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連載
新しいナノ材料としてのカーボンナノチューブ

−グラフェンの合成と可溶化ならびにその応用展開−
E


藤ヶ谷 剛彦、中嶋 直敏
九州大学大学院

 今回、「グラフェンの合成と可溶化ならびにその応用展開」について概説する。

1.グラフェンの構造と定義

 グラフェンは 2 次元平面上でベンゼン環が縮環した構造の、1 原子層の厚みの炭素ナノシートである。グラフェンを積層させた物質がグラファイト(石墨。身近なところでは鉛筆の芯、電池材料など多彩な分野で利用)に相当する。 2010 年のノーベル物理学賞は、この「グラフェンの研究」で Geim と Novoselov が受賞し、これがグラフェンの研究を著しく加速した。彼らは、スコッチテープ(セロテープ)で HOPG(高配向熱分解グラファイト)を劈開し、この中のグラフェンを基板面に転写し 1)、その特異な電子特性(ヘリウム温度での量子ホール効果や超高速キャリア移動)を明らかにした 2)。原料となるグラファイトは世界では 100 万トン以上の需要があり、先に注目を浴びていたカーボンナノチューブと異なり、安価に調達できることも研究を加速させた理由の一つである。厳密には、一層ナノシートがグラフェンであるが、グラフェンが何層、何十層にも重なった積層物もグラフェンと呼んだり、グラファイトを酸化処理して得られるいわゆる「酸化グラフェン」に対してもグラフェンと記述する論文が多く見受けられるので注意が必要である。

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2. グラフェンの基本特性

 グラフェンは電子が平面に閉じ込められているために、グラファイト、CNT やバルクカーボンなどと異なるバンド構造を持ち、図 1 に示したように、伝導帯と価電子帯が、ディラック点と呼ばれる 1 点で交わる特異な構造をしている。グラフェン中の電子は、一種の自由状態であり、質量のない電子のような振る舞いをする。 電子とホールの移動度が同程度であり、両極性伝導体である。グラフェン中の電子は、室温でも長距離にわたって衝突せずに弾道のように移動することが可能となる。その結果、電流を導くグラフェン電子の能力は、室温のシリコンのような通常の半導体の能力をはるかに凌ぐことになる。 Geim らは、キャリア移動度 10,000 cm2/Vs を報告しており、これがノーベル賞につながる成果となった 1)。キャリア移動度はその後、200,000cm2/Vs が報告された(シリコンの約 100 倍)。電流密度耐性が 200,000,000 A/cm2(Cu の約 100 倍)、熱伝導率は 〜 5,000 W/mK、ヤング率は 〜 1,100 GPa、比表面積 〜 2,500 m2/g であり、まさに極限機能をもったナノ材料である。この電子構造、特性から、次世代半導体(フレキシブル)デバイス、通信デバイス、エネルギー材料、次世代(高分子)複合材料、スピントロニクス材料として大きな期待が集まっている。

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3.グラフェン研究の歴史

 グラフェン研究の歴史を概観する。 1947 年にはグラフェンの電子構造理論が発表された。1970 年代にはグラファイト層間に異種物質をインターカレートすることにより高い伝導性や超伝導が発現することが見出された。カーボンナノチューブ(CNT)同様、グラフェン研究においても日本人研究者が重要な研究足跡を残している。 1971 年水島らは、グラファイトからセロハンテープによる劈開により 〜 30 層グラフェンを作製し、その電気伝導度、移動度、ホール係数を報告した 3)。吉澤ら 4)、藤田ら 5)、榎ら 6)のグラフェン端(エッジ)に関する理論と実験、安藤ら 7) の電子輸送現象の理論など先駆的研究がわが国から報告された。

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4.グラフェンの層数の決定と分離精製

 「グラフェンの層数」の決定はグラフェン研究において重要である。これらに対して光学顕微鏡観察、原子間力顕微鏡(AFM)およびラマン分光測定が利用できる。光学顕微鏡観察により干渉効果を利用してグラフェンを観察する方法である。この方法は、光の透過の差を見ているため、透過の弱い積層数が多い場合(6 層〜)は判別が困難になる弱点がある。この場合、走査型電子顕微鏡(SEM)では、グラフェン付シリコン基板に電子線照射をすると、層数が多いほど基板からの 2 次電子の量が減るために、加速電圧の調整により層数に応じたコントラストを得られる。ラマン分光法も層数決定において強力である。単層グラフェンでは G’バンドが 2678.8 cm-1 に現れ、層数が増えるごとに高波数にシフトし、ピークはブロードになる。さらに G バンドと G’バンドの比が、5 層までは直線的に増加しそれ以上では飽和する事実も層数決定の有効な手がかりになる 8)。マッピング機能が付いた顕微ラマン分光システムであれば、光学顕微鏡像と対応させ信頼度の高い層数決定ができる。観察範囲は狭くなるが AFM も層数決定に利用できる。グラフェン 1 層は 〜 0.34 nm だから、高さ測定を行うことにより層数が決定できる。一方で、数 μm 以下のフレーク状になることが多い酸化グラフェンを観察する場合、光学顕微鏡での層数決定や形状観察が困難になるため、この材料に対しては、AFM の利用が推奨できる。

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5.グラフェンの合成(作製)

5.1.機械的剥離法

 次の方法を用いる。 i) HOPG を市販のスコッチテープで剥離後、テープを有機溶媒で溶解させるか、もしくは基板に転写し、単層のグラフェンシートを作製する。効率がいいとは言えないが非常にシンプルである。ii) CNT を分散する N-メチルピロリドン(NMP)や N, N-Dimethylformamide(DMF)中でグラファイト超音波照射処理をする 9-10)。これらの溶媒中へ剥離グラフェン分散能は 0.01mg mL-1 であるが、Tour ら は o-Dichlorobenzene(ODCB)中でグラファイト剥離を行うことで、0.02 mg mL-1 以上のグラフェン分散溶液が得られることを報告している。彼らはこの分散溶液を用いて化学修飾を行うことで、有機溶媒でグラフェンを分散する有用性を示した 11)。 iii) 界面活性剤やピレン誘導体溶液中で、グラファイトや HOPG に超音波照射し、物理的に剥離させ、単層あるいは 〜 5 層以下のグラフェン可溶化溶液が作製できる 12)。また、イオン液体は、カーボンナノチューブ同様、グラフェンに対しても良好な分散能を示す 13)。詳細は後述する。

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5.2.CVD 法

 最も一般的なのはニッケル、白金、イリジウムなどのさまざまな金属基板を用いた熱分解化学気相成長法(熱分解 CVD 法)でのグラフェン合成である。炭素源としてメタンのような炭化水素化合物を用い、一般に 800〜 1,000℃ の高温で合成する。単層グラフェンの合成には、適切な条件設定が必要である。中でも銅箔上での熱分解 CVD では、ほぼ単層グラフェンが合成できる。これはニッケルにおける生成メカニズムとは異なり、銅表面への炭素吸着を経て触媒作用により生成するからと考えられている。銅箔上では、キャストした高分子フィルムの熱分解でもグラフェンが生成することが報告されている。最近、東北大学の加藤らは、rapidheating プラズマ CVD で、ニッケルナノバーを原料として、位置および配向を制御した半導体グラフェンナノリボンの作製に成功している 14)

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5.3.酸化グラフェン(Oxidized Graphene: OG)の還元 15)

 酸化グラフェンを得る方法の歴史は古く、1840 年に最初の報告がある。低コストで大量合成ができる Brodie 法、Staudenmaier 法、Hummer 法、改良 Hummer 法が知られている。しかし、単層グラフェンを意識した合成に注目が集まったのは 2006 年の Ruoff らの報告以降であろう 16)。基本は、グラファイトを硫酸/過硫酸カリウム/過マンガン酸カリウムなどの強酸で酸化し、水酸基、カルボン酸、エポキシ基、カルボニル基を含む水溶性の酸化グラファイト/グラフェン(コロイド溶液)を合成し、これに還元剤(ヒドラジンが一般的。ビタミン C も使える)を加えて、あるいは光(カメラフラッシュ、レーザー含む)照射で薄層グラフェンを得る方法である(このとき、界面活性剤や、ピレンアンモニウムなどの存在下で行うと薄層グラフェンの凝集を防ぐことができる)。サイズは数百 nm が多いが、数μサイズも可能である。還元後においても水酸基やカルボン酸基の反応基が残存するため「グラフェン」ではなくあくまでも「酸化グラフェン」である。実際に、得られる生成物は抵抗が 〜 kΩ と高い。しかし、応用展開を考えると、これら残存した官能基を反応の足掛かりとすれば「機能性酸化グラフェン」に展開しやすいというメリットがある。

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6.グラフェンの修飾

 グラフェンの修飾アプローチにおいて CNT の可溶化・機能化で蓄積された戦略がそのまま生かされている。手法としても、 CNT と同様、 sp2 表面への共有結合的修飾である化学修飾(6.1)と、非共有結合的な修飾である物理修飾法(6.2)に大別できる。

6.1.化学修飾 17)

 最も簡便な化学修飾法は酸化グラフェンに生成されているカルボキシル基、ヒドロキシル基、エポキシ基を足掛かりとして反応を行う手法である。この場合、出発物質である酸化グラフェンが有機溶媒に対して分散性が高いために、反応がやり易い利点がある。それ以外の化学修飾法に関して図 2 にまとめた。


有機化合物による修飾ではないが水素プラズマを用いるグラフェンの水素化はグラフェン物性の変調という意味で注目されている。得られる水素化グラフェンはグラファン(Graphane)と呼ばれ、理論計算も含めて多くの研究がなされている。また、グラフェンのフッ素化も劇的な電子的・光学的変化を伴うために興味深い。フッ素化は XeF2 との反応や炭化フッ素高分子へのレーザー照射で生じるフッ素ラジカルとの反応などにより達成される。フッ素化グラフェンの物性や他のハロゲン化手法もまとめた優れた総説 18)がある。

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6.2.物理修飾 19)

 ここでも CNT で用いられていた非共有結合修飾の手法が活用されている。グラフェンの場合は、グラファイトを修飾分子(=分散剤)存在下、溶媒中で超音波分散させる。分散性の高い酸化グラフェンを出発物質として物理修飾を行う例も数多く報告されている。
 グラフェンの分散に用いられる分散剤にはエントロピー的利得で駆動されるミセル分散型とエンタルピー的利得が得られる物理吸着型とがある。前者は両親媒性分子(界面活性剤)が相当し、ピレンのような芳香族分子を含む場合の多くは後者である。これまで、 CNT の分散能の良好であった分散剤のうち、いくつかが試され、実際にグラフェン剥離能と分散能力を示した。
 2011 年、Guardia らは様々な両親媒性分子によるグラファイト剥離および得られるグラフェンの分散量比較を行った。イオン性界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ドデシルベンゼン硫酸ナトリウム(SDBS)、コール酸ナトリウム(SC)、デオキシコール酸ナトリウム(DOC)、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(HTAB)等や非イオン性両親媒性分子として Pluronic ® P-123、Tween 80、Triton X-100、Polyvinylpyrrolidone(PVP)等が検討され、イオン性より非イオン性界面活性剤の分散能が高い傾向にあり、中でも Pluronic P-123 が最も分散能に優れていることが明らかとなった。また、これまで CNT 分散で明らかとされたように両親媒性を持つ poly[styrene-b-(2-vinylpyridine)](PS-b-P2VP)や poly(isoprene-b-acrylic acid)(PI-b-PAA)のようなブロックコポリマー 55 や 1, 2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine-N-[methoxy(polyethyleneglycol)-5000](DSPE-mPEG)のようなリン脂質誘導体も剥離・分散に有効である。
 物理吸着型では図 3 で示したピレン誘導体において剥離・分散能の評価が行われている。この結果、1-pyrenesulfonic acid sodium salt (Py-SASS)が最も剥離・分散能効率が高く 0.8 〜 1.0mg mL-1 にも及ぶ。 CNT 可溶化にも用いられるアントラセン誘導体、ポルフィリン誘導体も剥離・分散能が報告されている。 5,10,15,20-tetrakis (4, 11-acetylthioundecyl-oxyphenyl)-21H, 23H-porphyrin(TATPP)はグラフェンとの強い相互作用により剥離後得られる複合体において明確な UV 吸収のシフトがみられる。以上の分散剤はπ−π相互作用を吸着に利用しているが、カチオン−π相互作用、アニオン−π相互作用の利用もグラフェンの可溶化、機能化には有効であろう。

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7.バンドギャップをもつグラフェンの合成

 グラフェンの高い移動度は半導体材料として大きな魅力であるが、バンドギャップがないために、トランジスタとしてのオンオフ比は 10 程度である。従ってグラフェンのバンドギャップ形成が重要である。これに対して、グラフェンの 1) ナノリボン化、 2) 2 つの一層グラフェンの重ね合わせ(二層化)、 3)ナノメッシュ化、4)化学修飾によるバンドギャップ生成などが報告されている。

7.1.グラフェンナノリボン(GNR)の合成

 グラフェンは幅 10 nm 以下の擬一次元形状、いわゆるグラフェンナノリボン(GNR 、図 4)にすることでバンドギャップが形成され、半導体として振る舞うことが日本のグループから理論的に予言されていた(しかもグラフェンブーム以前に) 20)。この理論的予想は、電子線リソグラフィーを用いたグラフェンの加工による GNR 作製により確かめられた。リソグラフィー法とはまったく異なる GNR 作成法が 2009 年の Nature 4 月号に掲載された。これは、CNT を縦に割いて GNR を作製する斬新な報告で、2 報同時に提出された。Dai らはポリメチルメタクリレート(PMMA)フィルムから部分的に露出させた MWNT をアルゴンプラズマエッチングし、 MWNT を割いて GNR の作製に成功した 21)。一方、Tour らは酸処理という簡単な手法で MWNT を割くことができることを示した 22)。 Tour らの手法は簡単で高収率ではあるが、酸処理という厳しい条件なためにリボン幅の細い GNR は酸化分解により残存せず、得られる幅 100 nm 以上の GNR も多くの欠陥が存在する。その後の条件最適化により 100 nm 以下の GNR も高収率で合成されるようになった 23)。彼らは青山学院大学の春山や産業総合研究所の末永らと共同で GNR の高温水素アニーリングによりおよそ 100 nm 幅のナノリボンに 〜 50 meV のバンドギャップを作り出し、これが、リソグラフィーにより作製した GNR よりも高性能の FET デバイスとして動作することを報告している 24)
一方、Dai のグループは、熱処理した膨張黒鉛の分散溶液から幅 10〜 50 nm の GNR を共役系高分子である poly(m-phenylenevinylene-co-2,5-dioctoxy-p-phenylenevinylene)(PmPV)を用いて抽出した報告や 25)、CNT に空気酸化で「切れ込み」を入れてから PmPV 存在下超音波照射することで収率よく CNT を「開いて」 GNR 作製を行う極めてユニークなアプローチも報告している 26)。彼らのグループで得られた GNR においては 107 に迫る極めて高いオンオフ比が得られている。移動度に関しても 100 〜 200 cm2/Vs 程度であり、オンオフ比と移動度の組み合わせとしては GNR で最高値であろう。
多環芳香族化合物をモノマーとし、これを重合および縮環することで幅の定まったナノリボン様物質を合成する試みが Mullen ら 27)により展開されている。彼らは多環芳香族分子を金の結晶面上で加熱重合させることでベンゼン環 3 つ分の幅を持つグラフェンを作製し、走査型トンネル顕微鏡観察で構造を示した(図 5)。また有機合成によりベンゼン環 4 つ分の幅を持つグラフェンナノリボンをフラスコ中で合成することに成功している(図 6)。


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7.2.二層グラフェンの利用

 二層化したグラフェンに電界をかけることでもバンドギャップが形成することが理論的に予想されていた 28) (図 1)。 Zhang らはグラファイトからの剥離法で作製した二層グラフェンフレークをシリコン基板に固定し、層に垂直に電界を印可し、バンドギャップ(250 meV)を形成した 29)。Tour らはシリコン基板上のニッケルに炭素源となる高分子を塗布し、1,000℃ で焼成すると、炭素がニッケル層内を拡散し、シリコン基板とニッケル層との間に二層グラフェンを形成することを見出した 30)。また、篠原らは、多層 CNT から、内部の CNT を機械的に抜き取り、20 〜 30 nm の SWNT を圧縮、重ね合わせることにより、バンドギャップをもつグラフェンナノリボンが合成できることを示した。 31)

7.3.ナノメッシュ化

 グラフェンに規則的に穴を開けた「グラフェンナノメッシュ構造(図 7)」でもバンドギャップが形成される。穴の間の「ネック」の部分が GNR と同様に働き、ギャップを形成する 32)。グラフェンのナノメッシュ化に関しては、ブロック共重合体の生み出す規則的なパターンを利用して規則的な穴を開ける方法で達成されている 。グラフェン上に塗布したブロックコポリマーの一方の成分をドライエッチングし、そのままグラフェンにパターンを描画する方法である。この手法は共重合比を制御することで、穴の大きさや間隔を精密に制御することが可能である。また、ナノインプリントリソグラフィー法やコロイドリソグラフィー法を用いてもグラフェンナノメッシュ構造が作製できる 33-34)


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8.グラフェンの応用

8.1.フレキシブル透明電極

 1 原子分の厚みからなるグラフェン 1 枚は高い透明性と導電性を有すると期待でき、フレキシブル透明導電性膜の有望な候補と期待されている。計算では、表面抵抗値はドープすることにより層の数(N)に応じて Rs = 62.4/N Ω/□、透過率 T(%)は T = 100− 2.3N(%)と予想されている。例えば 1 層のグラフェンでは 62.4 Ω/□、97.7%となり、数層重ねることで太陽電池用透明電極用途(10Ω /□)にも使えると予想される。大面積のグラフェン薄膜を作製するには溶媒分散性の比較的良い、大きさ数十 nm 〜 数十 μm 程度のフレーク状のグラフェン(または酸化グラフェン)を基板に塗布するウェットプロセスと、金属基板上に CVD 成長させたグラフェンを透明基板に張り合わせるドライプロセスがある。
 溶液法は CNT 薄膜作製と同様なプロセスが転用できるが、分散の段階で酸化されたグラフェンの完全還元は困難である。後者の方法では純度の良いグラフェンを切れ目なく作製できる長所がある。 2010 年、成均館大学(韓国)の Bae ら 35) は、銅箔上に成長させポリマー基板に転写し、30 Ω/□、90% 30インチのグラフェン薄膜を合成したが、まだ実用化には至っていないようである。


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8.2.トランジスタ

 一方、グラフェンは次世代半導体デバイスとしても極めて有望である。 2 次元平面であるグラフェンは 2 次元基板平面上にリソグラフィーベースでデバイスを作りこむ現行のトップダウン型プロセスにとって好都合と考えられる。実際に、炭化シリコン上に成長させた数層グラフェン膜上にレジストを塗布し、電子リソグラフィーと酸化エッチングを組み合わせることでグラフェンの必要部分だけを残し電極を取り付けるという手法でデバイス作製が行われている。 IBM はこの手法により作製したグラフェントランジスタで遮断周波数 100 GHz を達成している 36)
 実際のデバイス化においてはグラフェンが基板から摂動を受ける可能性を考慮する必要がある。より高いオンオフ比獲得のためにさらにバンドギャップを空ける構造にする必要がある。

8.3.スピン輸送デバイス

 スピン輸送デバイスとは電子のスピンの向きを制御して伝播させるデバイスである。電子の持つ電荷に加えて、スピンの向きも利用して従来のエレクトロニクスを高機能化させようというスピントロニクスという分野では、スピン輸送デバイスが必須になる。これまでシリコンやガリウムヒ素などの半導体を中心として研究されていたが、極低温でのみの実現にとどまっていた。グラフェンは軽元素である炭素しか含まないことから、グラフェン内の電子はそのスピンが原子核による撹乱を受けにくい(スピン-軌道相互作用が小さく、電子の平均自由行程が長い)。そのためグラフェン中ではスピンの向きをほとんど変えることなく長距離を伝播させることが可能となる。大阪大学の白石らは、室温でグラフェンへスピンを注入し、スピンが揃った状態で電子が拡散していることを電気的に検出することに成功している 37)。グラフェンは非磁性体であるにもかかわらず磁石(スピン)の向きを変えずに流せる稀有な物質ということになる。これまでのグラフェンの研究において、ほとんどのアプリケーションは CNT に置き換え可能であったが、室温スピン輸送はグラフェンのみで見いだされている現象である。同様な研究は、海外からも報告されている 38-39)

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9.シリーズのおわりにあたって

 カーボン(炭素)はごくありふれた材料であり、人類は古くから用いてきた。そのカーボンに近年脚光が集まる一因として「ナノテクノロジー」の発展がある。ナノテクノロジーの世界で、21 世紀の科学技術の鍵物質として期待されているスーパー物質の代表格が、カーボンナノチューブ(CNT)およびグラフェンである。ナノカーボンは、‘生まれながらに’金属の銅より電気をよく通す導電性高分子である。さらに、鋼鉄より強度が 10 〜 100 倍強く、超弾性を示す、銀と同程度の高い熱伝導性を持つ、耐熱性が非常に高い(空気中でも 500℃くらいまで、真空だと 1000℃ までは燃えない)。高分子のようにしなやかで、フィルムを作ることができる、空気中でも安定で、多くの薬品を加えても構造や物性が変化しない(つまり取扱いやすい)など、これまでに存在する物質では考えられないような極限の機能をもった、まさに「夢」の化合物であり、これまでに存在する他の物質、材料を大きく凌駕している。
 CNT およびグラフェンの分散技術は、CNT、グラフェンの応用展開を図る上でキーテクノロジーであり、現在、電池電極触媒や透明導電膜、電子デバイス、超軽量高性能複合材料など実用化が近付いてきている。また、より安定にそして大量生産に向けた分散技術や、半導体 CNT と金属性 CNT の分離/応用研究も進展している。しかし、CNT およびグラフェンの分散は、CNT の種類や実験条件によって大きく影響されることから、個別の技術解説に留まることが多かったり、科学的な理解が十分でないために必要となる性能・機能が引き出せていないという現状もある。CNT およびグラフェンの分散技術の成書として、文献 40、41 を参照していただきたい。
 本シリーズが、CNT およびグラフェンの理解に役立てば望外の喜びである。

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