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二重機能性蛍光色素(H-V)を用いたフェロトーシスの解明

株式会社同仁化学研究所 北村 怜奈

 フェロトーシスは、アポトーシスともネクローシスとも異なる経路で起こる新たな細胞死である。 2012 年に Stockwell らは、鉄依存的な細胞死としてフェロトーシスを提唱し、その経路として活性酸素種(Reactive Oxygen Species: ROS)と二価鉄の反応により脂質の過酸化が増加することで細胞死へと誘導されることを報告している(図 11)。しかしながら、現在フェロトーシスの実行因子やその機構についてはまだ不明な点が多く、その解明のため非常に活発な研究が行われている。
 本稿では、 Li らが発見した ROS の一つであるヒドロキシラジカル及び細胞質の粘度変化に伴うフェロトーシスの研究について紹介する 2)
 Li らは、細胞内のヒドロキシラジカル並びに細胞質内の粘度変化を可視化するため、アニソールにビニル基を介しインドリウム誘導体を導入した低分子蛍光プローブ(H-V)を開発した。 H-V は、細胞質の粘度上昇依存的に緑色蛍光(λem = 520 nm)が増加し、一方でヒドロキシラジカルにより酸化を受けた際には赤色蛍光(λem = 652 nm)を発する特徴も持つ(図 2)。グリセロールを含むメタノールを試料として用いた In vitro 実験において、H-V は検体の粘度増加に伴い約 50 倍の蛍光増大を示し、フェントン反応により生成させたヒドロキシラジカルを約 450 倍の高感度で検出した。また Li らは、 HT-1080 細胞にエラスチンを用いてフェロトーシスを誘導すると、細胞質の粘度上昇に伴う 520 nm 蛍光増加(約 7 倍)と、ヒドロキシラジカル産生に伴う 652 nm 蛍光増加(約 26 倍)が起きることを確認している。この結果は、フェロトーシスにおいてヒドロキシラジカルの生成と共に細胞質の粘度上昇が生じることを示している。興味深いことに、細胞質内粘度の増加に伴い脂肪滴の形成が加速されることも脂肪滴染色試薬を用いた実験で示唆されている。これは、鶴崎らが報告した NASH(非アルコール性脂肪肝炎)とフェロトーシスの関係性にも通ずる点である 3)
 今回は、 Li らの研究成果をもとにフェロトーシスを紹介したが、前述したようにまだまだ未知な点が多い研究分野である。より詳細な細胞内鉄(総量/二価鉄/三価鉄)の動態や量変化を検出できる技術が開発されることで更なる研究の発展が期待される。

[参考文献]

  • 1)  S. J. Dixon et al., Cell, 2012, 149, 1060.

    2)  H. Li et al., J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 18301.

    3)  S. Tsurusaki et al., Cell Death and Disease, 2019, 10, 449.

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