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Unclicking the Click (クリックをはずす反応)

株式会社同仁化学研究所 岩本 正史

 クリックケミストリー(click chemistry)とは、K. B. Sharpless らが 2001 年に提唱した概念で、その名の“click”は、シートベルトがカチッと音を立ててロックされるように、素早く確実な結合をつくる様子を例えた言葉である。その代表的な Huisgen 反応は、それぞれアルキンとアジドをもつ分子を銅触媒下で付加環化反応によってトリアゾール環を形成する反応である。この反応は、高収率・高選択性・高速反応性をもち、さらに、溶媒やタンパク質などの夾雑物の影響も受けず精製の必要もない。以下に、よく知られている 2 つの応用例を紹介する。
 一つ目は、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)への 10-13 M という解離定数をもつ強力な阻害薬の開発である 1)。 Manetsch らは、Huisgen 反応の不可逆性を利用して、生体成分をターゲットとした阻害薬の探索方法を示した。 AChE は、分子内に埋もれた基質結合部位(活性部位)と分子表面に別のリガンド結合部位(この部位は、基質結合部位につながるポケットの入口に位置している)があることが知られている。また、基質結合部位には tacrine が、リガンド結合部位には phenylphenanthridinium が特異的に結合する。 tacrine または phenylphenanthridinium にアルキンまたはアジドをアルキル鎖の長さを変えてそれぞれ導入した。これらの化合物を AChE と混ぜ、それぞれの分子が AChE の特異的部位に結合した状態でクリックケミストリーをおこさせた(in situ click chemistry)。この in situ click chemistry によって合成された分子の中から、強力な阻害剤を選び出すことができた。
 二つ目は銅触媒を用いないクリックケミストリーによる細胞組織の蛍光標識である 2)。 Baskin らは、シクロオクチンのアジドに対する反応性を上げるために、電子吸引基としてフッ素をアルキンの隣に導入した 3,3-difluorocyclooctyne(DIFO)を合成した。 In vitro において DIFO は銅触媒を用いた場合とほぼ同等の反応性を示した。また、常に再生されていることで知られる細胞表面のグリカン(Ac4ManNAz: peracetylated, N-azidoacetylmannosamine を用いて、アジド基を導入)を、蛍光色素を導入した DIFO で銅触媒なしに標識することに成功した。銅を用いないことで銅による典型的な細胞毒性の影響を受けずに、分単位の細胞活動を追跡可能であることがわかった。
 このように、温和な条件で高収率、高選択的に反応することから、蛍光試薬の標識や化合物の探索に広く利用されている。
 最近になり、アルキンとアジドの反応で得られるトリアゾール環は、超音波による機械的な刺激により、元のアルキンとアジドに戻ることが報告された 3)。このことは、機械的に不安定な保護基としての利用や、機械的な力へ応答する物質としての利用が期待されている。以下に、この論文について紹介する。

 Brantley らはアルキンとアジドからできるトリアゾール環を中心部位に持つ分子質量 96 kDa のポリマー(TriP96)を合成した(Fig. 1)。そのポリマーを 0℃ 下で 2 時間、超音波処理すると、分子質量が半分の 48 kDa の分子種ができてくることを GPC(Gel Permeation Chromatography, ゲル浸透クロマトグラフィー)で確認した。この超音波処理後のサンプルの IR スペクトルには、アルキンとアジドの特徴的なシグナルがみられた。そこで、さらにアルキンとアジドに開裂したことを確認するために、超音波処理後のサンプルを、アルキンに対しては 1- azidopyrene を用いて典型的な [3+2] の付加環化反応(click chemistry)により標識し、アジドに対しては 1, 3-dimesitylnapthoquinimidazolylidene (NQMes)を反応させそれぞれ選択的に発色団で標識した。 NQMes はアジドと反応することで強い発色を示すことが知られている。超音波処理後のサンプルは処理前のサンプルに比べ、構造変化に伴うスペクトルの変化がみられ、確かにアルキンとアジドに切断されていることがわかった。


 他にも超音波による機械的な力が共有結合に影響を与える現象がすでに数例報告されている 4, 5)。シクロプロパンやシクロブタンなどをポリマーの中心にもつ化合物はポリマーの分子質量が 60-90 kDa 程度以上で超音波による機械的な影響を受ける。この分子量依存的な現象は、トリアゾール環でも確認された。さらに、TriP96 をジフェニルエーテル中、258℃ で 19 時間加熱したがポリマーの開裂は見られなかった。以上のことから、トリアゾール環は熱による影響ではなく機械的な力により開裂したと考えられる。さらに Brantley らは、一度切断されたアルキンとアジドの再環化を試みた。TriP96 を超音波処理しアルキンとアジドに切断されたことを確認した後、脱気したアセトニトリルに溶解させ、ヨウ化銅を加え 80℃で 19 時間撹拌したところ、最大 86% の収率で再環化させることができた。
 以上のように、トリアゾール環は超音波処理による機械的な力によって開裂し、しかも再環化できることがわかった。このような、可逆的 clicking - unclicking 反応は機械的ストレス応答のモニタリング、機械的な刺激で脱保護できる保護基などへの応用が期待される。

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参考文献

1) R. Manetsch, A. Krasinski, Z. Radic, J. Raushel, P. Taylor, K. B. Sharpless and H. C. Kolb, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 12809.

2) J. M. Baskin, J. A. Prescher, S. T. Laughlin, N. J. Agard, P. V. Chang, I. A. Miller, A. Lo, J. A. Codelli and C. R. Bertozzi, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2007, 104, 16793.

3) J. N. Brantley, K. M. Wiggins and C. W. Bielawski, Science, 2011, 333, 1606.

4) J. M. Lenhardt, M. T. Ong, R. Choe, C. R. Evenhuis, T. J. Martinez and S. L. Craig, Science, 2010, 329 1057.

5) M. J. Kryger, M. T. Ong, S. A. Odom, N. R. Sottos, S. R. White, T. J. Martinez and J. S. Moore, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 4558.


 

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