がん細胞はミトコンドリアを移行して免疫系の攻撃を回避する

私達の身体には、正常な細胞への攻撃を防ぐための免疫チェックポイントという仕組みがある。免疫チェックポイントを阻害してがん細胞を攻撃する力を回復させる免疫療法は、効果が一定しないという課題があった。本論文の研究は、免疫療法の効果が弱まる要因にがん細胞と免疫細胞間のミトコンドリアの移行が関係していると仮定し、メカニズムを明らかにする目的で行われた。筆者らは、がん患者の腫瘍潤リンパ球(TIL)に変異したDNAを持つミトコンドリア(変異mtDNA)を含むものがあることを突き止めた。そこで、蛍光マーカーを使用し、がん細胞と免疫細胞間のミトコンドリアの移動を追跡した。その結果、細胞膜のチューブ構造と細胞外小胞(EV)を介して、がん細胞が異常なミトコンドリアを腫瘍浸潤リンパ球(TIL)へ移している様子を確認した。がん細胞によって変異した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)は、免疫機能が低下した。また、T細胞のミトコンドリアが損傷した状態のマウスやミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異が腫瘍組織に見られる患者は、免疫療法の効果が長続きせず、予後が不良だった。本研究の知見は、ミトコンドリアDNAの変異ががんの治療や進行に影響を与えることを示し、ミトコンドリアをターゲットにした新たな治療法の開発につながる可能性がある。

Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment

論文へのアクセスはこちら:  Hideki I., et al., Nature, (2025)

注目ポイント

・がん細胞は変異したDNAを持つミトコンドリアを免疫細胞へ移行させ、免疫系の攻撃を回避した

・がん細胞によって変異した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)は、がん細胞に対する免疫機能が低下した

・ミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異が腫瘍組織に見られる患者は、免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法の治療効果が低いことが示された

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アプリケーションデータ

ミトコンドリア電子伝達系の阻害

 Jurkat細胞にAntimycin刺激を行い、ミトコンドリア電子伝達系を阻害した際の細胞の状態変化を、様々な指標から評価した。
 その結果、電子伝達系の阻害により①ミトコンドリア膜電位の低下および②OCRが低下した。また、③解糖系を強制的に維持するために、ピルビン酸から乳酸への代謝が亢進することで、④解糖系全体のNAD+/NADH比が低下し、さらに活性酸素種(ROS)増加に伴う⑤GSH枯渇、グルタチオン生合成に必要なNADPHの減少に伴う⑥NADP+/NADPH比の増加を確認した。

2種類のがん細胞における代謝経路の比較

<Lactate生成量とATP量による評価>


 Oligomycin刺激により酸化的リン酸化でのATP合成を阻害、また2-Deoxy-D-glucose(2-DG)により解糖系でのATP合成を阻害した際のATP量とLactate生成量の変化を確認したところ、HeLa細胞は解糖系に依存し、HepG2細胞は酸化的リン酸化に依存してATP合成している結果が得られた。

 HeLa細胞は酸化的リン酸化を阻害した際、ATP量は変わらず(①)、Lactate生成量が増加する(②)ことから、酸化的リン酸化が阻害されても解糖系をさらに活性化することができ、逆に解糖系を阻害するとATP量が大きく減少することから(③)、エネルギー産生を解糖系に依存していることが示唆された。一方、HepG2細胞は、酸化的リン酸化を阻害した際、Lactate生成量が増加していることから(④)、解糖系の亢進によりエネルギー産生を補おうとしているがATP量は減少している(⑤)、すなわち解糖系を亢進させてもATP産生を補えていないことを意味する。さらに解糖系を阻害した場合よりもATP量が減少する(⑥)ことから、エネルギー産生を解糖系よりも酸化的リン酸化に依存しているということが示唆された。

 

使用製品
 Glycolysis/OXPHOS Assay Kit


<OCR値による評価>

    

 

 同じ細胞数にてミトコンドリア脱共役剤であるFCCP刺激により、細胞の酸素消費を促進した際のOCRを測定した。その結果、HepG2細胞はHeLa細胞よりもOCR値が高く酸化的リン酸化への依存度が大きいことが示唆され、ATP量やLactate量を指標に評価した場合と相関する結果が得られた。

 

使用製品
Extracellular OCR Plate Assay Kit

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