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連載
新しいナノ材料としてのカーボンナノチューブ

−最近の展開(バイオからエネルギーまで)
C


中嶋 直敏、藤ヶ谷 剛彦
九州大学大学院

 

1 . カーボンナノチューブ(CNT)透明フレキシブル導電性フィルム

1-1.基本コンセプト

 透明導電性フィルム(あるいは基板)はパソコン、携帯電話、スマートフォン、iPad などのフラットパネルディスプレイ用電極材料として欠かせない部材であり、市場規模が世界的に急拡大している。しかし、材料として希少金属であるインジウムを使った酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide: ITO)を用いているために、安定供給が危惧されている。透明導電性基板としてはタッチパネル用途として表面抵抗率 500 Ω□-1 ・透過率 85%(@550 nm)、液晶パネル用途には、表面抵抗率 100 Ω□-1 ・透過率 85%(@550 nm)という性能が必要であり、これを満たす ITO 代替材料の開発が急務となっている。また ITO 膜は、生産効率が悪いドライプロセスのスパッタ法で生産しているため、より生産効率が高いウェットコート方式での生産が望まれる。
 高い電気伝導性と高いアスペクト比を持つ CNT を素材としたフレキシブル透明導電性フィルムは、ITO 代替として、実用化に極めて近い位置にいる。導電性高分子である Poly(3,4-ethylenedioxythiophene): Poly(styrenesulfonate)(PEDOT:PSS)や金属系の銀ナノワイヤーも代替材料の候補であるが、ここでは CNT に焦点を当てて解説する 1) 。グラフェンを素材とする透明導電性膜の研究も活発であるが、これについては第 5 回にて紹介する。
 透過率(T)は表面抵抗率(Rs)と膜厚(d)が波長より十分に小さい範囲において、式 1 で関係づけられる。


 通常、これらの値は波長 550 nm での値で比較される。σop はドーピング状態には関係なく多くの場合 2 × 104(S/m)とみなされることから、透過率と表面抵抗率は非常にシンプルな式で関係づけられていることが分かる。実験的にもこの式は実測値をよく再現できることが確かめられているが、パーコレーション閾値以下、すなわち CNT ネットワークの非常に疎な範囲で外れてくるので注意が必要である。

と書き換えられ、フィルム膜厚(塗布厚み)が薄いと透明性は向上する。ただし、CNT 塗布量を減少させると導電率は減少する。この二律背反を実現するには、塗布厚み分を補うほど σdc を大きくすればよい。SWNT-SWNT 間の接点は、接点抵抗として働くため、接点が多いほど σdc は小さくなる。導電性原子間力顕微鏡による実測では、SWNT-SWNT 間の抵抗は非常に大きく kΩ〜 MΩ オーダーにも上る。CNT 一本の σdc は 200,000 S/cm と非常に大きいが、ネットワーク化し、導電パスに接点が存在すると、5000 S/cm 程度まで大きく低下する。接点間の抵抗値は CNT のバンドルのサイズにも大きく依存し、10 nm 程度のバンドルどうしでは 2.7 MΩ にものぼり、孤立状態の SWNT 同士でも 98 kΩ もの抵抗が存在する。一方で、単独の CNT 内での抵抗は 〜 10 kΩ ±6 kΩ/μm であり 2) 、2 〜 4μm の長さの CNT において、せいぜい 20 〜 30 kΩ 程度であることが分かる。従ってネットワーク内の抵抗は接点抵抗が主であり、短い CNT を多数の接点でつないでネットワークを作るより、長い CNT で接点を最小限にしてネットワークを形成するのが望ましく、なおかつ構成する CNT は孤立分散した状態であることが理想的であることが理解できる。
 パーコレーション理論より、アスペクト比の大きい CNT においては基板被覆密度が 1% に満たない範囲でパーコレーションが起こることが分かっている。パーコレーション閾値以上においてσdc の値はネットワーク密度の 1 〜 1.5 乗(理論的には 1.33)で増加するため、透明導電性膜でターゲットとなる 90 〜 95% の透過率の範囲では(厚さ 5 〜 10 nm に対応)σdc の値が急激に増加する範囲に対応する。従って、ネットワーク構造の精密制御が透明導電性に大きく影響することが理解できる。理論的なσdc の最大値は 90,000 S/cm と予想されているのに対し、報告されている最も大きいσdc でおよそ 13,000 S/cm であり、まだ向上の余地がある。

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1-2.透明導電性フィルム作製法

 ディップコーティング 3) 、Langmuir-Blodgett (LB)法 4) 、電気泳動法 5) 、ろ過法、スピンコーティング 6, 7) 、スプレー塗布 8, 9) 、バーコート塗布(ロッドコーティング法) 10) などの様々な溶液塗布法からの CNT 薄膜の作製が可能になっている。このような溶液法による塗布は、高価な真空蒸着装置を必要とする ITO 基板と比較し安価な材料を提供する。いずれの場合も良い CNT 分散液を得るために、界面活性剤やポリマーのような分散剤が必要であるが、それらは接点部において大きな抵抗を引き起こすため、塗布後の除去プロセスが重要となる。ディップコーティング法は塗布する基板を CNT 分散溶液に浸して引き上げるだけの非常にシンプルな方法であるが、CNT は基板と分散剤との相互作用により吸着するために、分散剤の選択は重要である。この方法では引き上げ方向に CNT が配向した異方性薄膜も作製できる。しかし、両面に塗布されてしまうために、片面のみが必要であった場合、透明性の面で不利になってしまう。LB 法は、操作がシンプルでなく、汎用性は高くないが、高い異方性配向フィルムを得たい場合には有効な手法であろう。ディップコート法と同様に両面が塗布される方法である(片面コート法もある)。ろ過法は吸引濾過によりろ紙上に薄膜を作製する方法であり、ろ過量と溶液の濃度を制御することで厳密にネットワーク密度の調整ができ、可溶化剤の除去も可能であるのが特長である。均一な膜ができる反面、ろ紙を用いているために所望の基板への転写作業が必要な点と、大型化が困難である欠点を有している。
 スプレー塗布は高価な装置を必要とせず手軽な塗布法である。塗布後の蒸発過程において凝集が起こりやすいために、基板を加熱し溶媒の蒸発速度を早くするなど工夫することで溶液での分散状態をそのまま固定化することができる。塗液は強制的に基板に塗膜されるためにディップコーティングのように基板と分散剤との積極的な相互作用の有無にかかわらず塗膜が可能である。膜厚は溶媒の濃度やスプレーの回数などで容易に制御が可能である。 2007 年に韓国成均館大学の Lee らは界面活性剤 SDS に分散させた SWNT をスプレー塗布法により PET 基板上に薄膜を作製し、硝酸によるドープ後およそ 100 Ω□-1、85%という ITO 並みの透明導電性を実現した 9) 。スプレー塗布の場合、細かい液滴の塗り重ねであるために、特にスプレー回数の少ない場合、液滴の塗布ムラの影響が大きく不均一になりやすい欠点がある。
 大面積化を考慮に入れるとバーコート法は実用的で有望な技術である。この手法は、バーコーターと呼ばれる溝の入った棒で塗液を薄く引き伸ばす方法である。溝の深さやピッチの異なるバーコーターを用いることで膜厚を制御することができる。 Pasquali らのグループは界面活性剤の種類により変化する SWNT 分散液の粘度に着目し、最適な透明導電性を与える界面活性剤の組み合わせを探索した。最適化により作製した SWNT 薄膜を発煙硫酸でドープすることにより 300 Ω□-1、90%(または 100 Ω□-1、70%)という極めて高い導電性と透明性を実現している 10)
 SWNT は確率統計的に 3 分の 1 が金属性 SWNT であり、3 分の 2 が半導体性 SWNT である。接点部の抵抗の低減には半導体性 SWNT へのドーピングによる金属化の他、金属性のみを分離して用いることも有効である。金属性 SWNT は一本あたりのσdc が大きいうえに、金属性-金属性 SWNT 間の接触抵抗はその他の組み合わせ(金属性-半導体性等)より接触抵抗が小さいため、さらに大きなσdc の向上が見込める。近年 SWNT 分離技術の進歩に伴い、高品質な金属性 SWNT の入手が可能になり、金属性 SWNT のみからなる透明導電性基板の作製が可能になった。実際に、未分離の SWNT から作製した基板が 1340 Ω□-1 だったのに対し、同じ透過率を持つ金属性 SWNT のみからなる基板は 231 Ω□-1 と、明確な向上が得られている 11) 。高い透明性と導電性フィルム作製には、より長い金属性 SWNT の利用が好ましい。



 最近、東レ(株)は、精密かつ均一な “ロール to ロール塗布加工” で、二層 CNT を素材とする透明導電性フィルムの開発に成功している 12) 。この CNT フィルム(図 1)は、PET フィルム基材上に、CNT 層、さらにその上部にオーバーコート層を設けたフィルムで、オーバーコート層は、CNT 層の保護ならび光学的調整の役割を担っている。マイクロカプセル方式やツイストボール方式など種々の電子ペーパー方式に対応するため、全光線透過率 90%、表面抵抗率 500 Ω/□ の標準品と、全光線透過率 92%、表面抵抗率 2500 Ω/□ の高透過品 2 種類が開発されている。この素材を用いた電子ペーパー(デモ用)の写真を図 2 に示した。従来の ITO フィルムと比較して以下の特長を有している。
 @高透過、無色透明あり、カラー化での色再現性の向上に優位となる。
 A緻密なネットワーク構造となっており、折り曲げ、引っ張り、衝撃に強い。
 Bオーバーコート層があり、耐擦過性、耐湿熱性に優れている。


 溶液塗布法に対して、合成した CNT から直接塗膜する乾式プロセスもいくつか提唱されている。この場合、CNT は弱く絡み合った状態であるので分散状態の良い膜を作製でき、高い透明導電性が期待できる。また溶液調製のための超音波プロセスなどを経ないためにより簡便に製膜ができるのが長所である。中国精華大学の Fan らは 2002 年に垂直配向 MWNT アレイの端を引っ張ると MWNT が絡まって糸や薄膜が“紡ぎだされる”ことを発見し、ロールツーロール法でポリマーフィルム上へ MWNT 薄膜を固定化することに成功している 13) 。 1 枚の基板から実に 60 m もの長さ(幅 8 cm)の MWNT 固定化シートを巻き取りが示されている。しかし、この技術で得られる MWNT 薄膜の導電性は配向方向でも 1 kΩ□-1、透明性は 550 nm で 83% と不十分であった 14)
SWNT 合成反応炉からフィルター上に SWNT の吹き付けを行い、得られた SWNT 薄膜を所望の基板に転写するユニークな技術も提案されている 15) 。前述の MWNT 配向成長基板からの配向薄膜と異なり得られる SWNT 薄膜はランダムネットワークを形成していることが特徴である。得られた CNT 薄膜は 110 Ω□-1、90% という高い透明導電性を示し、さらに有機ELの電極として動作させることに成功している。マスクを使うことでパターニングも可能で素子化にも適していることから、ロールツーロール法と組み合わせて低コストで実用化できる可能性がある。これらの乾式プロセスは溶液塗布法のようにあらかじめ分離精製した SWNT 等を用いることはできないが、プロセスの簡便さは大きな利点である。

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1-3.ドーピングによる導電性向上

 塗布後の CNT 薄膜の導電性を向上させる方法としてドーピングによるキャリアの注入が有効である。ドーピングには共有結合的な手法と非共有結合的な手法がある。CNT 表面への官能基導入などによる共有結合的ドーピングは非常に安定である反面、CNT に欠陥を導入することになるという欠点がある。分子吸着や CNT バンドル間へのインターカレーションによる非共有結合的ドーピングはキャリアの移動度への影響はほとんどないもののドーパントの脱離により、向上した導電性は元に戻ってしまい、不安定である。最もよく行われる硝酸ドーピングは SWNT 薄膜塗布基板を 3M 程度の硝酸水溶液に含浸するだけの非常にシンプルな方法である。硝酸水溶液の濃度、膜厚、浸漬条件によっても異なるが例えば表面抵抗率を半分程度まで下げた報告がある 16)
また臭素、塩化チオニル、塩化金酸、F4TCNQ、ヒドラジンなどもドーパントとして用いられている。我々は、自立型の CNT 透明導電性フィルムを開発した(図 3)。素材は、ミクロンに及ぶ長い CNT を用いて、スプレー法でガラス基板上で作製し、水に浸すとガラスから剥離し、水面に透明フィルムが得られる。これを PET に転写出来る。このフィルムの導電性は、硝酸ドーピングにより、120 Ω/□(透過率 90%)という高性能を示す 17)


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1-4.フレキシブルフィルムとしての CNT 薄膜

 CNT の特長として、しなやかさと堅牢さを兼ね備えている点が挙げられる。そのため CNT を用いた透明導電性フィルムは高い曲げ安定性を有している。 ITO 基板は曲率半径 13 mm 付近で表面抵抗が急激に上昇するのに対し、CNT フィルムの場合、実に曲率半径 2 mm まで表面抵抗の変化がないことが明らかにされている 18) 。走査型電子顕微鏡(SEM)観察により ITO 基板には曲げ試験後に多くのクラックが生じ、物理的な破壊が導電性を低下させる。これが、ITO が金属であることに起因しており、克服は困難である。これに対して、CNT はポリマーとしての特長を有している。CNT フィルムでは CNT ネットワーク構造がストレスを緩和し、変形に対して強いと考えられる。繰り返し曲げ試験においても極めて高い再現性が報告されている 17, 19) 。また引っ張り試験においては、ポリエチレンテレフタレート(PET)上に塗布した ITO においては 2% の引っ張りにおいて抵抗の急激な上昇がみられたのに対し、CNT 薄膜塗布PET基板においては 18% の引っ張りでわずか 14% の抵抗変化しか見られなかった 20) 。さらには摩擦試験においても CNT 薄膜基板においては 10000 回以上の摩擦試験において変化が見られなかったのに対し、ITO においては摩擦開始から抵抗の上昇がみられた。フレキシブルで伸縮可能な CNT 透明電極フィルムは、ウェアラブルディスプレイや携帯電子書籍など、ITO では不可能であった新しい用途に応えるポテンシャルを充分に有している。

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