DOJIN NEWS
 トップページ > ES/iPS 細胞から内胚葉組織への分化誘導方法の開発
reviews

ES/iPS 細胞から内胚葉組織への分化誘導方法の開発
The establishment of endoderm differentiation methods of ES/iPS cells

白木 伸明
熊本大学発生医学研究所 幹細胞部門
多能性幹細胞分野 助教
粂 昭苑
熊本大学発生医学研究所 幹細胞部門
多能性幹細胞分野 教授

 

 Embryonic stem (ES) and Induced Pluripotent Stem (iPS) cells are expected to use for regenerative medicine, and also serve a highly useful tool in the study of developmental biology.  The embryonic endoderm requires signals from the adjacent germ layers for subsequent regionalization into specific endoderm organs. The requirement of inducing signal from the mesoderm led to the idea that coculture of ES cells with a feeder cell line would induce the ES cells to differentiate into the definitive endoderm.
This led to the discovery of M15, a mesonephros derived cell line, which has been shown to be an excellent endoderm inductive source. To establish optimal conditions for differentiation into pancreas, liver or intestinal cell lineages, ES cell were differentiated into definitive endoderm (DE) and were challenged with various growth factors or chemicals that affect certain signaling pathways at late stage. Among these tested growth factors and chemicals, we found that activin and FGF signals promote pancreatic differentiation, dexamethasone and HGF induce hepatic differentiation or the activation of Wnt and inhibition of Notch signaling pathways efficiently induced intestinal differentiation. Moreover, we established non-feeder systems using synthesized basement membrane or nanofiber as a scaffold for endoderm differentiation.
To identify endoderm or pancreas specific genes in ES cell-differentiation, we induced mouse ES cells into the mesendoderm, DE, mesoderm, ectoderm and Pdx1-expressing pancreatic lineages, and performed DNA microarray analysis. Genes specifically expressed in the DE and/or in Pdx1-expressing cells were extracted and their expression patterns in normal embryonic development were studied by in situ hybridizations. This review describes the establishment of endoderm differentiation methods of ES/iPS cells, and application of these differentiation systems into the study of developmental biology.

キーワード: ES 細胞、iPS 細胞、内胚葉、分化誘導、M15 細胞、sBM

1. はじめに

 2012 年の山中伸弥京都大学教授のノーベル医学生理学賞の受賞以降、幹細胞を利用した再生医療への関心は非常に高まっている。 1 型糖尿病患者への治療法としては膵臓移植、あるいは膵島移植が有効であることが知られている。移植効果が次第に低下し再度移植が必要となるなど、さらなる改善が必要ではあるが、数年間インスリン治療から離脱できることや移植前に比べ血糖のコントロールが容易になる利点がある。しかし、ドナー不足という大きな問題点があるために移植細胞を得る方法として ES 細胞/iPS 細胞からの膵β細胞誘導が注目されている。我々は、ES 細胞(embryonic stem cell /胚性幹細胞)および iPS 細胞(induced pluripotent stem cell /人工多能性幹細胞)からの内胚葉分化誘導機構について研究を行ってきた。主に膵臓の発生・分化について研究を行ってきたが、他の内胚葉組織である肝臓・腸への分化研究も行っている。我々は、これまで分化をサポートする材料として胎仔膵臓組織、支持細胞、擬似基底膜、ナノファイバーを用いることで、簡便かつシンプルな分化誘導技術の構築を目指してきた。支持細胞を用いた分化誘導系に関しては、培養液の組成を変更することにより膵臓・肝臓・腸といった内胚葉組織のみならず、外胚葉・中胚葉系細胞を効率よく分化誘導することに成功している。さらに、構築した ES 細胞分化誘導系で得られた各種分化細胞を用いて網羅的遺伝子発現解析を行い、胚性内胚葉の新規細胞表面抗原マーカーとして DAF1(CD55)を見出した。更なる解析の結果、内胚葉もしくは膵臓での発現の報告がない 4 つの新規遺伝子を同定した。以上のように、我々は再生医療やモデル細胞作製にむけた ES 細胞分化誘導系の構築を行いつつ、得られた知見について発生学的解析手法を用いて検証して、ES 細胞の分化誘導系が初期の発生現象を理解することのツールとして非常に優れていることを証明してきた。本総説では、膵臓分化誘導の現状について解説し、我々が構築した各種分化誘導法、分化誘導効率の可視化方法を述べ、最後に ES 細胞研究から得た知見を発生研究へと応用した例について述べる。

▲ページのトップへ

2. 膵臓分化誘導の現状

 ヒト ES/iPS 細胞が再生医療の材料として有用であることは上述の通りであるが、糖尿病の再生医療に関しては、細胞レベルで機能を有している膵β細胞を補充する細胞移植であることから早期の臨床応用が期待されている。本章では、ES/iPS 細胞から膵β細胞への分化誘導の現状を紹介する。
 図 1 に卵から膵β細胞に至るまでの発生系譜の模式図を示す。初期胚は、外・中・内胚葉と呼ばれる 3 つの細胞層からなり、膵臓は胚性内胚葉由来の臓器である。膵臓発生はまず、マウスにおいて胎生 8.5 日前後に内胚葉上皮の特定領域に膵前駆細胞の誘導が起こることで開始される。その後、膵前駆細胞は増殖し、胎生 10.5 日目頃には、背側と腹側にそれぞれ膵芽と呼ばれる構造が形成される。さらに発生が進むと、胎生 14.5 日目頃には、内分泌細胞および外分泌細胞が分化し始める。内分泌細胞は 4 種の細胞に分類され、最初にグルカゴンを分泌するα細胞が分化して出現し、その後インスリンを分泌するβ細胞、ソマトスタチンを分泌するδ細胞および膵ポリペプチドを分泌する pancreatic polypeptide(PP)細胞が分化してくる。 ES/iPS 細胞から膵臓を分化誘導する際も図 1 に示すようなマーカー遺伝子の発現を指標にして、初期胚から膵β細胞への正常な発生分化過程を再現するという手法がとられている。また、肝臓・腸なども内胚葉由来臓器であり、膵臓の場合と同様に正常発生において知られている誘導シグナルを ES 細胞へ与えることで、それぞれの組織への分化誘導が試みられている。



 膵臓は胚性内胚葉由来の臓器であるが、ES 細胞からは胚性内胚葉の他にも、将来、胚体外組織を形成する胚体外内胚葉というものが分化する(図 1)。この胚体外内胚葉では、多くの胚性内胚葉マーカーが発現していることもわかっている。そのため、ES 細胞から正常発生に沿った形で膵β細胞を得るために胚性内胚葉を介した分化誘導を行う場合、初期に分化した内胚葉が胚性内胚葉なのか胚体外内胚葉なのかを区別することが困難な時期が続いた。この問題は、2005 年に Yasunaga ら 1) によりマウス ES 細胞から、また D'Amour ら 2) によりヒト ES 細胞から胚性内胚葉への効率的な分化誘導方法、さらには Cxcr4 という分子が胚性内胚葉のみに発現し、胚体外内胚葉には発現しないということが報告され、ようやく解決された。彼らは、ES 細胞を無血清条件下でアクチビン含有培地を用いて培養することにより、マウスおよびヒト ES 細胞から非常に効率的に胚性内胚葉が分化したと報告した。同定された Cxcr4 分子が胚性内胚葉のマーカーとして頻繁に使われるようになった。 2005 年に米国の Novocell 社(現 ViaCyte 社)の D'Amour らによってヒト ES 細胞から内胚葉細胞を効率的に分化誘導する方法 2) が報告されて以降は、この方法を元に様々な分化誘導方法が開発されてきた。 2006 年にはヒト ES 細胞から胚性内胚葉を介して正常発生に沿った形でインスリンを産生する膵β細胞を分化誘導することに成功したと報告した 3) 。一方、成熟化に関しては、得られたインスリン産生細胞はグルコース値に応じてインスリン生成量を変えることがあまりできず、課題も残っていた。そこで、彼らはより成熟した細胞を得るために膵β細胞へ分化途中の細胞をマウスへ移植し、in vivo で成熟化させるという戦略をとり、ヒト ES 細胞由来膵臓細胞がマウス体内で成熟し、正常に機能することを示した 4)図 2 にはこれまで報告されているヒト ES 細胞から膵β細胞への分化誘導方法について模式的にまとめたが、2006 年の D'Amour の方法を基本として、様々な改良がなされてきたことがわかる 5-9)


▲ページのトップへ

3. 分化誘導方法の構築

 ES/iPS 細胞から目的の組織を分化誘導するためには、最適な足場と培養液の組み合わせが必要である。本章では、我々が構築してきた分化誘導系を紹介するとともに足場および培養液に焦点を絞って、誘導方法構築のプロセスについても解説したい。

3-1.マウス胎仔膵組織を用いた膵臓分化誘導

 膵臓は内胚葉由来の臓器であり、膵β細胞は膵前駆細胞・内分泌前駆細胞を介して発生する。我々が膵臓分化誘導研究を開始した当初は、ES 細胞分化における膵臓分化の誘導シグナル源についての情報はほとんどなかった。そこで、我々は、ES 細胞をマウス胎仔の各臓器と共培養することにより膵前駆細胞への分化誘導を試みた。評価には、膵臓前駆細胞マーカーである Pdx1pancreatic and duodenal homeobox 1)遺伝子座に LacZ が導入された Pdx1/LacZ ES 細胞を用いた。検討の結果、ES 細胞とマウス胎仔膵原基あるいは膵間充織とを共培養すると、膵前駆細胞への分化誘導が促進されることを見いだした 10)図 3)。また、各種液性因子の膵分化誘導に及ぼす影響について評価した結果、膵前駆細胞への分化には液性因子として TGF β2 が有効であった。さらに、いくつかの外来遺伝子を ES 細胞に強制導入し、膵臓への分化に対する導入遺伝子の効果を調べた。その結果、内胚葉誘導活性を持つニワトリの cmix 遺伝子をマウス ES 細胞内で強制発現することにより、膵原基および TGF β2 が持つ膵分化誘導活性が増強し、その増強効果は cmix 蛋白質の発現量と相関した。

▲ページのトップへ

3-2. 支持細胞 M15 を用いた分化誘導

 上記の研究で胎仔膵原基に膵臓分化誘導シグナルが存在することは明らかになったが、分化誘導機序の解明には、より簡便で効率的な方法が必要であった。正常発生において内胚葉は近接する中・外胚葉領域からのシグナルを受けて前後軸に沿った領域化が決定されることが報告されていた。そこで、中胚葉由来の培養細胞株を誘導シグナル源として利用する分化方法の樹立を試みた。 複数種の細胞株について膵分化誘導活性を調べた結果、中胚葉由来培養細胞株 M15 細胞に誘導活性を見出し、M15 細胞を支持細胞として用いる、新しい膵分化誘導法の構築に成功した 11)図 3)。 分化誘導方法の開発および誘導後の細胞の解析には、Pdx1 プロモーター下に GFP(Green Fluorescent Protein)を導入した組み換え遺伝子をホモに持つ遺伝子組み換えマウスの胚盤胞から樹立した Pdx1/GFP ES 細胞を用いた。各種マーカーの発現解析の結果、上記分化誘導法により ES 細胞から胚様体を介さずに内胚葉を選択的に分化誘導することが可能であり、膵臓のみならず、他の内胚葉由来臓器(咽頭、肺、肝臓、小腸)マーカーの発現が認められた。さらに、スクリーニングに使用した細胞株についてマイクロアレイ解析を行い、M15 細胞のもつ分化促進能力の本体について解析を行った。解析の結果、膵臓分化に関して、Activin,FGF(Fibroblast growth factors),レチノイン酸・接着因子の関与が示唆された。そこで、M15 細胞と Activin および FGF の添加を組み合わせることで ES 細胞から非常に効率よく膵前駆細胞を分化誘導できる方法を確立できた。定量的な解析の結果、支持細胞のみの場合に得られる膵前駆細胞は約 2% 程度であったが、液性因子を添加することで約 30% と飛躍的に増加した(図 3)。得られた膵前駆細胞については、マウスへの移植実験を行い、膵臓を構成するすべての細胞へ分化可能であることがわかった。
 肝臓は創薬研究において中心的役割を果たす臓器であるが、新薬候補物質の体内での代謝および薬物毒性試験などにおいて、動物肝細胞とヒト肝細胞では物質代謝の大きな違いがあることから、動物実験だけでは毒性と有効性の検定が不可能である。またヒト肝細胞の供給も極めて限定されており、多数の提供者から集められた細胞組織では試験データのばらつきが大きく有意義な結果を得ることは困難である。そこで、ヒト ES/iPS 細胞から肝細胞への分化誘導技術が確立できれば、安定したヒト肝細胞の供給が可能となり、創薬研究分野における極めて重要な技術革新となる。 我々は、まず、マウス ES 細胞を用いて培養条件の至適化を行い、先の研究で見いだした膵臓分化誘導条件から、少しずつ培養条件を変えていくことにより、肝臓分化に最適な培養液の組成を決定した。最終的には膵臓分化誘導活性を有する Activin と FGF を除去し、代わりに HGF (Hepatocyte growth factor)、Dex (Dexamethasone)などを添加することで非常に効率よく肝臓分化を誘導できた 12)図 3)。本方法は、マウス ES 細胞のみならずヒト ES 細胞にも応用可能であり、ES 細胞由来の肝臓細胞を利用することで、肝臓分化機序のさらなる解明や新薬の安全性評価および薬理評価への応用が期待される。



 小腸上皮は、食物や薬物を吸収・代謝する重要な組織である。 これまでは、ヒト結腸癌由来細胞株 Caco2 細胞が創薬における薬物動態試験のモデルとして汎用されている。しかし、Caco2 細胞は小腸上皮に比べると薬物代謝活性が低く、培養方法によって細胞の性質に大きな差が生じるなど、問題点が多い。近年、成体の腸幹細胞研究は盛んであるが、ES/iPS 細胞からの分化誘導研究はあまり行われていなかった。そのため、小腸への分化誘導についても、まずは肝臓の場合と同様に支持細胞を用いて分化誘導した内胚葉に対して、様々な成長因子・低分子化合物を添加して培養を行うこととした。膵臓マーカーである Pdx1,初期肝臓マーカーである α-fetoprotein(AFP),小腸マーカー遺伝子 Cdx2 の発現を指標に、小腸上皮細胞への分化を選択的に促進する条件を探索した。様々な条件検討の結果、内胚葉分化誘導後に WNT シグナルを活性化する化合物 BIO と Notch シグナルを抑制する化合物 DAPT を加えることにより、小腸上皮の細胞への分化が促進され、全体の 88% 程度の細胞が Cdx2 陽性の小腸上皮の細胞へと分化した 13)図 3)。またこの分化過程には Fgf や Bmp(Bone Morphogenetic Protein),hedgehog シグナルも関与していることが示唆された。分化した小腸内胚葉から、吸収腸細胞・杯細胞・パネート細胞および腸管内分泌細胞の分化細胞が誘導できることも確認している。今後はこの細胞を用いた小腸の発生メカニズムや炎症性腸疾患の病因解明などの基礎研究と創薬や再生医療などの応用研究が期待できる。
 ES 細胞から各胚葉を誘導する技術については、多くの報告があるが、一つの系で三胚葉への分化を同時に観察できる分化誘導系の報告はなかった。我々は、上述のように中胚葉由来の培養細胞株 M15 細胞を用いて内胚葉組織である膵臓・肝臓および腸といった内胚葉組織を効率的に分化誘導する方法を構築してきた。これらの研究で得られた知見を参考にして、M15 細胞と液性因子の添加を組み合わせることにより、ES 細胞から内胚葉のみならず中胚葉および外胚葉を効率よく分化誘導することに成功した。 Activin および bFGF を添加することにより中内胚葉・内胚葉を、BMP7 を添加することにより中胚葉を、P38MAPK の阻害薬である SB203580 を添加することにより神経外胚葉を効率的に分化誘導することができた 14)図 3)。分化誘導した各細胞について、マイクロアレイ解析を行った結果、各種マーカー遺伝子の発現を確認できた。この各胚葉におけるマイクロアレイ解析の結果を元に、後述する新規内胚葉マーカーの探索や内胚葉分化効率の簡便な測定 Kit の開発などの研究がスタートした。さらに長期培養を行った結果、神経系ではニューロンのみならずアストロサイトやオリゴデンドロサイトへの分化、中胚葉系では骨や脂肪細胞への分化が見られた。以上のことから、M15 細胞を用いて分化誘導した細胞は、成熟した神経および中胚葉へ分化する能力を有していることが明らかになった。
 上記の M15 細胞を用いた内胚葉組織(膵臓・肝臓・小腸)、中胚葉および外胚葉への分化誘導方法の構築過程で、足場の条件は同じであっても、培養液組成のみを変更されることにより、分化をコントロールすることが可能であることが明らかとなった。このことは、その後の我々の分化誘導研究において非常に大きな影響を与える知見であった。

▲ページのトップへ

3-3.擬似基底膜(sBM)を用いた分化誘導

 続いて、M15 細胞の ES 細胞への働きかけを調べるために二つの実験を行った。まず、同じ培養液で異なる細胞群を個別に培養可能なトランスウェルを用いた共培養系を用い、M15 細胞の液性因子の影響を調べたところ、初期の内胚葉誘導においては液性因子が重要であるが、その後の臓器特異的分化には強い影響が認められなかった。一方、M15 細胞をパラホルムアルデヒドで固定しても、その膵臓分化促進効果は失われなかった。以上の結果から、M15 細胞と ES 細胞との cell-cell あるいは cell-matrix 相互作用が膵臓分化には重要であることが示唆された。次に、マイクロアレイ解析にて細胞外マトリックス遺伝子の発現量を調べたところ、M15 細胞は他の支持細胞である PA6 や OP9 細胞と比べて、collagen type IV とラミニンα5(Lama5)の発現が高いことが明らかになった。これらは基底膜の主成分であるが、なかでもラミニンは 3 つのサブユニットから構成されており、α鎖、β鎖、γ鎖をそれぞれ一つずつ持つヘテロ三量体である。さらに、M15 細胞においてLama5 の発現をノックダウンすると、膵臓への誘導が抑制されることを確認した。
 そこで、我々は国立環境研究所の持立克身博士らのグループが確立したラミニン 10 (α5 β1 γ1)を豊富に含む擬似基底膜(synthesized basement membrane, sBM)に着目し、これを用いた新規膵臓分化誘導系の開発を試みた。 M15 細胞での知見を参考にして、内胚葉分化および膵臓分化における培養液組成を様々検討することにより、その結果、sBM 上において支持細胞無しに ES 細胞は内胚葉から膵前駆細胞へと分化し、さらにインスリン産生細胞にまで分化することを明らかにした 15)図 4)。さらに sBM の膵臓分化誘導メカニズムを解析した結果、ラミニンのシグナルがインテグリンを介して伝達され、膵臓分化を誘導していることを見いだした。



 続いて、sBM の肝臓分化誘導への適応を試みた。戦略は M15 細胞の場合と同様で内胚葉分化誘導後の培地組成を肝臓分化に至適化することで、肝臓分誘導を試みた。検討の結果、 sBM 上でもマウスおよびヒト ES 細胞からアルブミンを分泌し、薬物代謝酵素活性を示す機能的な肝臓細胞の分化に成功した 16) 。さらに、sBM からの誘導メカニズムを解析した結果、基底膜成分であるラミニンのシグナルがインテグリンを介して伝達され、Akt (プロテインキナーゼ B)のリン酸化を介して、肝臓分化を誘導していることを見いだした。

▲ページのトップへ

3-4.ナノファイバーを用いた分化誘導

 再生医療に ES/iPS 細胞を応用するにあたり、培養系には未知の成分、とりわけ異種動物由来成分は可及的に排除されることが望まれる。そこで次に注目したのは、完全な人工合成基材を用いる方法である。なかでもポリアミドをエレクトロスピニング法によってランダム配向したナノファイバーは、マウス ES 細胞の増殖促進や初代ラット肝細胞機能維持に適していると報告されていたことから、この基材を ES/iPS 細胞の肝臓分化に使用しうるか否かを検討した。支持細胞を使わずに無血清条件で内胚葉組織を分化誘導する際の培地組成については、sBM を用いた検討で多くの情報の蓄積があり、ナノファイバーを用いた分化誘導系の構築に大きく役立った。
 検討の結果、ゼラチン、collagen typeT、fibronectin、マトリゲルをコートした通常のプレートと比較して、ナノファイバーは効率よく内胚葉マーカーである Sox17 の発現を増強し、ES/iPS 細胞をアルブミン分泌能や ICG 取り込み能が良好な肝臓細胞に誘導した 17)図 4)。 凹凸のあるナノファイバーの培養皿表面では、細胞はドーム上に丸く存在し in vivo と良く似た形態を示しており、我々は細胞骨格の制御に関わる Rho ファミリーに属する Rac1 が、未分化状態の ES 細胞のみならず分化過程においてもナノファイバー上で活性化されていることを見出した。Rac1 選択的阻害薬を用いた検討結果から Rac1 の活性化は初期の内胚葉誘導のみならず、内胚葉から肝臓への誘導においても重要な役割を担っていることを明らかにした。

▲ページのトップへ

4.分化の可視化

 分化誘導方法を構築するうえで、分化度の簡便な評価方法の有無は、構築に必要な研究期間に大きく影響する。また、ヒト ES/iPS 細胞は各種細胞に分化させることが可能だが、分化効率は 100% ではなく未分化な細胞がサンプル中に残ることとなる。そのため、癌化のリスクがある未分化な細胞を除去し、目的の細胞を選別するためにフローサイトメトリーが利用されている。そこで、我々は肝臓分化をリアルタイムでモニターし、かつ選別し解析する目的で、高効率な遺伝子相同組換え技術であるヘルパー依存型アデノウィルスを用いて、アルブミン(ALB)遺伝子座に橙色蛍光タンパク質(mKO1)遺伝子を導入したヒト ES 細胞株および iPS 細胞株を樹立した 18) 。この細胞株由来の分化細胞では、mKO1 の蛍光が内在の ALB 遺伝子の転写活性を反映するため、レポーターの蛍光を指標に、肝細胞を可視化、定量化、純化することが可能である。更にフローサイトメトリーで選別した mKO1 陽性細胞と陰性細胞を、マイクロアレイ解析により比較したところ、mKO1 陽性細胞において、薬物代謝など、肝機能と関連のある遺伝子群の発現が増加しており、mKO1 陽性細胞が肝細胞の特性を有することが確認された。現在は、本細胞株を用いた肝臓分化誘導の更なる改善や、肝臓特異的に発現する新規マーカー遺伝子の探索を行っている。
 通常、 ES/iPS 細胞から内胚葉組織である膵臓・肝臓・腸を分化誘導するためには、一か月を要し、作成するためには液性因子などコストもかかる。そこで、時間や費用を無駄にしないためには最終分化に至る過程で、分化誘導が成功しているかをチェックする必要がある。今後、再生医療に ES/iPS 細胞由来の分化細胞を利用するという場合はその分化誘導過程で品質チェックが徹底されるであろう。これまで分化度の確認は、指標となる細胞内タンパク質の発現量を一定期間ごとに測定し、それらの発現量の変化で判断するため一部の培養細胞を破壊する必要があった(図 5 従来法)。そこで、我々は株式会社同仁化学研究所と共同で、培養上清中に分泌された Cerberus1 タンパク質を測定することで細胞を破壊することなく内胚葉細胞の分化度を測定する方法を構築した 19)図 5 ELISA)。上述した ES 細胞由来内胚葉・外胚葉・中胚葉のマイクロアレイ結果から、内胚葉で特異的に発現が高い分泌因子を探索した結果、Cerberus1 を見出した。マウスES細胞を内胚葉へ分化した場合、Cerberus1 mRNA の発現量は内胚葉マーカーである Sox17 (Sry-box containing gene 17)の発現と相関し、培養上清中に分泌された Cerberus1 量も分化日数に比例して増加し、内胚葉の割合との相関が確認された。また、ヒト iPS 細胞においても、培養上清中の Cerberus1 分泌量は内胚葉の細胞数と相関することが明らかとなった。本方法は、細胞内の蛋白の局在情報は得ることができないという短所はあるものの、評価時間が 4 時間と短いことや細胞を殺すことなく培養上清のみで定量的な評価が可能な点が従来法との大きな違いである。この ELISA Kit を用いることで、iPS 細胞を継続培養しながら内胚葉分化効率を簡便に測定することが可能となり、iPS 細胞分化の品質管理への利用が期待される。


▲ページのトップへ

5.ES 細胞分化から発生研究へ

 ES 細胞の研究では、発生研究で得られていた知見を利用することが多い。我々は ES 細胞分化誘導実験から得られた知見を発生研究へ応用するという研究も行ってきた。本章では、その例を 2 つ示す。
 ES 細胞から特定の細胞を分化誘導するためには、他の領域には発現せず、目的の領域のみに発現するマーカー遺伝子が非常に重要である。しかし、現実的には複数のマーカー遺伝子を組み合わせて分化細胞を評価することが多い。そこで、我々は、これまで述べた ES 細胞分化誘導系とマイクロアレイを用いて、内胚葉に特異的に発現する遺伝子の探索を行った(図 6A)。検討の結果、新規内胚葉マーカーとして細胞表面抗原である DAF1 (CD55)を同定した 20) 。さらに、既存のマーカー遺伝子である Cxcr4 陰性の Pdx1 陽性細胞が存在する胎生 9.5 日目正常胚を用いた解析では、 DAF1 はすべての Pdx1 陽性膵前駆細胞で発現しており、膵臓内胚葉マーカーとしても有用であることが示唆された(図 6B)。さらに、 DAF1 が細胞表面抗原である性質を利用して抗 DAF1 抗体を利用した内胚葉細胞の濃縮が可能となり、内胚葉および膵臓研究のよいツールとして利用できる。現在は、この DAF1 陽性内胚葉の性質について詳細に検討を進めている。
 我々は、上記のマイクロアレイ解析を更に進めて、膵臓特異的に発現する新規遺伝子の探索を行った。マイクロアレイ解析の結果から ES 細胞由来の内胚葉や膵臓前駆細胞で発現の高い遺伝子を 65 遺伝子抽出し、これらの遺伝子について胎生 8.5 日目の胚と胎生 14.5 日目の膵臓で in situ hybridization を行った。解析の結果 27 個の遺伝子について内胚葉もしくは膵臓での発現を同定した 21) 。さらに、この遺伝子中には 4 つの新規遺伝子(Akr1c19, Aebp2, Pbxip1, Creb3l1)も含まれていた(図 6C)。現在は、それぞれの遺伝子について膵臓発生における役割を詳細に検討している。


▲ページのトップへ

6.終わりに

 本稿では、膵臓分化誘導についての現状について解説した。さらに、当研究室で構築した分化誘導系について足場および培養液の 2 つの観点から述べ、最後に分化誘導研究から得た知見の発生研究への応用について説明した。 ES/iPS 細胞から作成した臓器を用いた再生医療を実現するためには、効率的な分化誘導方法の構築はもとより、Xenogenic Free な培養系の構築や治療に必要な細胞数の確保などの課題があり、目的細胞の純化も当然必要となるであろう。今後、上記問題が解決され、 ES/iPS 細胞由来細胞が臨床応用されることを期待する。

著者プロフィール
氏名 白木伸明 Shiraki Nobuaki
所属 熊本大学 発生医学研究所 幹細胞部門 多能性幹細胞分野 助教
連絡先 〒860-0811 熊本県熊本市中央区本荘 2-2-1
TEL : 096-373-6806
E-mail : shiraki@kumamoto-u.ac.jp
出身学校 熊本大学大学院医学研究科
学位 博士(医学)

 

氏名 粂昭苑 Kume Shoen
所属 熊本大学 発生医学研究所 幹細胞部門 多能性幹細胞分野 教授
連絡先 〒860-0811 熊本県熊本市中央区本荘 2-2-1
TEL : 096-373-6620
E-mail : skume@kumamoto-u.ac.jp
出身学校 大阪大学大学院理学系研究科
学位 博士(理学)

 

▲ページのトップへ