低分子化合物を用いた α- シヌクレインのアミロイド線維化の検出
株式会社同仁化学研究所 村井 雅樹
神経変性疾患とは、神経組織の変性が進行し障害が発生する病気の総称である。発症の原因が分からず、対処療法しかないため難病に指定されている。代表的な神経変性疾患にはアルツハイマー型認知症、パーキンソン病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症などがあり、この中でも特に、アルツハイマー型認知症とパーキンソン病は患者数が多く全世界での患者数は 5000 万人以上とも言われている。神経変性疾患の発症から進行とともに、神経細胞に起こる変化として、異常タンパク質の蓄積やミトコンドリア機能不全が起こり、神経細胞の機能が障害される。神経変性疾患の一種である、パーキンソン病ではドーパミンを産生する神経細胞に変性が起こり、異常タンパク質が集積することで炎症が発生し、ドーパミン分泌の減少により運動機能が低下する。また、パーキンソン病における異常タンパク質の集積は α- シヌクレインの『アミロイド線維化』といわれる凝集体であるとされており、α- シヌクレインのアミロイド線維化を検出することがパーキンソン病の臨床研究や早期診断に繋がる有用なツールとなると言われている 1)。
α- シヌクレインとはパーキンソン病原因遺伝子として最初に発見された 14-19 kDa のタンパク質である。パーキンソン病の原因は脳内の黒質でドーパミンを分泌する神経細胞内に生じたレビー小体と言われているが 2)、このレビー小体の主な成分が α- シヌクレインのアミロイド線維である。また、神経細胞内でユビキチン化された α- シヌクレインは液- 液相分離し、アミロイド線維化することが示唆されており、パーキンソン病のバイオマーカーとして注目されている 3)。
現在、α- シヌクレインを低分子蛍光色素で検出する手法として Thioflavin T(ThT)が使用されている。 ThT はベンゾチアゾール基とジメチルアニリンが回転可能な単結合で繋がった構造をしており、α- シヌクレインと結合すると回転部分が止まり蛍光を発するメカニズムを有している。しかしながら、ThT は α- シヌクレインの重合体しか検出することができず、α- シヌクレインのアミロイド線維化は検出することができない 4)。パーキンソン病のバイオマーカーとしては α- シヌクレインのアミロイド線維化を検出することが望ましく、新たなる検出色素の開発が望まれていた。そこで、Chris らは α- シヌクレインの重合化、アミロイド線維化を検出できる低分子蛍光色素 TPE-TPP を開発した 4)。 TPE-TPP はテトラフェニルエチレン基(TPE 基)にトリフェニルホスホニウム基(TPP 基)を 2 個付した構造をしており、Chris らによると α- シノクレインと TPP 基の π - πスタッキング効果により蛍光色素が擬集し蛍光を発する。 Chris らは、さらに TPP 基の付加により、α- シヌクレインの重合体とアミロイド線維化の選択性を持たせ、原子間力顕微鏡において、α- シノクレインのアミロイド線維化のタイムラプス測定に成功している。このように、アルツハイマー病のバイオマーカー検出に有能な TPE-TPP だが、一方で、蛍光骨格が TPE 基のため、UV 励起でしか検出できず、蛍光顕微鏡での検出には向いていない。パーキンソン病ではミトコンドリアの機能不全が起こるため、『α- シヌクレインのアミロイド線維化』と『ミトコンドリアの機能不全』を同時に検出することができれば、パーキンソン病の解明や早期発見のための基礎実験において強力なツールになると考えられる。仮に、TPE-TPP の蛍光特性を長波長化できれば、TPE-TPP は TPP 基を付していることから、ミトコンドリアに集積する可能性が高い。そのためパーキンソン病と関連するミトコンドリア損傷と α- シヌクレインのアミロイド線維化の同時検出が可能になると考えられる。
一方で、臨床への応用としては、α- シヌクレインの蓄積に対し陽電子断層撮影法(PET)での検出が望まれている。これに対し、遠藤らは、α- シヌクレイン蓄積に対して強い結合を示す化合物 C05-05 を化合物スクリーニングから同定し、PET イメージングに適用させるため、18F 放射性同位体を組み込んだ 18F-C05-05 を開発した 5)。これまでも 18F 放射性同位体を組み込んだ蛍光プローブは開発されていたが、神経変性疾患の中でもパーキンソン病やレビー小体型認知症では α- シヌクレイン病変量が非常に少ないため、病変を捉えることはできなかった。これに対し、脳内で持続的に高い濃度が維持される 18F-C05-05 は、α- シヌクレイン蓄積を高感度に検出できる。実際に、遠藤らは、18F-C05-05 を使ってパーキンソン病とレビー小体型認知症のモデル動物と患者の脳内における α- シヌクレインの可視化に成功している。今後、TPP-TPE や 18F-C05-05 のようなイメージング試薬により神経変性疾患の病態の解明や治療薬への応用が期待される。

【参考文献】
- A. Parvez et al., “α-synuclein oligomers and fibrils: a spectrum of species, a spectrum of toxicitie”, Journal of Neurochemistry, 2019, 150, 522-534.
- C. Paolo et al., “Alpha-synuclein in Parkinson’s disease and other synucleinopathies: from overt neurodegeneration back to early synaptic dysfunction”, Cell Ceath & Disease, 2023, 14, 176.
- B. T. Cookson et al., “Modulating α-Synuclein Liqid-Liqid Phase Separation”, Biochemistry, 2021, 60, 48, 3676-3696.
- W. T. L. Chris et al., “Detection of Oligomers and Fibrils of α-Synuclein by AIE-gen with Strong Fluorescence”, Chem. Commum., 2015, 51, 1866.
- H. Endo et al., “Imaging α-synuclein pathologies in animal models and patients with Parkinson’s and related diseases”, Neuron, 2024, 120, 1-18.