はじめに
ATPは解糖系およびミトコンドリアの電子伝達系でつくられ、細胞が生きていくためのエネルギー源として重要です。細胞で合成されるATP のうち、約95%のATPがミトコンドリアで産出されるため、ミトコンドリア機能に異常が生じると、細胞のATP 産出が低下し、その結果、がんや老化、アルツハイマー病などの神経変性疾患、ミトコンドリア病を引き起こすことが知られており、ミトコンドリア活性の指標の一つとしてATPが用いられます。 また、がん細胞はミトコンドリアの酸化的リン酸化より非効率な解糖系を用いてATP を産出することが知られておりますが、最近の研究により解糖系の抑制によって解糖系から酸化的リン酸化にシフトすることもわかっており更に 注目されています1)。ATP Assay Kit-Luminescenceは、培養細胞中のアデノシン三リン酸 (ATP)量をホタル・ルシフェラーゼ発光法で定量するキットです。本キットには ATP Standard が同梱されており、再現性の高いデータを得ることができます。また、試薬を混合し添加するだけで、培地の除去や洗浄といった複雑な操作は伴いません。マイクロプレートを用いた多検体測定が可能です。
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図1 ATP Assay Kit-Luminescenceの測定原理 |
キット内容
50 tests | 200 tests | |
Enzyme Solution | 10 μl×1 | 20 μl×2 |
Substrate | ×1 | ×2 |
Assay Buffer | 5.5 ml×1 | 11 ml×2 |
ATP Standard | ×1 | ×1 |
保存条件
-20℃にて保存してください。
必要なもの(キット以外)
- 無血清培地
- マイクロプレートリーダー (発光測定に対応しているもの)
- 96穴白色マイクロプレート
- 接着細胞での実験を行う場合には細胞培養用のプレートを選択してください。
- 細胞播種後に細胞を観察したい場合やボトムリーディングで測定したい場合にはクリアボトムの白色プレートをご使用ください。
- 実績のある白色プレートについてはFAQをご参照ください。
- 20-200 µlのマルチチャンネルピペット
- 100-1000 µl、20-200 µl、2-20 µlマイクロピペット
- コニカルチューブ
使用上のご注意
- キットの中の試薬は、室温に戻してからご使用下さい。
- 輸送中の振動等により、内容物がアシストチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、内容物を底面に落とした後に開封して下さい。
- 正確な測定値を得るために、1つの測定試料につき複数(n=3 以上)のウェルをご使用下さい。
- 測定試料は、検量線範囲内に入るように細胞数を数種類調製して下さい。
- 96 穴マイクロプレートを用いる場合の細胞数は浮遊細胞、付着細胞共に10,000 cells/well 以下に調整して下さい。
- 本キットにはガラス製容器およびアルミ製シールキャップを使用しております。取扱いに際しては、保護手袋を着用して下さい。
溶液調製
Working solution の調製
- Substrateのバイアル瓶にAssay Bufferを1 ml加える。
- Substrate のバイアル瓶の中は減圧になっております。開封する際に中身が飛び出る可能性がありますので、ゆっくりゴム栓を開けてください。
- Assay Buffer を加えたバイアル瓶にゴム栓をして転倒混和し全てAssay Buffer の容器に戻す。
- Enzyme SolutionをAssay Bufferの容器に加え転倒混和する。
- 50 testsの場合Assay Buffer 5.5 mlに対してEnzyme Solutionを10 µl加えWorking solutionとする。
- 200 testsの場合Assay Buffer 11 mlに対してEnzyme Solutionを20 µl加えWorking solutionとする。
- Enzyme Solutionの内容物がアシストチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、使用前に振り落としてからご使用ください。
- Working solution調製後は冷凍保存(-20℃)して下さい(30日間安定)。
ATP stock solutionの調製
ATP Standardに超純水を200 µl加え、ピペッティングにより溶解する。(1 mmol/l ATP stock solution)
- 内容物がチューブ底面から外れ、チューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合があります。内容物を底面に落とした後に開封して下さい。
- ATP stock solutionは氷浴上で使用し、溶解後は冷凍保存 (-20℃)して下さい (10日間安定)。
操作
1. 測定用サンプルの調製
96 穴白色マイクロプレートに細胞懸濁液を 100 µl ずつ加え、目的の実験を行う。
- 正確な測定値を得るために、1 つの測定試料につき複数 (n=3 以上 ) のウェルをご使用下さい。
- 測定試料は、検量線範囲内 (0-2.5 µmol/l) に入るように細胞数の異なるサンプルを数種類調製して下さい。
2. ATP standard solution の調製
- ATP stock solution (1 mmol/l ) 10 µl を無血清培地 990 µl で希釈し、ATP standard solution (10 µmol/l) を調製する。
- 正確な定量値を得る為、希釈液としては細胞培養に用いた培地と同じ組成の無血清培地をご使用ください。
Fetal bovine serum(FBS) 等の血清は、発光値を減少させる原因になり得ます。
- 正確な定量値を得る為、希釈液としては細胞培養に用いた培地と同じ組成の無血清培地をご使用ください。
- ATP standard solution (10 µmol/l ) 250 µl を無血清培地 750 µl にて希釈し、ATP standard solution (2.5 µmol/l ) を 調製する。
- 2. で調製した ATP standard solution (2.5 µmol/l ) を順次 2 倍希釈していき、標準液 (2.5, 1.25, 0.625, 0.313, 0.156, 0.078, 0.039, 0 µmol/l) とする ( 図 2 参照 )。
図2 ATP standard solution の調製方法
3. 測定
- ATP standard solution およびSampleを 100 µl ずつ、各ウェルに入れる ( 図 3 参照 )。
- 正確な測定値を得るために、1 つの測定試料につき複数 (n=3 以上 ) のウェルをご使用下さい。
- Working solution を 100 µl ずつ各ウェルに入れる。
- 気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
- Working solution 添加後、プレートシェーカー等で 2 分間振盪することをお勧めします。 光によって発光シグナルが不安定になりますので、光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。
- Working solution を添加したプレートを 25℃に設定したプレートリーダーの中に入れ、10 分間インキュベーションする。
- プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し 25℃ のインキュベーターもしくは 25℃ 付近の室温で 10 分間インキュベーションしてください。
- 上記インキュベーションは細胞から効率よく ATP を抽出し、発光シグナルを安定させるために必要です。
- 発光量 (RLU) を測定し測定試料中 ATP 濃度を検量線より求める。
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図3 ATP standard solution とサンプルのプレートレイアウト例 (n=3)
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図4 ATP 検量線の例
実験例
Rotenoneを用いた電子伝達系阻害による細胞内ATP量の変化
1. 測定用サンプルの調製
- 6 穴プレートの 2 つのウェルに Jurkat 細胞懸濁液 (2×105 cells/ml、10% FBS を含む RPMI 培地 ) を 1 ml ずつ加えた。
- 細胞懸濁液を加えた 6 穴プレートの 1 つのウェルに RPMI 培地 (10% FBS を含む ) で希釈した Rotenone (50 µmol/l) 溶液を 1 ml 加え、もう一つのウェルにコントロールとして、RPMI 培地 (10% FBS を含む ) を 1 ml 加えた。
- インキュベーター (37℃、5%CO2 存在下 ) で 4 時間培養した。
2. 測定
- ATP の標準液を調製した (ATP standard solution の調製を参照 )。
- 上記の測定用サンプルと ATP standard solution を 100 µl ずつ、96 穴白色マイクロプレートに加えた。 ( 図 5 参照 )
- Working solution 100 µl を各ウェルに加えた。
- 96 穴白色マイクロプレートをプレートリーダーで 2 分間振盪した。
- プレートをプレートリーダー (25 ℃) で 10 分間インキュベーションした。
- 発光量 (RLU) を測定し測定試料中 ATP 濃度を検量線より求めた。
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図5 ATP standard solution とサンプルのプレートレイアウト例 (n=3)
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図 6 Rotenone を用いた電子伝達系阻害による細胞内 ATP 量の変化
電子伝達系を阻害するロテノンを添加することによって細胞内のATP量が減少することを確認した。
参考文献
- R. Shiratori, et al., Sci. Rep., 2019, 9, 18699
よくある質問/参考文献
A550: ATP Assay Kit-Luminescence
Revised Mar., 10, 2025