度感知におけるミッシング・リンク

 GTP グループリーダーの一人佐々木敦朗は、留学先のハーバード大でG タンパク質のRAS を研究するなかで、GTP 変動の挙動がATP と違うことに強いギモンを覚えた。なぜGTP 濃度には大きな幅があるのか? 教科書にその答えはなく、論文も見つけられず、当時ポスドクとして在籍していたハーバード大の著名な研究者に聞くも回答は得られなかった。どうも、見落とされてきた大事なものがある。GTP 濃度を感知する仕組み(GTP センサー)や、未知のGTP エネルギー代謝システムがあるのではないだろうか? GTP 濃度変動が生み出す代謝シグナルは、生命のエネルギー利用に新たな自由度を与え、そのロバストネスの獲得につながったのではないだろうか? であるならば、その機能獲得は進化的にどのようになされてきたのだろうか? 佐々木は新たなGTP研究への道へ進むことを決意した。GTPセンサーがあるとすれば、

1)GTP に結合する性質
2)生理的なGTP 濃度への応答性
3)さらにGTP 濃度変化をシグナルに変換する機能

この3 つの条件を持つはずである。であれば、GTP に結合する分子をまずは同定してみよう(図3)。これが今のGTP 研究につながる第一歩となった。

図3. GTP 結合タンパク質のプロテオミクスによる探索。GTP を固相化したビーズと細胞抽出液を混ぜプルダウン。様々な条件で溶出したタンパク質を質量解析により同定したところ、GTP への選択性が高い候補分子としてPI5P4Kβが感知された。


4.3. GTP に結合するキナーゼがあった!

 佐々木が釣り上げたGTP 結合性分子の中に、イノシトール脂質キナーゼPI5P4Kβがあった。PI5P4Kβは代謝やがんに重要との報告がある興味深い分子である 。PI5P4Kβのノックアウトマウスは、高脂肪食負荷による肥満抵抗性を示す一方でインシュリン感受性が増大する(例えるなら、毎日ハンバーガーやケーキをバクバク食べても太りにくく糖尿病にもなりにくい表現型) 21)。PI5P4Kβとp53 のダブルノックアウトマウスは胎生致死となる22)。細胞レベルでは、p53 変異のある乳がん細胞の増殖や腫瘍化に重要といった知見がある。メカニズムは不明な点が多いながら、こうしたsynthetic lethality(合成致死)はあたかもPI5P4Kβがp53 が担う機能を相補しているようにも見える。しかし、ATP を好むはずのキナーゼがなぜGTP に結合するのだろうか?PI5P4KβがGTP を使う生理的な意義は? 疾患とのつながりは? 大事な問いだが、これに答える術をもっておらず佐々木は壁にぶつかった。

4.4. GTP バイオロジー推進に必要な専門性

 未踏のGTP バイオロジーを進めるためには、表現型の解析に加えて、それらを検証して理解することが必要である。分子レベルはもちろんのこと、原子レベルでのメカニズム解明が欠かせない。GTP センサーに関していえば、原子レベル、すなわちGTP認識の構造生物学的な理解が最低限必要である。立体構造情報に基づいてPI5P4KβのGTP に対する親和性を変化させた変異体や阻害剤などを開発することで、初めて細胞や個体でのGTP の役割、そしてGTP センサーの進化についての解析が可能になるだろう。ここに運命的ともいえる、NMR と創薬科学のエキスパート竹内恒 博士(現・東大院・薬系 教授)、X 線・クライオ電顕などを用いた構造解析をリードする千田俊哉 博士(現・KEK 教授・SBRC センター長)との出会いがあり、佐々木・竹内・千田をコアとしたGTP 研究のオタクたちの集うチーム、GTP-GEEKS が生まれた。

4.5. GTP センサーPI5P4Kβの同定

 PI5P4Kβはイノシトールリン脂質キナーゼ(PI キナーゼ)のファミリーメンバーであり、脂質セカンドメッセンジャーを制御する分子である。興味深いことに多くのキナーゼがATP をリン酸基供与体として使うのに対して、PI5P4KβはATP よりもGTP を好んで使うキナーゼであり、かつ細胞内のGTP 濃度変化に応じて活性を変化させるのに適したKm値(88 μM)を持っていた(図4)1)。PI5P4Kβは高い濃度のATP が共存する条件(1~2 mM)においても、GTP を好んで使い、生理的濃度域でのGTP の増加によりキナーゼ活性が上昇する。これはGTP センサーに必須の性質である。このGTP への高い選択性を生み出すメカニズムを理解するため、PI5P4Kβの立体構造をX 線結晶解析により決定した。核酸が結合したPI5P4Kβの結晶構造を得るのは容易でなく、これを打破するため新しい手法の開発も行った23)
 こうして得られた結晶構造から、PI5P4Kβはそのキナーゼ触媒ポケットにおいて、ATP とGTP を異なるモードで結合することが明らかとなった。その中で、GTP 結合に重要な2 つのアミノ酸残基 Thr-201 およびPhe-205 が同定された(図5)。うちPhe-205 をLeu に置換変異(F205L 変異)を導入するとGTP 依存的なキナーゼ活性が減弱しATP 依存的なキナーゼ活性と同程度になった。一方で、ATP 依存的なキナーゼ活性は維持されていた。つまりF205L 変異はGTP 選択性のみを特異的に失わせる変異体といえる。F205L 変異体を用いることで、細胞や生体におけるPI5P4KβによるGTP 濃度感知機能がどのような役割を担っているのか解析していくことが可能となった2)
 PI5P4Kβはキナーゼ活性とは別にスキャフォールディング機能を有し、PI3K シグナルを負に制御していることが最近明らかとなっている24)。このため、分子レベルでの過剰発現、ノックアウトやノックダウン(KD)といった標的分子の発現量を大きく変化させる方法では、得られた表現型の原因に関してGTP 濃度感知機能の生理作用とスキャフォールディング機能との間で明確に切り分けることができない。このように立体構造に基づいて、必要十分な変異導入により特定の機能にターゲットして変化を加える構造逆遺伝学的手法を、機能特異的KD アプローチと呼びたい2)。F205L 変異体は、GTP 濃度感知機能の解明につながっただけでなく、GTP センサーへの機能的進化のメカニズムの解明にも大きな貢献をした4,25)

図4. PI5P4KβはATP だけでなくGTP もリン酸供与体として使う稀有なキナーゼ。生理的なATP 濃度では活性の増減は軽微であるが、生理的GTP 濃度域ではATP より高いキナーゼ活性をダイナミックに変動させる。


図5. PI5P4KβとGTP およびATP 類似体とのX 線結晶構造解析。新技術開発により核酸などリガンドと結合したPI5P4Kβのクオリティの高い結晶が得られるようになった(左上)。結晶構造の決定により、GTP の認識にはThr-201 とPhe-205 が重要な役割を持ち、GTP 特異的な結合モードを形成することが明らかとなった。


5. GTP センサーPI5P4Kβの癌における役割:

 上記のような機能選択的なF205L 変異体を得たのち、我々はPI5P4Kβを欠失させたマウス線維芽細胞にF205L 変異体と野生型のPI5P4Kβを入れ戻したアイソジェニックな細胞株を樹立した。長い時間と数々の工夫と苦労を積み重ねて(そして佐々木のキャリアをかけて)得たF205L 変異とそれを発現する細胞を使えば、きっと何かすごいことが起きるに違いないという期待を持っていた。ところが、予想とは裏腹に、通常のシャーレ上での培養において、F205L 細胞はコントロールの細胞と細胞増殖、増殖因子への応答性など見事なまでに同じ挙動を示した。
 一見ネガティブにみえる結果も、極めて重要な意味を持っていることが往々にあるものである。そうした信念をもってGTPGEEKSは研究を進めた。すると、足場非依存性のコロニー形成など、通常のシャーレ上での培養とは異なるストレスがかかる状況において、F205L 細胞の増殖能が低下することが分かってきた。とくにマウスへの異所性移植実験において、コントロール細胞は腫瘍を形成するのに対し、F205L 細胞では腫瘍形成が認められなかった(図6) 1)。異所性移植実験では、移植された細胞が生着するには、足場非依存性な増殖や栄養飢餓、酸化ストレスなど様々な難関を乗り越える必要がある。こうしたストレスを切り抜けた場合にのみ腫瘍形成が成立する。この時点では分子メカニズムは分かっていなかったが、GTP 濃度感知機能がストレス下におけるがん細胞の増殖や腫瘍形成に重要な役割を果たすこと示した大事な結果であった。この発見を記した論文は、2016 年にMolecular Cell 誌に受理された1)
 一流誌における査読では、辛辣な批評の嵐に晒されることもままある。しかしながら、この論文はレビュワーから称賛の嵐を受け、ほぼ一発通しともいえるものであった。学会などで発表した際には、この発見で何故Nature やScience でないのか? といった嬉しいコメントも頂いた。実はそうしたジャーナルにはトライはしたのだが、門前払いとなっていた。これはデータというよりも、結果の意義への洞察が不足していたためである。GTP を使うキナーゼの発見に、驕りもあったとも思う。今ならば、結果は違ったかもと思うが、こればかりは仕方がない。この学びを次へ活かしていくのみである。

 図6. PI5P4Kβ のGTP 感知機能は腫瘍形成過程に重要な役割を持つ。野生型PI5P4Kβ を発現する細胞はマウス皮下移植後に腫瘍を形成した。一方GTP 非感受(F205L)PI5P4Kβ 発現細胞では腫瘍形成が抑制された。  

6. PI5P4Kβの阻害剤開発

6.1. 阻害剤開発の難点
 上記の結果は、ガン細胞が細胞に本来備わるGTP 濃度制御機構とGTP センサーを悪用していることを示唆している。ゆえにGTP センサーの機能を阻害することは、新たながん治療戦略になりうる。PI5P4Kβノックアウトの表現型から考えると、PI5P4Kβの阻害薬は肥満や糖尿病を改善する効果や、p53 変異ガンを抑制する効果も期待できる。事実、メガファーマのファイザー、バイエル、サノフィはすでにPI5P4K 阻害剤の開発に乗り出しており、アカデミアからも、NIH, ハーバード大, シンガポール大などが阻害剤開発競争に参入している。しかしながら、多くの研究は、阻害剤スクリーニングに活性の強いPI5P4K αを用いており、PI5P4Kβ特異的な阻害剤の報告はいまだみられない。 報告されてきたPI5P4K 阻害剤は、10-50 μM 程度の低濃度ATP 存在下でスクリーニングされており、結果の解釈には注意を要する。PI5P4KβはATP への親和性が低いため、ATP と拮抗する阻害剤は、低濃度ATP で効きやすく、みかけ上は高い阻害活性を示しても、ATP 濃度が100 倍程度の高い細胞内環境では活性が大幅に低下する26) 。またキナーゼ阻害剤のスクリーニングは、ルシフェラーゼまたはその類似体により消費されたATP 量を測定することが多い。しかし、この方法ではGTP を基質とする酵素の活性は測定できない。無理に行おうとする場合、nucleoside diphosphate kinase (NDPK) など、GTP の消費により生ずるGDP をATP に変換する酵素がさらに必要になり27)、擬陽性のリスクが生ずることになる。よって、GTP センサーであるPI5P4Kβに有効な阻害剤の開発は他のキナーゼよりも技術的に難しいと言わざるを得ない。

6.2. NMR を用いたPI5P4Kβアッセイ系の確立と独自の阻害剤開発
 我々GTP-GEEKS も過去にATP 消費を指標とする常法やGDPからATP への変換を用いてPI5P4Kβ阻害剤のスクリーニングを行ったことがある。しかし、PI5P4KβのATP 依存的なキナーゼ活性は低く、またGDP/ATP 変換法は偽陽性率が高かったため、芳しい結果は得られなかった。そこで我々は核磁気共鳴(NMR)法により、PI5P4KβがGTP をGDP へ加水分解する活性を直接感知する技術を開発し、十分なスループットを持つアッセイ系を構築した(図7)。これにより、他の酵素の介在をなくし、偽陽性が原理的に存在しないスクリーニングが可能となった(特許:WO/2019/11792)。この手法を用いた阻害剤スクリーニングと阻害活性の検証、さらには阻害剤の結合したPI5P4Kβの結晶構造に基づく阻害剤構造の最適化を行うことで、高いアイソザイム選択性と阻害活性を両立した化合物を複数見出している。
阻害剤開発は限られた資金で細々と続けてきたが、幸いにも大型の阻害剤開発支援をAMEDから頂けることになった(代表: 佐々木敦朗)。PI5P4Kβ阻害剤の開発により、脳腫瘍、中でも最も悪性度の高い膠芽腫(グリオブラストーマ)への新たな治療戦略を打ち立てるべく、慶應(佐々木敦朗)・東大(竹内恒)・KEK(千田俊哉)・新潟大(棗田学)・横浜市大(立石健祐)がチームを結成し、課題に取り組んでいる。PI5P4Kβに対する特異的阻害剤は、その細胞機能を明らかにしていくツールとしても、大きな威力を発揮しつつある。またGTP 合成の鍵酵素であるIMPDH に対する新たな阻害剤開発にも取り組んでおり、ウイルス感染への新たな対抗戦略として、JST-CREST の支援を受け(代表: 千田俊哉)、ウイルス感染測定(筑波大・川口敦史)、阻害剤開発(東大・竹内恒; 東京薬科大・林良雄)、ウイルス進化(東海大・中川草)、GTP バイオロジー(慶應・佐々木敦朗)のチームにより取り組んでいる。我々は、分野横断的アプローチにより、GTP を標的とした新たなコンセプトによるがん、代謝疾患、老化、感染などの疾患治療開発を目指している。

 図7. NMR 法によるPI5P4KβのGTP 加水分解活性感知方法。NMR によるGTPとGDPのスペクトラム感知(上)。PI5P4KβによるGTPのGDPへの変換は、阻害剤添加による抑制される(下)。  

7. おわりに

 ここで初めに提示した疑問に戻ろう、“What if Life restarts again?”
 もし、生命史が繰り返されるとすれば、今の生命のようにATPは主エネルギーとして君臨し、キナーゼはATP を使うのだろうか? GTP は同化作用に用いられ、G タンパクが生まれるのであろうか? 12 年前には漠然としていたこの問いに対する答えを、我々は見出しつつある。我々のGTP 研究は、GTP とATP はその物理化学的性質の違いから、半ば必然的に今のような使われ方をするようになったことを示している。またGTP センサーPI5P4KβのGTP 濃度感知機能のみを欠失させた変異マウスを作成し解析を進める中、GTP センサーが思わぬ形で老化や発生を制御している可能性も示された。GTP センサーは生体において重要な役割を果たしている。さらに、GTP センサーPI5P4Kβの進化的配列解析から、GTP 濃度感知機能が無脊椎動物から脊椎動物への進化の過程で獲得されたものであることが示されつつある。GTP センサーのさらなる研究から、生命進化について新たなコンセプトが次々に生まれてくることだろう。
 2019 年にNat Cell Biol へ報告した癌細胞でのGTP 代謝スイッチとその細胞の同化作用促進メカニズムの発見により08)、細胞や臓器のGTP エネルギー収支を制御するシステムの一端が見えてきた。細胞内GTP エネルギー代謝の時空間的制御も姿を現しつつある07,28)。我々は金沢大・新井敏教授、千葉大・村田武士教授そしてフィンランドのTurku 大学のHarri Harma 教授らのグループとGTP の可視化プローブの作成に取り組んでいる。さらにGTP 代謝のナノスケールでの局所的操作に、名古屋大・髙橋康史教授そしてケンブリッジ大学のLaura Machesky 教授らのグループと取り組んでいる(HFSP 国際共同研究グラントを獲得)。生化学および構造生物学的アプローチから、どのように細胞がGTP濃度を制御しているのか、新たなメカニズムが浮び上がりつつある。がんの病理メカニズムについての理解が進めば、異なるコンセプトの治療戦略も生まれてくるだろう。
 このように我々GTP-GEEKS は分野や専門の垣根を超えたサイエンスを合言葉に、生理学的、多層的オミックス、合成生物学、計算科学、進化生物学、ナノ定量生物学、など様々なエキスパートが仲間になって活発に議論をしながら研究を推進してきた。国内外で毎年のようにGTP ワークショップを開催し、様々な分野のエキスパートが和と輪の精神で繋がり、一つの集合体として成長しつづけている(図8)。本稿を読んで、新たに芽吹き、その黎明期にあるGTP 研究に興味を持っていただけたとすれば、嬉しいかぎりである。熱き仲間を求めているので、我々のGTP 研究に新たな可能性を感じたのであれば気軽に連絡頂ければ有り難い。本稿を最後までご一読頂き、GTP-GEEKS を代表して心より感謝申し上げる。

 図8. 第6 回となる分子生物学会でのGTP ワークショップ(千葉・幕張)のあと、場所を山形県は鶴岡の秘湯の温泉宿にて2 泊3 日で 朝から夜までGTP ハッカソンを行った。新たなGTP 研究へ沢山のアイデアと共同研究が生まれる熱くも楽しいイベントとなった。  
[ 著者プロフィール ]
氏名 佐々木 敦朗(Atsuo Sasaki)
所属 シンシナティ大学医学部 教授
3125 Eden Ave. Cincinnati, OH 45267-0508, USA
TEL : +1 513-558-2160・FAX : +1 513-558-6703
所属 慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任教授
〒997-0052 山形県鶴岡市覚岸寺字水上246-2
鶴岡メタボロームキャンパスC 棟C13
TEL : 0235-29-0581・FAX : 0235-29-0574
所属 〒734-8551 広島市南区霞1-2-3
TEL : 082-257-2019・FAX : 082-257-2019
ホームページ ラボHP : http://thesasakilab.org/
GTP-GEEKS HP : https://www.gtp-project.net/
出身学校 東京理科大学/ 広島大学/ 久留米大学
学位 博士(医学)
専門分野 細胞生物学・代謝生物学
現在の研究テーマ GTP エネルギー代謝
氏名 竹内 恒(Koh Takeuchi)
所属 東京大学大学院薬学系研究科 生命物理化学教室 教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 薬学系総合研究棟2階
TEL : 03-5841-4810
出身学校 東京大学
学位 博士(薬学)
専門分野 創薬化学・構造生物学(NMR)
現在の研究テーマ GTP 代謝を標的とした創薬、動的構造解析
氏名 千田 俊哉(Toshiya Senda)
所属 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 教授
構造生物学研究センター(SBRC)センター長
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
TEL : 029-879-6178・FAX : 029-879-6179
ホームページ https://www2.kek.jp/imss/sbrc/
出身学校 長岡技術科学大学
学位 博士(工学)
専門分野 構造生物学
現在の研究テーマ GTP 代謝の構造生物学

TOP