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田村 康 山形大学 理学部理学科 |
Abstract
For proper organelle formation, the logistics of lipids and proteins comprising of the organelle is critical. While the protein transport mechanism has been studied for a long time, and well characterized, how hydrophobic lipids are transported across water-soluble compartments such as the cytosol to different organelle membranes remains enigmatic. In particular, the mechanism of lipid trafficking through mitochondria, which are independent of the vesicular trafficking pathway, remains largely unknown. In this article, we review the mechanisms of phospholipid transport via mitochondria and discuss issues in intracellular lipid transport that should be clarified in future studies.
真核細胞内に発達した膜構造(オルガネラ)が適切に形成されるためには、そのオルガネラを構成する脂質やタンパク質が、その最終目的地まで適切に輸送される必要がある。オルガネラタンパク質の輸送機構に関しては古くから研究が進み、多くの知見が蓄積しているが、水に溶けづらい脂質が、サイトゾルなどの水溶性の区画を越えて異なるオルガネラ膜へと移動するメカニズムには不明な点が多い。特に小胞輸送経路から独立したオルガネラであるミトコンドリアを介した脂質輸送機構には謎が多く、10 年ほど前までほとんど手付かずの状態であった。本稿では出芽酵母を用いた最近の研究によってようやくその一端が明らかになってきたミトコンドリアを介したリン脂質輸送機構について概説する。
リン脂質を合成するためには、小胞体(ER)- ミトコンドリア間におけるリン脂質輸送反応が必須となる。これは一部のリン脂質の原料となる前駆体リン脂質が、自身の合成の場とは異なるオルガネラ膜で合成されるためである(図 1)。例えば、ミトコンドリア内膜に局在する PE 合成酵素 Psd1 は PS の脱炭酸酵素であるため、ミトコンドリアで PE を合成するためには、ER 膜で合成された PS が、ミトコンドリアまで輸送されなければならない。しかし ER- ミトコンドリア間におけるリン脂質輸送を仲介する因子は、2009 年に ER- ミトコンドリア間を直接結合するタンパク質複合体として、 ERMES 複合体が同定されるまで長らく不明であった。
ERMES は ER-Mitochondria Encounter Structure の略であり、もともとミトコンドリアの形態の維持因子、MMM(maintenance of mitochondrial morphology)、MDM(mitochondrial distribution and morphology)として同定されていた 4 つの因子(Mmm1, Mdm10, Mdm12, Mdm34)をコアサブユニットとして持つタンパク質複合体である(図 1)。これらの 4 つの因子の内一つでも欠損すると、ミトコンドリア形態がチューブ状から球状へと変化する他、強い細胞の増殖阻害、ミトコンドリア DNA の消失、ミトコンドリア外膜タンパク質の輸送異常を引き起こすことが報告された。これらの発見当初、ERMES 複合体はミトコンドリア外膜に局在すると考えられていたが、2009 年に Kornmann らによって、Mmm1 が糖鎖付加を受けることが発見されたことで、 Mmm1 が ER 膜に局在するタンパク質であることが示された。すなわち、ER 膜タンパク質である Mmm1 とミトコンドリア外膜タンパク質である Mdm34 と Mdm10、サイトゾルの可溶性タンパク質である Mdm12 が、オルガネラを隔ててタンパク質複合体を形成することで、ミトコンドリア外膜と ER 膜を物理的に結合することが明らかになった(図 1)1)。
Kornmann らはさらに、ER- ミトコンドリア間のリン脂質輸送を評価できる 14C-serine を用いたパルスチェイス実験により ERMES がリン脂質輸送に関与する可能性を示した。しかしその一方で、ERMES の欠損がこれらのオルガネラ間のリン脂質輸送には全く影響しないと言う報告もなされ、 ERMES のリン脂質輸送への関与は論争となっていた2)。このような矛盾が生じうる原因として、 ERMES が欠損した細胞では、 ERMES 欠損の影響を相補してしまうような復帰突然変異(後述)が生じてしまうことが考えられた。そこで筆者らは、ミトコンドリアと ER を含む単離膜画分を用いることで、細胞のアダプテーションによる影響を排除した実験系を構築し、ERMES が欠損すると ER からミトコンドリアへのリン脂質輸送が遅くなることを示した 3)。ただし、この実験では ERMES の欠損が間接的にリン脂質輸送に影響する可能性を排除することはできない。そこで精製 ERMES タンパク質が直接リン脂質輸送を仲介するかを検討した。その結果、大腸菌から精製した Mmm1-Mdm12 複合体が、人工リポソーム間でリン脂質を輸送する活性を有することがわかった 4)。また、 Mdm12 の X 線結晶構造解析から、 Mdm12 が脂質分子を脂肪酸側から取り込む疎水的な穴を持つこともわかった4)。これらの解析により、 ERMES が単純な ER- ミトコンドリア間結合因子ではなく、 ER- ミトコンドリア間のリン脂質輸送であることが証明された。
ERMES の欠損によるリン脂質輸送不全は、強い増殖阻害、ミトコンドリア形態異常、ミトコンドリア DNA の消失、ミトコンドリアタンパク質の輸送異常と言った強い表現型を引き起こす。しかしこの ERMES 欠損変異株を培養し続けると、これらの表現型が回復してしまう復帰突然変異株が得られることが以前から知られていた。この復帰突然変異株の原因遺伝子を次世代シーケンシングによって解析したところ、VPS13 と言う遺伝子に変異が導入されていることが明らかとなった 5)。 VPS13 がコードする Vps13 は 3,000 アミノ酸以上からなる巨大なタンパク質であり、その点変異が ERMES の機能不全をほぼ完全に相補できることから、Vps13 が ERMES と同様に脂質輸送タンパク質であることが示唆された 5)。Vps13 は PxP モチーフを持つミトコンドリア外膜タンパク質 Mcp1、液胞やエンドソーム局在する Ypt35、前駆胞子膜に結合する Spo71 と直接結合することで、様々な膜へと脂質を輸送すると考えられる(図 2) 6)。 MCP1 遺伝子は筆者らの研究により、ERMES 欠損株の増殖阻害を抑制するマルチコピーサプレッサーとして同定されていた因子であり、過剰発現することにより Vps13 をミトコンドリア側に引き寄せると考えられる 7)。
出芽酵母の研究に続き、ヒトの Vps13 タンパク質(Vps13A と Vps13C)の機能解析が行われた。その結果、ヒトの Vps13 の N 末端領域( N 末端側 1350 アミノ酸領域)が、その結晶構造解析からリン脂質結合に適したリン脂質結合ポケットを持ち、実際にリン脂質を輸送する活性を持つことが示された 8)。 Vps13A と Vps13C は、それぞれ ER- ミトコンドリア間や ER- エンドソーム、ER- 脂肪滴間コンタクトサイトに局在し、これらの膜間で脂質輸送を仲介するらしい 8)。さらに最近、Vps13D がミトコンドリアとペルオキシソーム上に局在する Miro と相互作用することで、ER 膜からこれらのオルガネラへ脂質を輸送すると報告された 9) 10)。また Vps13 の N 末端領域のアミノ酸配列や二次構造がオートファジー関連タンパク質の Atg2 とよく似ていることから、Atg2 が脂質輸送タンパク質であることも予想され、後に証明された(Atg2 は ER からオートファゴソーム膜へ脂質を供給する) 11) 12)。
ミトコンドリアの外側に存在するリン脂質輸送因子である ERMES 複合体や Vps13 に加えて、ミトコンドリア膜間部で機能するリン脂質輸送因子として Ups1-Mdm35、 Ups2-Mdm35 複合体が同定されている(図 1)。Ups1 はもともと、その欠損によってミトコンドリア内膜の融合因子 Mgm1 のプロセシング異常を引き起こす因子(ミトコンドリアの形態制御因子)として同定された 13)。しかし筆者らがさらに研究を進めると、Ups1 が Mgm1 に特異的に作用すると言うよりは、ミトコンドリア内膜やマトリクスのタンパク質の輸送全般に重要であることがわかり、最終的には CL 量の維持に重要な因子であることを見出した 14)。さらに Ups1 のホモログである Ups2 を欠損した場合は PE が顕著に減少することもわかり、Ups1 と Ups2 がミトコンドリアのリン脂質組成に影響を及ぼす因子であることがわかった 14)。さらに筆者らは単離ミトコンドリアを化学架橋剤で処理した際に、Ups1、Ups2 が共に分子量約 10 kDa 程度のタンパク質と架橋されることに気が付き、その架橋相手として Mdm35 を同定した(Mdm35 もその名前(MDM, mitochondrial distribution and morphology)が示す通り、もともとミトコンドリアの形態制御因子として見つかってきたタンパク質である)15)。
Ups1 とUps2 の 欠損によって CL、 PE が減少する原因として、Ups1-Mdm35、Ups2-Mdm35 がそれぞれ CL、PE の合成に関与する可能性と、CL、PE の前駆体リン脂質である PA、PS の輸送に関与する可能性の 2 つが想定された(PA、PS は ER で合成されるため、CL、PE 合成のためにはミトコンドリア内膜まで輸送されなければならない)(図 1)。これを証明するためには Ups1-Mdm35 の精製タンパク質を調製し、リン脂質輸送活性を持つかを調べれば良い。筆者らは Ups1-Mdm35 を大腸菌から精製しようと試みていたが、可溶性タンパク質として発現せず研究は難航していた。そのような状況の中、ドイツの Thomas Langer のグループが大腸菌から精製した Ups1-Mdm35 が、リポソーム間で PA を輸送する活性を持つことを見事に証明した 16)。Langer らは Ups1 とMdm35 を pETDuet と言う 2 種類の遺伝子を同時にクローニングできるベクターを用いて Ups1 と Mdm35 を大腸菌内で共発現させることで、可溶性タンパク質として、安定に発現精製することに成功していた 16)。余談であるが、同時期に筆者らも全く同じベクターを用いて発現を試みていたが、Ups1 と Mdm35 の遺伝子を Langer のグループとは逆の順番でクローニングしてしまったせいで、うまく発現しなかった。結局この研究成果は Science 誌に掲載され、当時は大変落ち込んだ(pETDuet を使用される場合は、必ず 2 通りの順番でクローニングを行ったほうが良いです)。
その後、筆者らも Ups1-Mdm35 を大腸菌から精製し、その X 線結晶構造を明らかにすることができた(図 3)17)。 Ups1-Mdm35 は正電荷に富んだポケットを有しており、PA のリン酸基を特異的に認識し、疎水的な脂肪酸領域をカバーすることで膜間における PA 輸送を実現していることがわかった。同様に Ups2-Mdm35 に関しても精製タンパク質を用いて PS 輸送タンパク質であることを証明した(九州大学の久下理先生のグループとの共同研究) 18)。これらの因子の発見により、これまで全く不明であったミトコンドリア外膜−内膜間のリン脂質輸送の一端が明らかになった。ただし、PA、 PS 以外のリン脂質を輸送因子は不明であり、ミトコンドリア内膜から外膜へ脂質を輸送する因子や、ミトコンドリア膜においてリン脂質をフリップ・フロップする因子も不明である。今後の研究により、まだまだ未解明なミトコンドリアを介したリン脂質輸送機構の謎が解明していきたい。
本稿ではミトコンドリアを介したリン脂質輸送機構に関して、リン脂質輸送因子の発見の経緯から概説した。ここまで読んでいただければ分かる通り、 ERMES や Ups1, 2 -Mdm35 はもともとミトコンドリアの形態維持やミトコンドリアタンパク質輸送に関与する因子として同定された経緯を持つ。その後の研究により、これらの因子がリン脂質輸送因子であることが明確に証明されたが、逆に考えると、オルガネラ膜の適切なリン脂質組成の維持が、オルガネラが正しく機能するために極めて重要なファクターであることがわかる。また哺乳類に存在する VPS13 ファミリー(VPS13A-D)は全て、パーキンソン病を含むヒトの神経変性疾患の原因遺伝子として報告されており、細胞内リン脂質輸送機構の研究はヒトの疾患克服の面からも重要な意味を持つ。細胞内に存在する多様な脂質輸送タンパク質が、どの脂質を、どの膜へ、いつどれだけ輸送するのか? 未だ謎の多い細胞内脂質輸送機構を解明していくことで、オルガネラの機能発現メカニズムにとどまらず、オルガネラの合成や分解の仕組みもさらに解明されていくと期待される。
[ 著者プロフィール ] | |
氏名 | 田村 康 (TAMURA Yasushi) |
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所属 | 山形大学理学部理学科 〒990-8560 山形県山形市小白川町 1-4-12 Tel:023-628-4561 Fax:023-628-4561 |
出身 | 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 |
学位 | 博士(理学) |
専門分野 | 分子細胞生物学 |
現在の研究テーマ | オルガネラコンタクトサイトの形成機構と生理的意義解明 |