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連載
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−最近の展開(バイオからエネルギーまで) D 中嶋 直敏、藤ヶ谷 剛彦 九州大学大学院 |
今回、主に、我々が開発した「次世代燃料電池触媒」について解説する。
近年のエネルギー危機に伴い、高性能電池開発は喫緊の課題となっている。電池には、一次電池(アルカリ乾電池など)、二次電池(ニッケル-カドミウム電池、リチウムイオン電池など)、燃料電池、生物電池(微生物電池など)など多彩な種類がある。高性能リチウムイオン電池の開発は、モバイル社会を可能にした。 2011 年の東日本大震災と福島での原子力発電所の事故により、いわゆる「クリーンエネルギー」や「分散電源」の重要性が高まっており、この両者を満たす「電源」である「燃料電池」 1) に大きな期待が寄せられている。ここでは、次世代の燃料電池として、 CNT を素材とする私たちの研究を紹介する。詳細は、文献 1-4 を参照していただきたい。
燃料電池には、 i) 酸型高分子電解質膜(PEFC)、 ii) アルカリ型、 iii) リン酸型、 iv)溶融炭酸塩型および v)固体酸化物型(SOFC)の 5 種類があり、それぞれに触媒構造、作動環境が異なり、また特長、用途がある(表 1a)1-4)。
燃料電池は、純水素、改質水素、メタン、アルコール等の水素源と空気などの酸素源を燃料とし、化学反応により水を生成するプロセスで起電力を生み出す発電機である。燃料電池は、「反応の結果生じるのは水のみ」という究極のクリーンエネルギーであり、エネルギー密度も高く、「クリーンエネルギー」の中でも極めて魅力的である。既に、PEFC と SOFC は、「エネファーム」の名称で市販されている。更なる高性能化と低コスト化の達成で普及の拡大が望まれる。しかし、そのためにはまだ克服すべき課題も多い。
PEFC は、80 〜 90℃、相対湿度 〜 100%で動作し効率も高いため、家庭用、自動車用といった身近な電源として注目が集まっている。電極触媒には反応効率を高めるために触媒ナノ粒子を高分散状態で担持させ、かつ効率的に反応電子を供給あるいは回収するための導電性担体が必要である。現在は、カーボンブラック(CB)が導電性触媒担持体として用いられているが、CB は、必ずしも安定性が十分とは言えない。我々は、「次世代 PEFC」を目指して、CB を CNT に置き換えた燃料電池触媒の開発を行なっている。CNT を用いる利点としては、主に以下の 5 点を挙げることができる。これらは CB に対する CNT の優位性を示すものである。
i) 結晶性が高いために特に高電位側の電気化学的安定性に優れている。従って耐久性の向上が期待できる。
ii) CNT の優れた電気伝導性と発達したナノファイバー状の電気伝導ネットワーク形成により電極触媒層での速やかな電子移動が可能である。
iii) 複雑なナノ細孔を持たない構造のために、担持したナノ粒子が外界に露出し、触媒利用率の向上が期待でき、低白金化に適している。
iv) CNT ネットワークが形成するメッシュ状構造により、燃料ガスの拡散や生成した水の系外への除去に有利である。
v) 強固なネットワーク構造によりバインダーなしでの成型が可能である。
しかしながら、従来材料である CB と比較し、短所もある。燃料電池の普及を妨げる原因の一つであるコスト面でも CB と比較し不利である。しかし、CNT は量産によるコスト低減が急激に進んでいることから、この問題は解決されていくと予想される。分散性の問題もある。 CB はアルコール系溶媒に分散し、塗膜等のハンドリングが容易であるが、CNT は強固なバンドル構造のために分散性が悪く、取り扱いが難しいが、以下に述べる様に、私たちは、この問題を解決した。
CNT の燃料電池触媒担体への実用化を目指し、筆者らは PFEC 用 CNT 電極触媒の開発を進めている。現在、PEFC 実用化の鍵は、「高耐久化」、「高温作動」、「高活性化」および「脱白金化」にあるとされている。その中で CNT が最も貢献できるのは結晶化度の高いグラファイト構造がもたらす触媒担持体の「高耐久化」である。しかし、 CNT 表面に Pt ナノ粒子等の担持は困難であり、これまで行われてきた方法は CNT を酸化処理し、カルボン酸等の官能基を導入し、このサイトに Pt ナノ粒子を担持するというものであった。しかし、この方法では、上述の CNT の特性は活かされない。
筆者らはプロトン伝導性を持つ高分子電解質であるポリベンズイミダゾール(PBI)およびピリジン型ポリベンズイミダゾール(PyPBI、図 2)を用いて CNT を被覆し、その上に Pt を担持することで、酸化処理を経ず(CNT に欠陥部位を導入することなく)電極触媒を作製することに成功した5-9) 。すなわち、PBI が CNT をラッピングすることによりそのバンドル構造をほどき、溶剤に分散することを利用するものである。PBI は、PEFC 用電解質として一般的に使用されているパーフルオロスルホン酸を側鎖に有するフッ素系高分子電解質膜である Nafion と比較し、100 〜 200℃ の高温領域でプロトン伝導(酸ドープ後)を示すので、「高温作動」に対応できる触媒である。従来型の Nafion 電解質膜は、加湿(相対湿度 80 〜 100%)により含水させることで疎水性のフッ素ドメインと親水性スルホン酸の相分離構造が形成され、水和したスルホン酸ドメイン部にプロトン輸送チャンネルが形成される。このようなメカニズムにより高いプロトン伝導度を実現しているが、原理的に水を必要としているために加湿器と 100℃ 以上への過熱を防止する冷却器からなる複雑な水(湿度)管理システムが必要となり、高コストの一因となっている。また、高湿度作動条件下では、触媒の白金ナノ粒子の凝集が起こり易く、これが活性低下を誘起する原因の 1 つとなっている。
このような原理的に不可避な欠点を回避するために、プロトン伝導に加湿を必要としないリン酸含浸ポリマー系電解質が注目されている10) 。
図 3 に我々が合成した燃料電池触媒の電子顕微鏡写真を示した。これより、PBI 被覆の有無における Pt 担持の差が顕著である。すなわち、PBI 無しでは、CNT 上の白金ナノ粒子は凝集し、均質な担持は不可能である。これに対して、PBI 被覆 CNT では、PBI が Pt 担持の効率の良い「のり」(グルー)として作用し、Pt の均質な担持が容易に達成できる。また、この手法だと、従来法である白金担持後に高分子電解質 Nafion を混ぜる手法と異なり、白金の被覆が抑制でき、触媒の高効率反応につながる、いわゆる「三相界面構造」が形成できる。実際に膜電極接合体(membrane electrode assembly, MEA)を作製し、電池特性を測定したところ、120℃ 無加湿条件で 180 mW cm−2 という高い出力密度を示した。さらに同じ触媒にアルカリ(KOH)をドープすることでプロトンの代わりにヒドロキシド(OH−)がキャリアとなるいわゆるアルカリ型 PEFC として動作可能であることを実証した。この PBI 被覆 CNT 複合体を用いたアルカリ型 PEFC は 256 mWcm−2 と非常に高いレベルの出力密度を示した11) 。
燃料電池でもっとも重要なファクターはその耐久性である。PBI 系では、100 〜 200℃ という高温で発電できる。このため、発電効率が向上するとともに、100℃ 以下の低温発電で問題となる触媒白金の一酸化炭素による被毒が回避できるいう大きなメリットがある。 PBI はかつて消防服用途として市販されていた実績もあり、含フッ素電解質 Nafion より安価なため、低コスト化への貢献も期待される。しかし、PBI 単独ではプロトン伝導性が不十分であり、一般に、リン酸ドープが用いられる。ところが、長時間の発電運転においては、含浸したリン酸の漏れ出しとそれに伴う出力低下が指摘されている 12-13) 。 PBI は 1 ユニットに 2 つの塩基性イミダゾールを有するため、2 等量のリン酸までは酸塩基相互作用により塩形成に消費される。そのため、プロトン伝導には通常 5 〜 10 等量程の過剰なリン酸のドープが必要となる。それら過剰のリン酸分子は非常に弱く束縛された状態であり、長時間の運転により漏出する。このリン酸の漏出により、電解質膜厚の減少、触媒電解質中のプロトン伝導パスの不均一化が生じ、結果として出力が減少するとされている。
我々はこのリン酸漏出という問題を解決するために液体のリン酸に替えて、高分子酸をリン酸の代わりに用いることを考えた。高分子酸として、ポリビニルホスホン酸(Polyvinylphosphonic acid : PVPA、図 5)を選択した。このポリマーは隣接するホスホン酸基が、主鎖に沿って水素結合ネットワークを形成し、これによるプロトン伝導が可能となる。 PVPA は固体であるが、吸水性が非常に高く、単体では強度の高い電解質膜に製膜することが困難なため、PBI とのブレンドが必要となる。 PVPA と PBI とのブレンド膜を電解質として検討した研究がこれまでにいくつかなされている。これまで、無加湿条件におけるプロトン伝導性の報告はないが、水素結合の形成が確認されているため、無加湿条件におけるプロトン伝導の可能性は高いと考えた。このフィルムを電解質として、電極触媒として先に述べた PVPA でコートした CNT/PBI/Pt (図 6)を用い MEA を作製し、発電評価を行った。
さらにこれを用いて、PBI/PVPA に張り合わせ、MEA を作製した。この MEA を同様の条件で測定した I-V 曲線を図 7(黒丸)に示してある。 PVPA 導入前(図 7 の白丸)と比較し、出力が飛躍的に向上し、最大出力密度は 250 mW/cm2 に達した 9) 。PVPA をドープした結果、プロトン伝導パスが導入され、高い出力が実現できたと考察している。
本系は PVPA を用いることで酸成分の漏出が抑制されている。従って、近年問題として指摘されていた酸漏出による出力低下を抑制でき、長寿命化が達成できると考えた。そこで、燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)が定める加速度試験のプロトコルを参考に、燃料電池耐久テストを行った(図 8)。 1.0 と 1.5 V を往復する電位サイクルを 1000 セット繰り返すごとに I-V 測定を行い、その中から 40,000 回毎のデータを抽出してプロットしている。比較として、現行のリン酸漏出が生じるリン酸含浸 PBI を電解質膜とする MEA (参照 MEA)を用いて同様の実験を行った。その結果、参照 MEA が 80,000 サイクル後におよそ初期の 50% 以下まで電圧低下(@200 mAcm−2)しているのに対し、新たに開発した MEA は 400,000 サイクル後においても初期の 60% 以上の電圧を保っていた 9)。従来の無加湿系は高温領域の発電を得意とする代わりに、100 ℃以下の低温領域での発電は困難であった。しかし、本系は発達した水素結合ネットワークにより低温領域においても出力を示す(図 9)。これにより従来の Nafion 系をそのまま置き換えることも可能であると期待できる。熱重量減少測定から算出した電極触媒層中の PVPA の量は触媒層全体の 5 wt%程度であり、20 wt%以上電解質を含む他の系と比較し、極めて少ない。このような少量で触媒層にプロトンが伝導した(しかも加湿なし条件下で)理由として、CNT が提供するファイバーメッシュ状のネットワーク構造の効果が挙げられる。様々なサイズの凹凸を有し、比表面積が大きい CB に電解質をコーティングする従来の方法では、電解質が無駄になりやすいが、線状でかつスムーズな表面を持ち、かつネットワークを組んでいる CNT 上に電解質を均一被覆させることで、プロトン伝導体を無駄なく有効に利用できていると考えている。最小量の電解質で触媒層を構築したことで、ガスが拡散するための空間を確保することを可能にできたため、CB を用いた場合と比較し、高電位側の拡散性が向上しているはずである。今後解析してCNTを用いた特長を追求したい。
本研究により、普及に対する大きな課題であった耐久性の飛躍的な向上を達成した。電極触媒にカーボンナノチューブを用いるブレークスルーにより、市販の PEFC より 100 倍を超える耐久性を達成した。また、現行の低温・加湿条件で発電する固体高分子形燃料電池(PEFC)に替えて、低温から高温までを無加湿で発電できる PEFC を開発した。残る課題は高活性化と低コスト化の両立である。本触媒作製法は白金ナノ粒子界面の精密制御が可能であることから、界面構造最適化により触媒利用率を高め、触媒のナノ積層構造の最適化により、高活性化と低白金化の両立が可能であると考えている。現在の担持量 0.45 mg/cm2 から 20 分の 1 を目指して研究を進めている。高活性、高耐久性、低コストを兼ね備えた本系は、NEDO が策定したロードマップの 2030 年目標にすでに到達していることから、実証実験を経て、早期の実用化にもっていきたいと考えている。
最近、窒素ドープ CNT に酸素還元活性があることが発見され、PEFC カソード触媒として可能性が研究されている。金属を用いないために、強酸条件下で運転する PEFC においても溶解劣化が避けられ、長寿命化も期待できる。窒素ドープにより、 CNT の電気伝導度が上昇するために、触媒用途には有利に働く。窒素ドープ CNT は CNT の CVD 合成の際に窒素源を共存させて供給するだけで合成できる。ライス大学のグループはスーパーグロース法で窒素ドープ SWNT を合成することに成功し、大量合成に先鞭をつけた 14) 。また、金属フタロシアニンとフェノール樹脂の混合物を焼成することで得られる窒素含有グラファイト構造に比較的高い酸素還元活性があることが見いだされている。
筆者らは PBI 被覆 CNT に金属を配位させた後に焼成することで CNT 表面に窒素含有グラファイト構造を形成させ導電体(CNT)に酸素還元サイト(窒素含有グラファイト構造)を構築することに成功している 15) (図 10)。この方法では、酸素還元サイトへのスムーズな電子供給が実現できるメリットがある。
ここで述べたいくつかの新しい「貴金属を使わない完全メタルフリーな触媒」は、今後、活性サイト構造の特定や触媒作用メカニズムの解明が必要である。
CNTは太陽電池デバイスへの利用、電気二重層キャパシタの素材としての利用、リチウムイオン電池の負極材料としての利用、およびリチウム(ナトリウム)−空気電池への利用など、次世代の電池材料としての研究が進展しているが、ここでは紙面の都合上割愛する。文献 1 を参照いただきたい。
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