連 載

抗酸化キットを使う前のサンプル前処理法 〈第2回〉

株式会社同仁グローカル 山口 勝則

今号では、DPPH測定キットの前処理について進めていきます。

3. DPPH法について

 DPPH法は、抗酸化能測定法の中で最も簡便な手法と言えます。DPPH(2,2-Diphenyl-1-picrylhydrazyl)は、化合物自体が紫色(λmax= 517 nm)のラジカル物質でありながら比較的安定であるため、固体のDPPHをエタノール等の溶剤で溶解するだけで使用できます。DPPH法に類似した測定方法はABTS法などがありますが、ラジカル物質がDPPH程安定ではないため、酸化剤を用いてラジカル物質を用時調製する必要があります。

DPPH法は、試薬調製が簡便であるため、操作によるバラツキや誤操作のリスクが小さいと考えることができます。しかしながら、実際の試料で測定を行った場合、データの再現性が良くなかったり、文献等とデータが整合しなかったりする事例が多いようです。その理由を考えると、試料の前処理(目的成分の抽出)方法による要因が大きいと考えられます。
 試料の前処理の基本的な流れは、①試料の選定、②抽出溶媒、緩衝剤の選定、③試料の破砕、④試料の抽出、⑤除タンパク、不溶物の除去、になり、プロセス毎に測定値の差異が生じる要因を挙げていきます。

①試料の選定
 同じ試料であっても、品種、産地、熟成の程度等により、構成成分に差があり、当然、個体差もあるので、できるだけ標準的なものを選定することが望ましいです。

②抽出溶媒、緩衝剤の選定
 溶媒の種類については、エタノールやメタノールのアルコール類が通常使用されますが、アルコール類以外の溶剤では抗酸化能は低下する傾向にあります。また、緩衝剤では、PBS等のリン酸塩よりもTris-HCl系の方が高い活性を示し、さらにTris濃度にも依存する傾向がみられます。これらの点は、抗酸化物質のフェノール性水酸基(-OH)の電子移動に溶媒のアルコールや緩衝剤のTrisの複数の隣接した水酸基が関与していると考えられています1)。そのため、再現性が必要な場合、溶媒や緩衝液組成を厳密に合わせる必要があります。
 溶媒にケトン類(アセトン)やエステル類、エーテル類等の疎水性溶剤を用いる場合、疎水性の抗酸化成分の抽出に有効ですが、測定に使用する透明のウェル(通常、ポリスチレン製)が白濁して測定に支障が出る場合があるので、アルコール系以外の溶媒を用いる場合は、事前に確認しておくと良いです。

③試料の破砕
 生体試料の場合、細胞が破壊されると、分解酵素や酸化酵素、等が放出され、自己分解が進み劣化します。野菜や果物の切り口の褐変、魚の切り身の溶解がその一例です。
 試料の破砕時、破砕後の自己分解を抑えるためには、より低温で操作するのが望ましいです。冷却方法としては、氷冷しながらホモジナイズというのが一般的ですが、場合によっては液体窒素で凍結させて破砕するというのも有効です。
 また、一見乱暴に見えますが、分解酵素の影響を考えると、熱処理を行うのも酵素の影響を考えれば有効な手段の1つです。ただし、加熱すれば、ビタミンCがかなり失われるので、肉類のようにビタミンCをあまり含有しない試料やビタミンCの関与を想定しない場合は有効です。
 また、酸化防止の目的で、2-MEやDTTの還元剤を使用する場合がありますが、DPPH法では影響するので使用は避けるべきです。塩濃度やキレート剤によって酵素活性を抑えられるものもありますが、DPPH法は高濃度のエタノール溶媒中で行うため、不溶物の析出が懸念されるので避けるべきです。

④試料の抽出
 破砕後に所定の溶媒条件で抽出を行いますが、アルコール等の溶剤を必要量加えてドライアイスや液体窒素で冷却しながらホモジナイズすることで、分解酵素の活性を低下させ、凍結せず氷点下で処理でき、試料の劣化を抑えられる方法もあります。
DPPHは水分を50%以下で維持しないと不溶化するので高濃度のアルコール溶液として抽出しますが、抽出時のアルコール濃度により親水性物質と疎水性物質の回収率のバランスが変化するので、条件は厳密に合わせる必要があります。

⑤除タンパク、不溶物の除去
 DPPH法の場合、酵素による抗酸化能は関与しないので、DPPHが吸着する等して測定に支障をきたす恐れのあるタンパク質や濁りの原因になる不溶成分は、極力除去しておきたいところです。
 遠心分離後にメンブランフィルター等で濾過して不溶物を除去するのは吸光度を正確に測定するため有効ですが、試料の粘性や溶媒の種類によっては濾過が困難な場合があるので、遠心分離後の上澄みの濁りが許容範囲なら濾過操作は省略できます。

【DPPHの反応性について】
 DPPHが疎水性であるため、親水性のビタミンC等より、ビタミンE等の疎水性成分との相性が良いと考えられます。
 そのため、試料を前処理する際は疎水性成分が主体になりがちですが、抗酸化能の評価試験の場合、定量分析的な物質量に比例する化学反応ではなく、反応して酸化した抗酸化物質が他の抗酸化物質や還元剤によって再生される仕組み2)があることで、より複雑な様相となってしまいます。
 生体試料の場合、抗酸化物質の他に多数の生体由来成分があり、それ自体がDPPHと直接反応しなくても、酸化されたビタミンE等を還元して元の状態に戻す反応を媒介する成分が含まれることで、ビタミンEの含有量以上の抗酸化能を示すことができます。α-リポ酸等の両親媒性の抗酸化物質、界面活性剤やシクロデキストリン等の安定化剤によって抽出効率や反応性に差が生じます。

【まとめ】
 DPPH法は、測定操作が簡便な一方で、疎水性の抗酸化成分が主な対象となるため、使用する溶剤、緩衝剤、抽出条件等で影響を及ぼす因子が多くなり、高い再現性を求める場合は、これらの条件を厳密に合わせることが必要と考えられます。

【参考文献】

  1. 山内良子, "酸化防止剤力価評価を目的としたDPPHラジカル消去におよぼす反応溶媒の影響", 日本食品保蔵科学会誌, 2016, 42(5).
  2. 平原文子, "ビタミンEと抗酸化性", 栄養学雑誌, 1994, 52(4), 205-206.

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